神と金(かね)と二つに仕える事は出来ないから、そのどちらかに仕えなければならないと今までは説かせていたのですが、それは段階の低い信仰なのです、

影しか分からず、時節が来ていなかったのでそのように説かせていたのですが、この度は時節が到来したので誠の道理を説いて聞かせるのです、

神と金と共に仕えまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなる事です、

嬉し嬉しとはその事です、

神と金と二つとも得る事は嬉しいのです、その次には霊の霊とも共に仕え祀ってください、

祀る事が出来るのです、

これが誠の正しい理(みち)なのです、

今までの信仰はどこかに寂しい物足りなさがあったのです、

片親が無かったからです、

天に仕えるか地に仕えるかであったからです、

この道は天地(あめつち)の道であると知らせてあるでしょう、

清く富むのが誠なのです、

地も富まなければならないと申してあるでしょう、

これから先は金儲けばかりも出来ないのです、

今までのような神信心ばかりも出来ないのです、

神の理(みち)を進む者は嫌でも金が貯まるのです、

金が貯まらないならば深く反省してください、

理に外れているのです、

人は罪の子では無いのです、喜びの子です

【日月神示 黒鉄の巻】

 

 

イエスは弟子達に言われた、ある金持のところに一人の管理人がいた、管理人が主人の財産を浪費していると告げ口をする者があった、そこで主人は管理人を呼んで言った、あなたについて聞いている事があるが会計の管理はどうなっているのか、あなたの会計報告を出しなさい、もう管理をさせて置くわけにはいかないから、この管理人は心の中で思った、どうしようか主人がわたしの職を取り上げようとしている、土を掘るには力がないし物乞いをするのは恥ずかしそうだ、それではこうしておけば職をやめさせられる場合でも人々がわたしをその家で雇ってくれるだろう、それから彼は主人に負債のある者を一人一人呼び出して、初めの人にあなたはわたしの主人にどれだけ負債がありますかと尋ねた、油百樽ですと答えた、そこで管理人が言った、ここにあなたの証書があるのですぐそこに座って五十樽と書き変えなさい、次にもう一人にあなたの負債はどれだけですかと尋ねると、麦百石ですと答えた、これに対してここにあなたの証書があるが八十石と書き変えなさいと言った、ところが主人はこの不正な管理人の利口なやり方を褒めた、この世の子らはその時代に対しては光の子らよりも利口である、またあなた方に言うが不正の富を用いてでも自分のために友達を作るのが良い、そうすれば富が無くなった場合でもあなた方を永遠の住まいに迎えてくれるであろう、小事に忠実な人は大事にも忠実である、そして小事に不忠実な人は大事にも不忠実である、だからもしあなた方が不正の富について忠実でなかったら誰が真の富を任せるだろうか、またもし他の人のものについて忠実でなかったら誰があなた方のものを与えてくれようか、どんな僕でも二人の主人に兼ね仕えることは出来ない、一方を憎んで他方を愛し、一方に親しんで他方を疎んじるからである、あなた方は神と富とに兼ね仕える事は出来ない

 

 

ルカによる福音書 第16章①の反芻

 

この世の不正な管理人でさえ、自分の住まいが無くなろうとしたら、低くなって友を作るために、不正な富を使ってでも人の借金を軽くするのです。

 

ましてや、正しいイエス様なら、どうされるか考えてみてください。

 

今は、イエス様に住むところは無いのです。

 

イエス様には罪を許す権威という富があります。

 

それは、わたしたちにとっては宝であり、返しきれない借金を払ってしまうための最後の砦でもあります。

 

イエス様なら、借金を全部書き換えられることができるのです。

 

そして、イエス様も低くなって、自分の住まいをつくり、友を作ろうと尽力されているのです。

 

人がイエス様の宮にならなければならないのです。

 

そこが、イエス様の永遠の住まいであり、わたしたちもイエス様の中に住み、永遠の住まいで共に暮らせるのです。

 

天の父も、それを望んでいて、不正な管理人のやり方を褒めたのです。

 

やはり、イエス様は素晴らしい管理人なのです。

 

イエス様は、天の父のみ心にかなうことをなさるのです。

 

イエス様は、天の父に仕えておられるのです。

 

イエス様は、真の富を任せられた方です。

 

この世で不正に富を働いたとしても、それは天の父に忠実だからです。

 

わたしたちは、返せない借金を抱えているのです。

 

神の国に入るには、すべての借金をなくす必要があります。

 

それは、自分達だけでは返せないのです。

 

イエス様の真の富が必要なのです。

 

イエス様は、低くなってわたしたちに歩み寄られています。

 

返せない借金のあるわたしたちも、イエス様を迎えるには、低くなることです。

 

イエス様に呼び出されたら、イエス様の元に素直に行くことです。

 

天の父は、イエス様による罪の許しで借金をあがなってくださるのです。

 

もし、イエス様の十字架で借金をあがなってくれると信じているなら、嘘の福音に騙されているのです。

 

それでは、イエス様が友を作れません、イエス様はイエス様の言葉で自分の神殿を建てられるのです。

 

嘘の福音は、イエス様に十字架を負わせているのです、イエス様を殺しているのと同じです。

 

イエス様の言葉は、自分の十字架を負うて、イエス様に従うことです。

 

不正な管理人は、不正を働いて罪を許したとしても、

 

イエス様には何の罪もないのです。

 

そこが、天から来た方とこの世の不正な管理人との違いです。

 

ルカ書で、イエス様と共に十字架につけれられた犯罪人の一人は、自分は悪いことをしてきて、十字架につけられるのは当然だが、あなたには何の罪もありません、と自分の罪を認めて、すぐにイエス様と共にパラダイスにいると言われたのです。

 

イエス様は、罪を告白してお詫びすれば、永遠の仕事、永遠の住まいを与えて下さるのです。

 

わたしたちは、自分の十字架をおわなければ、決してイエス様の宮とはなれないし、友にもなれないのです。

 

教えでは、神と富とに仕える事はできないとされていましたが、天地の事ですから教えではなく、神の道を歩まなければならない時が来たのです。

 

天地の神であるイエス様に仕える事は、肉と霊と共に栄えることです。

 

イエス様も生かし自分も生かし栄えることは嬉しいのです。

 

イエス様と共に歩まなければなりません。

 

あなた様に平安がありますように。

 

イエス様の御国が来ますように。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。