俺は辟易していた。
 
望んでいたはずの権力を手に入れたのに。
高層ビルの最上階から見下ろす街は色褪せて、どんな青空だとしても俺の心の雲を晴らす事は出来ない。
 
俺は阿久津丈二。
 
冴えないヤクザ者だった俺は、情けない事だが弟分に鉄砲玉にされ、自らが撃った銃の玉を腹に受けて一度死んでいる。
そして、気がついたら10年前の世界、1979年にタイムスリップしていた。
そこで俺は未来の知識を使い、惨めなヤクザ人生を塗り替えるべくひたすら戦い続けて来た。
 
そして、、、
 
タイムスリップして10年経った今、座っているこの椅子が関東八州田上連合会、会長の椅子だ。
 
なのに。
 
俺はまるで満たされていなかった。
 
理由は簡単な事だ。
 
この椅子があまりにも血塗れなのだから。
 
権力を手にするために、俺はあまりにも多くの仲間たち、そして愛すべき人達を犠牲にしてきてしまった。
俺の野心の為に、一体何人の人が死に、傷つき、その人生を狂わせていったのだろう?
そして間抜けな俺は、ここに辿り着くまで失ってきた犠牲の方が、権力なんかよりずっと大切だって事に気付くことが出来なかった。
 
いや、、、本当は気付いていたんだ。
かなり前に。
 
ただ、俺の乗っていた運命の歯車が、あまりにも大きすぎて俺の力ではもうどうしようもなくなっていたんだ。
 
そうして俺は、前回の人生で死んだ時と同じ日、同じ場所で、宿敵だった江原慎吾の舎弟である内田潮の手によってまた殺されてしまうことになる。
 
それは俺の戦い続ける日々の終わり。
どうしようもない悔いに責められる人生の終わり。
そしてたった一つだけの償いが出来る時が来たと思い、薄れゆく意識の中、安堵にも似た気持ちで瞳を閉じた。
 
しかし、その時の俺の脳裏に写ったモノは走馬灯でなく信じられない光景だった。
 
突如響き渡る子供達がゲームに興じる声。
テレビの中で映し出される俺たちの世界。
俺はゲームの世界の住人であり、全てはゲームの中の出来事であったかのようだった。
 
死への恐怖、運命から解き放たれる安堵、孤独、痛み。
 
そんなものは全て消え去り、様々な疑念だけが心を埋め尽くしていく。
 
そして。
 
まるで眠りに落ちるようにゆっくりと意識が遠のいていき、全てが終わったかと思ったその時。
 
俺の視界にあの時の光景が浮かび上がる。
 
10年前、俺がタイムスリップしたあの日の光景。
 
目の前には死んだはずの俺の舎弟、斎藤サトシが学生服を着て立ち、俺のすぐ横にもやはり死んだはずの舎弟、浅野洋一がへたり込んで座っていた。
 
その瞬間俺は全てを悟る。
また戻ってきてしまったのだと。
 
2度目の人生の終焉の時に感じていたモヤは一瞬にして消え去り、サトシと洋一が生きている事の喜びで塗り替えられて行く。
 
それはすなわち前の人生において、俺が狂わせてしまった人達の人生もリセットされたと言うこと。
 
あれ程重かった心の重りが霧のように消え、キョトンとした周りの奴らの事なんてお構いなしに俺は叫んだ。
 
「青い部屋に行くぞ!」
 
......。
 
でも...。
 
ここに戻って来たと言う事。
 
全てをリセットしてこの1979年に戻って来たと言う事。
 
それは、再び運命との戦いを余儀なくされたと言う事だ。
 
でも、その時の俺はそんな事を全て忘れ、解き放たれた心のまま、舎弟との再会を喜んでいた。
 
俺は阿久津丈二。
 
何者かの掌の上で人生を弄ばれている男。
 
そしてこれから全てに決着を着けるべく、再び運命に戦いを挑む...
 
タイムスリッパーだ。