この神の元に来て信心さえしていたら良い事がある様に思っていますが大間違いです、
この方の元に参ってまず一番先に借銭なしになるように借銭払いをしてください、
苦しい事が起きて来るのが御神徳です、
この方の元に来て悪くなったと言う人は遠慮は要らないので帰ってください、
その様な軽い信心は信心ではないのです、
結構な苦しみ(良い苦労)が分からない臣民は一人も要らないのです、
しっかりと褌を締めて付いて来てください
【日月神示 岩の巻】
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向こう岸のガダラ人の地に着かれると悪霊に憑かれた二人の者が墓場から出て来てイエスに出会った、彼らは手に負えない乱暴者で、誰もその辺の道を通る事が出来ないほどであった、すると突然、彼らは叫んで言った、神の子よ、あなたはわたしどもと何の係わりがあるのです、まだその時ではないのにここに来て、わたしどもを苦しめるのですか、そこからはるか離れた所におびただしい豚の群れが飼ってあった、悪霊どもはイエスに願って言った、もしわたしどもを追い出されるのならあの豚の群れの中につかわして下さい、そこでイエスが行けと言われると彼らは出て行って豚の中へ入り込んだ、するとその群れ全体が崖から海へ雪崩を打って駆け下り水の中で死んでしまった、飼う者達は逃げて町に行き、悪霊に憑かれた者達の事などすべてを知らせた、すると町中の者がイエスに会いに出て来た、そしてイエスに会うとこの地方から去ってくださるようにと頼んだ
イエス様の元に来て、まず、借金を返さなければなりません。
これまでしてきたことの罪滅ぼしです。
神様への奉仕です。
これまで自分中心であったことを改めて、イエス様中心となるのですから、相当な苦労でもあるのです。
自分の命よりも、自分の家族よりも、イエス様を一番とすることです。
それは、神のみ心でもあるのです、
親心でもあるのです。
親は、子を良くしたいと思うのです。
一番、子が良い状態になることを願っているのです。
イエス様を一番にすることが、神のみ心です。
神のみ心の通りすれば、必ず良くして下さるのです。
御蔭はすぐには来ないのです。
永遠の命は、最後まで耐え忍んだ者に与えられるのです。
イエス様の元に来るのが、嫌だったり、悪くなったと思うのは、浅はかなのです。
神のみ心を汲んで、イエス様に従うことです。
たとえ、悪霊であっても、従わない人であっても、すべてのものに神のあわれみはあるのです。
一人でも多く悔い改めるのを待っておられるのです。
自分のためだけではなく、他の人のために奉仕することです。
神のみ心の通り奉仕すれば、苦も無理のない道となり、楽しい気持ちや、嬉しい気持ちとなるのです。
良くなるのがイエス様の道です。
イエス様から離れ、悪い道を自分で選べば、自分の首を絞める結果となるのです。
神がするのではなく、自分で招いているのです。
あなた様に平安がありますように。
イエス様の御国が来ますように。
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