不眠症とは、夜寝つきが悪い、眠りを維持できない、朝早く目が覚める、眠りが浅く十分眠った感じがしないなどの症状が続き、よく眠れないため日中の眠気、注意力の散漫、疲れや種々の体調不良が起こる状態を差します。

 

 

 Kingはスマホを机に伏せてため息をついた。


 俺はなかなか眠りにつけない入眠困難と、いったん眠りに就いても何度も目が覚める中途覚醒の混合タイプかな・・・・。原因としては・・・・・ストレス・・・・か・・・。
 
 眠れない・・・・・・

 

 睡眠薬を医者で処方してもらっているが最近はあまり効いていないように思う。服用しても明け方くらいになってようやくうとうとする程度だ。不眠になってからそろそろ一か月・・・。今のところ学業に支障は出ていないが・・・・。もう少し強い薬を処方してもらわないと・・・・。
「King、何机に突っ伏してんの?講義終わったぞ。帰らないの?」
 ぽんぽんと丸めたプリントで頭を叩かれて頭を上げた。見上げた先には背の高い優し気な男が心配そうに見つめていた。
「う~ん、課題が終わらないから図書館寄って行こうかと思って。Mekは?デート?」
「いや、今日はBossは用事があるって。だけど珍しいな、お前が課題が終わらないって・・・・・・ん・・・・・・何かお前顔色悪くない?ちゃんと寝てる?」
「・・・・・・寝てるよ?」
 嘘だけど、Mekはなかなか鋭い奴なので勘ぐられると厄介だ。 
「まあ、ちょっと課題に手こずって寝るのが遅いかな」
 疑り深そうに覗き込んで来る友人に笑って答えられる余裕はまだある。
「・・・・そうならいいけど」
「ん、じゃあ行くわ」
 追及される前にさっさと立ち去ろうと椅子から立ち上がった瞬間、くらりと視界が歪んだ。思わず椅子に手を付いた。
「King!?大丈夫か!?」
「あはは、ごめんごめん、ちょっとつまずいた」
 何か言いたそうなMekに強引に別れを告げて図書館に向かった。
 危なかった。ぶっ倒れるところだった。いよいよまずいな。でも今はまだこれ以上医者は薬を処方してくれないし・・・・。あ・・・・。
 Kingは図書館へ行くのを止めて、駐車場へ足を向けた。



「ただいま~」
「おかえりなさい、遅かったですね」
 キッチンからひょっこり顔を出して出迎えたRamにKingは少し笑ってしまった。いかつい男子のエプロン姿はなかなか稀有である。Tシャツじゃなくて白シャツにソムリエエプロンにしたら、ギャルソンみたいでカッコいいだろうなと思う。
「うん、図書館寄って来た。いい匂いだね。今日何?」
「ガイトートと卵炒めご飯です」
「へえ、すごいな。ほんと君って器用だよね」
 感心しきりのKingに、案外簡単なんですよと言いながらRamはソファに置かれKingの上着をハンガーに掛けていく。
「あっ、ごめん俺やるのに」
「いえ、世話になっている間はこれくらいはさせてください。P'Kingは手を洗ってきてくださいね」
「・・・あ・・・・・・うん・・・・」
 手を洗いながらKingはまただ、と思った。Ramの何気ない言葉に心臓が反応するようになったのはいつ頃からだろう。
 ツキン、と心臓が痛む。苦しい・・・。
「P'King、これが上着に入っていましたが。アレルギーの薬ですか?」
 洗面所を覗き込んで声を掛けて来たRamの手には薬の小箱が乗せられていた。
「あ、ああ、今日昼にうっかりカニが入ったサラダを食べちゃってさ」
「そう言えば甲殻類のアレルギーがありましたね」
 大丈夫ですか?と心配げなRamに手を振って精一杯笑って見せる。
「平気だよ。少量だったし。ちょっと用心のために買っただけ」
「そうですか。気を付けてくださいね」
「・・・・うん」

 鏡に映ったさえない自分の顔に水を掛けてKingは洗面所を後にした。
 食欲も落ちていたけれど、Ramの作ってくれたものだから残さず何とか腹に詰め込んだ。



 隣で穏やかな寝息を立てているRamを起こさないようにKingはそっと起き上がった。Ramはとても寝つきが良くて寝たら朝まで目を覚ますことは無い。

 不眠症であることはバレていないと思う。手を胸の上に組んで眠っている美しい寝姿にKingは感心する。
 よくこんなキチンとした格好で寝れるよな。触っても起きなさそう・・・・。
 手を伸ばしてほんの少しRamの髪に触れる。だがすぐに手を引いた。
 何やってるんだろう・・・・・・。


 ボランティアキャンプの夜Ramとキスをした。酔っていたとはいえ感情に任せて後輩にとんでもないことをしたと思った。だから翌朝Ramが酔ってキスの一件を覚えていないのをいい事に無かったことにした。けどRamは酔っていなくて・・・・・・。てっきり軽蔑されてRamはここから出て行くのかと思っていたのに・・・。

 祖母の家から帰った日、いないと思っていたRamが出迎えてくれた時どんなに嬉しかったか。奈落の底まで落ちていた気持ちが天上まで浮上した。

 少なくとも俺のこと嫌いじゃない。それだけで十分だと思った。一緒にいられるだけでいい・・・。それ以上望んだら罰が当たる・・・。なのに・・・・・。

 

  俺と付き合ってください

 

 夢みたいなことを言われて嬉しくて、舞い上がって・・・・・。浮かれて調子に乗ったのだと思う・・・・。だから罰が当たったのだ・・・・・・。

 

「ねえ、Ai’Ning・・・・。あのさ・・・・・・・俺あの時・・・」
 言いかけた言葉を飲み込んで、長い息を吐いた。しばらくRamを見つめていたが、立ち上がって寝室を静かに出た。


 今夜も眠れない。処方された睡眠薬も尽きた。今日、いやもう昨日だ。購入した薬の箱が目の前にある。
 テーブルに置かれた箱に書かれている注意書きをKingはぼんやり目で追った。

 眠くなることがあります。車の運転は・・・・云々・・・・。

 睡眠導入剤は以前薬局で購入したことがあるが、ほとんど効果が無かった。ネットで見てアレルギー薬にも睡眠効果があると知ったので購入してみたが・・・・。Ramに見つかった時は肝を冷やしたが、何とか誤魔化せたみたいだ。

 効果は・・・あまり期待出来ないか・・・・。睡眠効果があるとはいえやはり睡眠薬とは別物だ。数を多くするとか、睡眠導入剤と一緒に飲んでみるとか・・・・。いや、それはいくら何でもまずいよな・・・・。でも・・・・眠らないと・・・・。

 この時眠らなければと焦るあまり、冷静に考えることがKingには出来なくなっていた。

 ぱりぱりと箱を開ける音が薄暗い静かなリビングに響いた。



 身体を揺すられる感覚で目が覚めた。開けられたカーテンから漏れる光が眩しい。
「P'King、起きてください。遅刻しますよ」
「・・・・・ん・・・・・・・・・え・・・・?」
 朝・・・・・?俺眠れたのか・・・・。
「珍しいですね、あなたが寝過ごすなんて」
 起き上がろうとしたが猛烈にだるい。
 眠れたらスッキリするもんじゃないのか・・・。やはり決められた量以上に薬を飲むのは危険か・・・・。ましてやチャンポンなんて・・・。もうやめなきゃ・・・・・。薬は外で捨てよう・・・。
「お粥を作ったのですが食べますか?」
「Ai’Ningが作ったの?」
 はい、と真っすぐな瞳で微笑まれては、いらないなんて言えなかった。Kingは重たい体を引きずってRamの後を追った。



 昼になる頃にはだるさも抜けて少しだけ気分も良くなってきた。

 Mekと昼食を取りに学食へやって来たKingだったが、毎度の込み具合に辟易する。それでも何とか席を確保して座ることが出来た。
「今日はやたらと混んでるな。そういえばBossは?」
 Mekはランチの皿をKingの隣のテーブルに置いて腰を下ろした。
「トイレ行ってから来るって。Bohnはまた医学部か?」
「恋人を追って医学部の食堂まで行ってるよ」
 ほんと見た目と違ってまめな奴、とKingは苦笑する。
「そういうお前んとこはどうなの?上手くいってる?」
 予期せぬ質問にKingは眉根を寄せた。
「・・・・上手くいってる、ってのがどういうことを言うのか分かんないけど・・・・。同居生活は上手くいってるよ・・・Ramはご飯作ってくれるし、俺は勉強教えてるし・・・Win-Winな関係?」
「Win-Winって・・・・。お前とRamって恋人同士じゃないの?」

「・・・・・・・さあ・・・・そうなのかな・・・・・」

 少なくともあの時まではそう思っていたけれど・・・。

「さあって、お前・・・」
 Mekが渋面を作って続きを言いかけた時、Kingのスマホが着信を知らせた。
「Ai’Ningからだ。何だろ・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・」
 スマホの画面を見て動かなくなってしまったKingを訝しみながらMekは肘をつついた。
「どうした?Ram何だって?」
「・・・・え?ああ、何か・・・実家に用事がある・・・から・・・寄ってくるって・・・。遅くなるみたい・・・」

 笑って答えてはいるが、Mekは僅かな違和感をKingに感じた。
「なあKing、Ramと話し合った方が・・・」
「旦那さまぁ!お待たせ!!遅くなってごめ~ん!!」
 どーんと背中から抱きつかれてMekは危うくランチに顔から激突しそうになった。
「Boss!お前ねぇ!危ないじゃないか!」
「Mek、俺ちょっと用事思い出したから先行くわ」
「えっ!?ちょっと、おい!飯食ってないぞ!」
 立ち上がったKingを止めようとしたが、Bossに背中から抱きつかれていて動けない。
「おい!King!ちょっと離れろ!Boss!!」
 Kingは手を振りながらにこやかに言った。
「手付けてないから食っていいよ!」
「マジで!?サンキュー、King!」
 ラッキー、と嬉しそうなBossにやれやれと溜息をついて、MekはKingの後姿を見送った。



 午後の講義をどうにか終えて帰宅したKingは、ソファに倒れ込んだまま動けずにいた。

 体がだるくて重い・・・・。もう23時だ・・・・。Ram遅いな・・・・・。何時に帰ってくるんだろう・・・・。父親とはどうなったんだろう・・・。仲直りしたんだろうか・・・。そうなって欲しいけど・・・そしたらきっとここから・・・・。
 Tシャツを握り締めてズキンと痛む胸をやり過ごす。
 もう分ってる。この痛みがどこから来るのか・・・。

 

 

 それはキャンプから帰って一週間ほどたった夜のことだった・・・。

 

 後ろから抱き締められる感触で目が覚めた。

 最初抱き枕と勘違いしているのかとKingは思った。だがRamの手が意思を持って動くのを感じて驚いた。

「Ai’Ning!?」

 振り向くと同時にベッドに押し倒されていた。Ramの整った顔が間近にあって心臓が鳴る。

「P'King・・・いいですか・・・?」

 いいって何が、と聞く前にキスをされた。キャンプの夜のキスなんて問題にならないくらいの激しく深い口付け。舌を絡め取られ強く吸われて息も出来ない。

「Ai’Ning、ま、待って!」

「もう待てません」

 抵抗しようとした手をシーツに縫い付けられて再び唇を塞がれる。Ramの大きな手がTシャツの下の肌に触れて来て身体が震えた。

 頭の芯が痺れて足の指先までぞくぞくする。こんな感覚は知らない。

 男同士のS〇Xだって知識としてあったし、付き合っているのだからいずれこういう事があるだろ、なんて考えたことだってある。けれど頭で想像していたのと実際は全然違っていて・・・。

 このまま自分はどうなってしまうのだろう。この得体のしれない感覚に飲まれてしまうのが怖い。逃げ出したい。Ramの事は好きだしこんな自分を求めてくれる思いに応えたい。だけど・・・。

 Ramの唇がKingの唇から離れて首に降りる。たくし上げられたシャツを通り越して胸の尖りに触れた時、

「くぅっ・・・・・!」

 変な声が出そうになって唇を強く噛んだ。Ramの指がKingの口をこじ開けて囁く。

「声聞かせて」

 や、やだ!

 背中に回っていた大きな手が背骨をなぞってスウェットに入り込んで来て思わずRamの腕に爪を立てた。

 ふとRamの手が止まる。

「・・・・・・・・?Ai’Ning?ごめん・・・痛かった?」

 恐る恐る見上げたKingの目に、Ramの困ったような悲しそうな顔が映っていた。

「・・・・ごめんなさい。俺・・・・慌て過ぎましたね」

 ふわっと抱き寄せられて頬を指でなぞられて初めて気が付いた。

 震えながら泣いていたのだ。

「・・・・・あ?・・・・・俺・・・・・?」

 背中をさすっているRamの手が優しくて、それがかえってKingを切なく悲しくさせた。

「・・・・ごめん・・・俺・・・・・嫌な訳じゃ・・・ないんだ・・・・だから・・・」

 触れられることは嫌じゃない。でも・・・・行為が途中で終わったことに安堵している自分がいる。続けていいよとはどうしても言えなかった。こんなに好きなのにどうして応えてあげられなかいのだろう・・・・。

「分かっています・・・。もう今日は寝ましょう・・・」

 怖かったのだ。抱かれることで自分が、二人の関係が、変わってしまうのが・・・。ただそれだけだった。

 それが今のこんな状態を引き起こすなんてその時は知る由も無かった。

 

 

 

 後悔した。逃げ出してしまったことに。

 

 あれ以来Ramが自分を求めて来ることが無くなったのだ。

 

 いい大人がS〇Xが怖いなんて呆れられてしまたのではないか。こちらから誘ってみようかとも思ったが、もしまた同じ轍を踏んだら?また逃げ出してRamを傷付けたら?ましてやそれが原因で不眠症だなんて知られたら・・・。

 

 今度こそ愛想をつかされる

 

 そう考えたらもう何もできなくなってしまった。

 Mekに恋人だろ?と問われて答えられなかった。Ramに応えてやれないのに恋人だなんて言えるのか?恋人としてお払い箱の自分なんか必要ないんじゃないのだろうか・・・。話し合うどころか、怖くてあの日の事に触れないようにしている自分が情けなかった・・・。

 

 ここからRamが出て行くかもしれない


 そんなこと耐えられそうもない。それを連想させる言葉も心は受け付けてくれなくなっていた。

 寝ている間にいなくなったら
 目が覚めたらいなくなっていたら

 いつからか眠れなくなった。こんなにメンタルが弱いなんて思ってもいなかった。どちらかと言えば図太くって細かい事は気にしない方なんだと思っていた。
 Ramの事になると臆病になる。どんどん臆病になって何も言えなくなる。たった一言が言えない・・・。



 玄関でガチャガチャと鍵を回す音がした。
 Ram!帰って来た!
 起き上がって玄関に走った。
「P'King!?」

 玄関に出迎えたKingを見てRamは驚いた。

「まだ起きていたんですか?それに着替えもしていないじゃないですか」
 気が付けばまだ工学部の上着は着たままで食事も摂っていなかった。
「ああ、何だか眠くて帰ってから今まで寝てた」
 心配を掛けまいと嘘を付く。もうどれくらい嘘を重ねたんだろう。
「ええ!?じゃあもしかして食事も・・・・・!?」

「あ~~、忘れてた」
 これは嘘じゃない。昼食は欲が無くてBossに譲ったけど。
 ニコニコ笑っているKingにRamは頭を抱えた。
「今から作ります」
「えっ、いいよお腹空いてないし。お菓子でもいいし」
「・・・・作ります」

 Ramの顔が怖い・・・。どうやら拒否権は無いようだ。

 
「ごめん、遅い時間なのに料理させて」
「ただのオムレツとご飯ですから。それよりちゃんと食べてくださいね」

 Kingに皿を渡しながら、Ramは苦笑しながら言った。

「へへ、Ai’Ningのご飯はどれも美味しいから好き」

 ただのオムレツとRamは言ったが、炒めた青菜もちゃんと添えられていて栄養バランスも考えてくれている。

「お世辞を言ってももうこれ以上何も出ませんよ」

 Kingの向かいの椅子に腰を下ろし、少し嬉しそうにしているRamに、聞くなら今かなと思った。
「・・・随分帰り遅かったね。・・・何かあった?」
「いえ、久しぶりだからと母親に引き留められてしまって。必要な本を取りに行っただけなんですが。遅くなってすみません」
 久しぶりに会った息子を持て成したいと思うのは当たり前の親心だ。それより・・・。
「その・・・・お父さんとは・・・・?」

 やっと何とか確信に触れる。
「今日は父親が不在だと知っていたので・・・・」
 だから帰ってたのか・・・。という事はまだ父親とは和解してないということか・・・。
 ほっとしている自分が何だか嫌でKingはオムレツをかき込んだ。
「それにしても食事を忘れるなんて。何かに夢中になると食事をしないで熱中する傾向にはありましたが・・・。P'Kingは俺がいなくなったらどうするんですか?」

「・・・・え・・・・・・・・・・・・と・・・・・・・・・・生きていけない・・・・・・かも・・・・・・?」
 大げさですとRamは噴き出した。
「俺がいなくてもご飯くらいは食べてくださいね」
「・・・・・・・・・そうだね・・・・」
 Ramの言葉に深い意味は無いのだ。ちょっと冗談で言っただけ。そう分かっていてもKingは笑えなかった。持っていたスプーンが震えないようにするのが精いっぱいだった。



「P'Mek、何かありましたか?」
 昼食をとりに食堂へ行ったら、ちょっと顔貸せとMekに捕まったのだ。隣にいたPhuがビビっていたのは言うまでも無い。

 校舎の裏に連れていかれて、一体何事かとRamは思った。壁にもたれた格好で怖い顔をこちらに向けていたMekが口を開いた。
「お前に聞く事なんてKingのことしかないだろ。単刀直入に聞くけどあいつちゃんと飯食ってる?」
 えっ?そんな事?
 意表を突かれてポカンとしてしまった。何でそんな事をわざわざ聞くのだろう。
「食べていますよ。普通に朝も夜も」
「お前がいない時も?」
「えっ・・・・・・・・それは・・・分かりませんが・・・」
 そう言えばこの間遅く帰った時は食べていなかったようだが・・・・。
 Mekは大きな溜息をついてRamのネクタイを掴んだ。
「あいつここ最近昼食ってないよ。図書館行くとか、課題をやるとか言ってるけど嘘くさい。お前が実家に帰ることに過剰に反応してたし、表面上はいつも通りにふるまっているけど、不安定で危なっかしい。何かあったか?」

「・・・・・・・え・・・あ・・・」

「心当たりがありそうだな。あいつがうだうだ悩むことなんてお前の事だけなんだから何とかしろ」
 Ramの胸をこぶしでとんと叩いて、あいつを一人にするなよと言い残しMekは足早に立ち去った。

 何とかしろと言われても・・・。食事をしてない?俺の事で悩んでいるとP'Mekは言った。俺の前では普通だった。いつも通り陽気でよく喋った。・・・・・いや。いつもよりむしろ・・・・・。

 もし何か悩んでいるとしたら思い当たる案件は一つだけだ。
 Ramはしばらく突っ立っていたがようやく図書館へ足を向けた。



 図書館にも自習室にもKingの姿は見当たらなかった。午後からも講義があると言っていたから帰ってはいないと思うが、どこに行ったのだろう。

 Kingを探しながら歩いていると、賑やかな三人組の女子生徒とすれ違った。
「ねえ、さっきそこで寝てた人ちょっと可愛かったよね」

「あれ二年の先輩じゃない?ほら頭がいいので有名な」

「ああ、P'King!!」
 唐突に恋人の名前が聞こえて来てRamは振り返った。
「そうそうなんであんなとこで寝てたんだろう。無防備だよねぇ」
「私写真撮っちゃった~」

「え~~!マジで!!見せて!見せて!」
「ちょっとすみません」

 きゃ~!?イケメン!!

「何でしょう!!」
 声をそろえて振り向いた彼女達に、Ramは思わず声を掛けていた。



 ギア広場のベンチに、広げた本を胸に乗せて眠っているブルーの工学部のユニフォームを発見した。あどけなさを残した見覚えのある綺麗な顔。僅かに開いた赤い唇から小さく寝息を立てて横たわっているその人に近づく。木々の間から漏れる日差しがきらきらと恋人を美しく照らす。暑いのか薄っすらと光る汗も愛おしい。
「P'King・・・・・・・」
 滑らかな頬にそっと指で触れる。その瞬間ぴくりと身体が揺れて瞳が薄く開かれた。
「・・・・・・Ai’Ning・・・・・・?」
 慌てて引こうとしたRamの手を取ってKingはふわりと笑った。
「・・・・よかった・・・・・まだ・・・・・いてくれたんだ・・・・・・・」
「・・・・・P'King?」
 何だか様子がおかしい・・・?夢でも見ているようで視線が定まっていない。
「P'King!」
 ぼんやりとRamを見つめていたKingは体を揺すられて我に返った。
「・・・・あれ?・・・・・Ai’Ning?・・・どうしたの?」

 大きく目を開けてきょとんとしている様子はいつものP'Kingだ・・・・。さっきのは一体・・・。
「P'Kingこそ何をしているんですか・・・。こんな所で寝るなんて・・・・。暑いでしょう」

「ああ、俺寝てたのか・・・・・。って、あつっ!!」
「暑くて当たり前です。本当に大丈夫ですか?食事は?もしかして食べてないのでは?」
 上半身だけ起き上がって空の袋をぶらぶら振ってRamに見せた。
「食べてるよ。食堂が混むから行かないだけ。外で買って食べてるって。腹膨れたら眠くなった」
 いつもと変わらずにこやかなKingにRamは戸惑ってしまう。
 さっき様子がおかしいと感じたのは気のせいだったのだろうか。
「そういう君こそお昼食べたの?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、一緒に食堂行こう。何か冷たい物飲みたいし」

 汗で額に張り付いた前髪をだるそうにかき上げるKingにRamは一瞬見惚れてしまう。
「・・・そんなところで寝ているからですよ」
「え~、最初は気持ち良かったんだって」
 あはは、と笑うKingはいつもの彼でRamは少しほっとした。立ち上がろうとしたKingに手を差し出した。
「サンキュー・・・・・っ!うわっっ!!」
 引かれた手の思いのほかの強さに、Kingは勢いあまってRamの胸に倒れ込んでしまった。
「ご、ごめん!」
 抱き合う形になって慌てて離れようとしたが、何故かRamの腕に力が入った気がした。
「・・・・・Ai’Ning?」
 強く抱き締められてRamの顔が見えなくて表情が読み取れない。
「白昼堂々とラブシーンとは熱々だねえ」
 ひゅ~、と下品な口笛が聞こえて振り返るとBohnとTeeがニヤニヤしながら立っていた。

「ちょっ!Ai’Ning!離せってば!」

「あ・・・・・・すみません・・・・」

 慌ててRamから離れたKingはBohnを睨みつけた。
「何がラブシーンだよ!Ai’Ningのバカ力によろけただけだろ!不可抗力だ!」
「写真撮ったからみんなに見せよう!」

 悪戯っぽく笑みを浮かべてBohnが言う。

「はあぁ!?やめろ!!このバカ!!」
 スマホを取り上げようとするが背の高いBohnに届かない。高くスマホを掲げているBohnからそれを奪おうと躍起になっているKingを、周りのギャラリー達も微笑ましく見ていた。

 ただその中でRamだけが真剣な顔で自分の手とKingをじっと見つめていた。



 水道の蛇口から水滴がコップにぽちゃんと落ちる。ダイニングの椅子に膝を抱えた格好で、その様子を薄暗いキッチンでKingは長い間眺めていた。
 そろそろ寝なきゃ・・・・・・。
 ふうっと浅い息をついて立ち上がろうとした時部屋の明かりがぱっと点いた。
「眠れないんですか?」
 ぎくりと体が揺れる。

 ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと振り返った。バレた・・・?
「・・・・・・・・Ai’Ning・・・・・・・・起きてたの・・・・・・?」
 ダイニングの扉を背に無表情で佇むRamが視界に入る。背中に嫌な汗がつうっと伝った。
 この時間はいつも熟睡しているのに何で?
「ベッドを出て戻って来ないから・・・。もしかしてずっと眠れていないのではないですか?」
 ずっと眠れてないんて知られたら・・・・・。
「た、たまたまだよ・・・・。今日はちょっと小腹が空いちゃって・・・・。うるさかった?起こしてごめん・・・」
「いえ、そんなことは・・・・。本当に眠れていますか?今日あなたを抱き締めた時に、随分痩せたような気がして・・・。もしかしてあまり食べてもいないのでは?P’Mekがあなたが昼食を食べていないと心配していました」
 Mekはやっぱり油断ならない。食欲が無くて昼を抜くことや量が少ないことはあったけど、それ以外は食べている。Ramが居てくれる時だけだけど・・・・。
「ちゃんと食べてるじゃん、一緒にいつも食べてるでしょ?ここのところ課題で忙しかったからそのせいかな」
 確かに一緒にいる時は食べてはいるけれど・・・・。

 RamがKingを抱こうとしたあの時と比べ物にならないほど細くなっていた気がする。
「・・・・お腹が空いているのなら何か作りましょうか?」
「えっ、ほんと!?Ai’Ningが作ってくれるんだったら何でも食べる!」
 そう言って屈託なく笑うKingに何も言えなくなる。
 P’Mekは俺が原因だと言っていたけれど・・・。
 何か違和感を感じるのにその正体がRamには分からなかった。

 その夜からKingが夜中に起きることは無かった。


 
「寝てますね」
 とBohn。
「寝てますな」
 とTee。
「起きてるよ」
 とKing。
「何だ、お疲れか?」
 Bohnの問いかけに、突っ伏していたテーブルからKingはムクリと起き上がった。
「う~~ん・・・・。いや、疲れてるって言うか・・・・」

 この間夜中に起きているのをRamに見つかって以来、ベッドから抜け出すことが出来なくなった。それが余計なストレスをKingにもたらしていて、さらに眠れなくなっていた。
「何だ?彼氏と夜のお仕事が忙しいのか?」

 しごく真面目にBohnが言ったのをTeeが混ぜっ返す。
「わあ、嫌だ!不純同性交遊・・・・!痛っ!!」
 向かいに座っていたTeeの向う脛に思い切り蹴りを入れてKingは立ち上がった。
「あいつとはそんなんじゃ無いから!二度と言うな!」
「・・・そんなんじゃないって、お前ら恋人同士じゃないのかよ」

 Bohnの言葉を無視して踵を返した。

 冗談も上手くかわせなくなっている。気持ちに余裕がなくなって感情のコントロールが出来ない。

 だけど・・・求めてももらえないのに恋人なんて言えるのだろうか・・・。いや・・・・。求められたのに応えられなかった自分に恋人の資格なんて無いのだ・・・・・。




 疲れてる訳じゃない・・・・・。ただ何となくだるい・・・・。食欲なんてとうの昔に尽きてしまった・・・・・。手に持っていた昼食の入った袋すら重い・・・。でも食べないとまたRamに心配をかける。
 上着のポケットに手を入れると小さな箱が指に触れた。Kingはしばらくポケットの中でくるくると箱を回していたがやがてゆっくり歩きだし、ゴミ箱の前で立ち止まった。小箱を取り出そうとした時スマホが鳴った。

「はい・・・・・Ai’Ning?どうしたの?・・・・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・分かった・・・・・・じゃあ・・・・・・」
 電話を切って天を仰いだ。しばらくそうしていたが、Kingは昼食の入った袋をゴミ箱に捨てて歩き出した。



「なあMek、何食べる?たまにはちょっと贅沢しない?」
「だめだめ、学生なんだから贅沢は禁止。今日もいつもの所」
「え~~、ケチ!」
 夕飯を取りに外へ出たMekとBossはいつもの押し問答をして、いつもの店に向かった。
 慣れ親しんだ店のいつもの席に座って注文の品を待っているとき、窓の外を見ていたBossが言った。
「あれ?あそこにいるのってKingじゃないか?」

「え?」
 Bossが指さす方を見たが、そこにKingらしき人物は見当たらない。
「本当か?見間違いじゃないのか?」
「そう言われると・・・でも似てた。一人だったみたいだけど・・・・」
 一人で?この先はバーとかがある飲み屋街だけど・・・。まさかな・・・。Ramが家にいるんだから心配はないと思うけど・・・。
 Mekはまだ蒸し暑さの残る夜の街にもう一度目を向けた。



 真っ暗なリビングのソファに電気も点けずに横たわる。
 家にいてもどうせ眠れないからとふらりと飲みに出たのはいいが、一人飲みは珍しいのか、暇と思われたのかは知らないがやたら声を掛けられた。誰かと話しながら飲むのもいいかと付き合ったけれど、相手の話が頭に入って来なくて全然ダメだった。せっかくのお誘いも何だか申し訳なくて早々に切り上げて帰ってきてしまった。
 一人でいると昨日のRamの電話の事を考えてしまう。

『父親が話をしたいと言うので一度帰ります』

 どうやら不倫相手と別れたらしい、と言っていた。親子関係が上手くいったら喜ばしい事なのに何でこんな気持ちになるんだろう。Ramが出て行くと決まった訳では無いし、出て行ったとしとしても学校でいくらでも会える。恋人解消を言い渡された訳でもない。それなのになんでこんなに苦しいんだろう。
 
 何も考えないで眠りたい・・・・・

 起き上がって鞄から残っていた睡眠薬を取り出す。手の平に残りのすべての薬を取り出して乗せる。
 これ全部飲んだら眠れるだろうか・・・・。
 上着を脱ごうとした時何かが床に落ちた。
 ああ、捨てようと思った薬の箱・・・・。
 Kingは小箱を拾い上げて水を取りにキッチンに足を向けた。



 電話が繋がらない。聞こえてくるのは永遠と続く呼び出しの音だけ。
「電源を入れ忘れとかじゃないのか?そのうちひょっこり来るだろ」
 Bohnは笑って言うがMekは嫌な予感がしてならなかった。昨夜飲み屋街でBossが目撃した最近情緒不安定だった友人。Ramと一緒なら心配ないと思ったが・・・・・。

 いつものメンバーが集まる場所に来ないKingを心配して、さっきから電話をしているのだが一向に繋がらない。
「DuenがRamといるって。Kingのこと聞いてやるよ」

 Duenに電話を掛けていたBohnが言うが早いか、Mekはスマホを奪い取っていた。
「Duen!Ramと代わってくれ!・・・・・・Ramか?Kingは一緒か?・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・どういうことだ?・・・・Kingは来てないぞ!」
「Mek、どうした?」
「とにかくKingの家に向かえ!!」
 くそ!一人にするなって言ったのに!

 いきなり走り出したMekにBohnは呆然となった。
「あ・・・・・・俺のスマホ・・・・」
   


 乗って来た自転車を放り出してRamは急いで玄関のカギを開けた。
 カーテンが引かれたままで薄暗い。部屋は静まり返って人の気配がしない。
「・・・・・P'King?」
 リビングにもKingの部屋にも見当たらない。寝室に足を向けた時何かを踏んだ。拾い上げたそれは小さいプラスチックの破片だった。目を凝らすといくつか床に散らばっている。
 空の薬のシート・・・・?
 悪い予感に心臓がドクンと音を立てる。ベッドに目を向けるとこちらに背を向けて丸まっている人の姿が確認できた。
「P'King・・・・?寝てるんですか?」
 近づいて肩に手を掛けてそっと揺する。Kingの身体が力無くゆらりと倒れた。
「!?P'King!?」
 青白い顔、ぴくりとも動かない身体。Ramから血の気が引いていく。
 その時部屋に明りが点いた。後から追い付いたMekが息を切らして寝室に入って来たのだ。
「おい!電気くらい点けろ!まったく車より自転車の方が早いなんてどんな脚力して・・・・・どうした?」
「・・・・・・・P'King・・・が・・・・薬を・・・・・」
 散らばった空の薬のシートとKingを目で追ってMekは舌打ちした。
「オーバードーズか!?」
 薬物の過剰摂取による中毒症状。死に至ることも・・・・。

 Ramの体が震えた。
「落ち着け!息はしてる!薬の量も多くない!病院へ連れて行くぞ!」
「・・・・俺が・・・P'Kingを一人に・・・したから・・・?」
「しっかりしろ!今そんな事を言ってる場合じゃ無い!」
 そうだ!早く医者へ!
 RamはKingを軽々と抱き上げてMekの車へと向かった。

 

 

 

 音の無い病室で点滴がゆっくり流れ落ちるのを、Ramはじりじりしながら見つめていた。

 トントン、とノックの音とともに古びた木の扉が開いた。

「ずいぶん顔色も良くなってきたな」

 MekはKingの枕元に立って、ほっと息をついた。病院に到着した時の真っ白な顔色から少し色を帯びて来ていた。

「薬の量も大して多くなかったし、たまたま体力が落ちていたから中毒症状が出たんだろう、と先生は言ってた」

「・・・・・・そうですか。良かった・・・・ありがとうございます・・・P’Mek・・・」

 だがいくら症状が軽かったとはいえ、このことが学校にでも知られたら・・・・・・。

 まだ目覚めない恋人の白い顔を見つめながらRamからは唇を噛んだ。

 俺が一人にしなければこんなことには・・・・・・・。

 そんなRamの心の内を読んだかのようにMekは言った。

「ここ俺の知り合いの病院だから、外に漏れることは無いから安心しろ」

「え・・・・あ、はい・・・」

 この人いったい何者・・・・・?

「後は任せた。じゃあな」

 問題はBohn達をどう誤魔化すかだよな、と呟きながら持ってきてしまったスマホをぐるぐる回し、困惑気味のRamを残してMekは病室を出て行った。

 

 

 

 Kingの手を取って頬に当てる。ずっと眠れていなかったのか・・・。落ちていた薬のシートは睡眠薬とその効果のある市販薬ばかりだった。

 原因はやはりあの時の事だろう。焦り過ぎたことでKingを傷つけた。だからゆっくり行こうと決めた。それが裏目に出たのか・・・。

 大事にしたかった。何より大切だったから。壊さないように時間をかけてと・・・。

 Kingにはそれが自分に興味を失くしたんだと思わせたのか。眠れなくなるほど悩んでいたなんて。いつも通り笑っていたから気が付かなかった。いったい彼の何を見ていたのだろう。

 握っていた指先が僅かに動いた気がした。Ramははっと顔を上げた。

「P’King?」

「・・・・・・・・・Ai’Ning?」
 Kingは薄っすらと目を開けた。

「P’King!気が付きましたか!」

「・・・・・・・・Ram・・・・・・」

 普段呼ばれることが少ない名前で呼ばれて、握っていたKingの手を離してしまった。

「嫌だ・・・Ram・・・離れて行かないで・・・・・」

 離れかけたRamの大きな手を冷たい指先が追いかける。強い力で掴まれて驚いた。

「ここにいて・・・・お願いだから・・・・俺ちゃんとするから・・・ちゃんと寝るし・・・・夜だってちゃんと・・・・するから・・・・・だから・・・」

 置いて行かないで、と必死に懇願するKingにRamは泣きそうになる。いつもなら自分から何かを要求することなどほとんど無いのに。

「P'King、俺はここにいますよ。それに体の関係が無くたってあなたを手放すことなんて絶対ありません」

「・・・でも・・・それでも、お父さんと和解したら・・・・帰るでしょう・・・・?」

 もしかして父と和解したら俺が出て行ってしまうのでは、とずっと思っていたのか?そんなこと絶対ある訳ないのに。

 RamはKingの身体を抱き起して優しく背中をさすった。

「安心して。俺があなたを置いて行く訳無いじゃないですか。俺の方こそがっつき過ぎてあなたに呆れられたのではないかと、内心ひやひやしていたんですよ」

「・・・・・・・本当に?」

「はい、出て行けと言われても居座ります。だから覚悟してくださいね」

 握られていたKingの指先から力が抜けた。

「やっぱりこれは夢なんだ・・・・。こんな都合の良い事ばっかり起こるなんて・・・」

 普段の陽気なKingからは想像できない気弱な発言。

 何でこの人は恋愛のことになるとこんなに後ろを向いてしまうんだろう。どれだけ好きと言えば安心してくれるのだろう。

 離れかけたKingの身体を再びきゅうと抱きしめた。

「夢じゃありませんよ。いなくなったりしないから、ずっとそばにいるから・・・だから今はゆっくり寝て下さい」

 寝かせようとしたが今度は抱きついたまま離れてくれない。よっぽど不安にさせていたのだろうか。

「じゃあキスしたら眠れますか?」

 眠れる森の美女の逆ですが、と冗談のつもりで言ったのだが、頬を朱に染めて戸惑った顔のKingと目が合った。

「・・・・・・これも夢じゃないの?」

 揺れる瞳が遠慮がちにRamを見上げる。

 こんな可愛い顔をされてはとても困るのだが・・・。

 

 夢なんかじゃない。俺はここにいます。あなたが望む限りずっと。

 

 瞳を閉じたKingをRamはそっと引き寄せた。

 

 

 

 久しぶりの大学だったが車の運転を許してもらえず、Ramの自転車の後ろに乗っての登校となった。それはそれで結構恥ずかしいので抵抗したのだが、Kingの抗議はにべもなく却下され、渋々大きな背中にしがみ付くのであった。

 

「よう、King。久しぶりだな」

 いつものメンバーが集まる場所に長身の男を見つけて、変わらぬ風景にKingは少しほっとした。 

「おはよう、Bohn」

 ちらと見たBohnがやけににやついているのが気になったが、あたりを見回してMekを探す。

「なあ、Mek知らない?」

「まだ来てないぜ。それよりお前もう大丈夫なのか?」

「え?ああ、うんもう大丈夫なんだけど・・・・」

 困ったな、何て説明したら・・・・。

「それにしてもお前、初めてだったんだな。からかって悪かったよ」

「・・・・はあ?何のこと?」

 首を傾げるKingの肩に両手を置いてBohnが気の毒そうな顔をして言った。

「恥ずかしがらなくていいぞ。初めての時って大変らしいからな。俺は経験したことが無いから分からないけど」

「はあ・・・・だから何のことさ?」

 話が見えて来なくてKingの眉間にしわが寄る。

「あの日、Ramと初めてS〇Xしたんだろ。そりゃあ起きれなくって当たり前だ。腰が立たなくなるって言うもんな」

「なっ!?」

 とんでもないことを言われてKingは頭が真っ白になった。

「な、な、何言ってんだ!!俺とRamはまだそんなこと!!あの日は薬を・・・・ふぐっ!?」

 口を塞ぐように腕を後ろから巻き付けられて、驚いたKingは後ろを振り返った。

「おはよう、King!Bohn!」

「んん~~!?(Mek!?)」

「よう、Mek!こいつってば恥ずかしがっちゃって。俺としては羨ましい限りなんだけどな。Duenなんてエッチなことをこれっぽっちもさせてくれないのに」

 何の恥じらいも無く恋人の愚痴を言い放つBohnにMekは苦笑する。

「ほんと心配して損したよ。あの日すげえ心配して駆けつけたのに、ダウンしていた理由がそれだもんな。ああ、こいつ恥ずかしがり屋だから皆には黙っててやってくれよな」

「おう!分かってるって!!身体大事にしろよ、King!じゃあな先行くわ」

 Bohnに手を振っているMekに口を塞いでいる腕をバシバシ叩いて訴える。

 息が出来ない!!

「おっと、悪い」

 ようやく離れた腕の持ち主をKingは涙目で睨みつける。

「ゲホゲホッ!Mek!!ニュースソースはお前か!?いったい何を言ってくれてるんだ!!」

 Mekはやれやれと大きな溜息をついた。

「しょうがないだろ。薬物中毒を起こして病院に運ばれたなんて、知られるわけにはいかないだから。あんな話を簡単に信じてくれるなんてBohnが単純で助かったな」

「そ、それはそうだけど!だからってあんな嘘!」

「いいじゃん、どうせすぐ本当になるんだろう?」

 しれっと言われて脱力する。

 そういう問題ではないだろう・・・。

「そうだろ、Ram?まあお前だったら初めてで動けなくなった恋人を置いて来るなんてことしないんだろうけどな」

 振り返るとRamが困った顔で立っていた。

「Ai’Ning、いたの!?だったら何か言ってくれれば良かったのに!」

「いえ、でも特に何も口を出すところが無かったので・・・」

「っ!?」

「あっ、俺も先に行くわ。じゃ二人仲良くな」

「えっ、おいっ!Mek!」

 Mekが嬉々として走っていく先にはBossがいて、Kingは追いかけるのをやめた。

「しまった・・・・。Mekには礼を言うつもりだったのに・・・」

「そうですね。あとで二人で言いに行きましょう」

「うん・・・・。ごめん。迷惑かけて・・・・」

「いえ、俺があなたの気持ちを考えてあげられなかったから・・・。でもあなたが無事で本当によかった」

 勝手にRamが出て行ってしまうかもしれないと思い込んで不眠になって、薬に頼った挙句、RamにもMekにも迷惑を掛けてしまった。もっと勇気を出してRamに自分の思いを伝えれば良かった。

 KingはおずおずとRamに視線を向ける。気が付いたRamが優しい瞳で微笑んでくれる。

「あ、あの、Ai’Ning、俺・・・・君のこと・・・・ぐえっ!」

 勇気を出して言葉にしようとした時、またしても後ろからがっしり首を捕らえられた。

「King!見ろよこれ!あの時の写真がSNSにアップされてるぞ!」

「Tee!?びっくりするじゃないか!!」

「まあ見てみろって」 

 見せられたスマホを覗き込むと、あろうことかギア広場でRamと抱き合った写真が拡散されていたのだ。工学部一の秀才と年下ハーフのイケメン君の恋、とかふざけたタイトルを付けられて。

「何だよこれ!!」

「あ、ほんとだ」

 スマホを見つめるRamの妙に落ち着いた声がKingのすさんだ心を逆なでする。

「こ、これ!まさかBohnが!?」

「違う違う、Bohnが撮ったのとは角度が違うだろ。あの場所にいた別の学生じゃない?」

 マジかぁ!どこのどいつだ!!

「Ai’Ning、これ・・・・・・」

 Ramを見るとスマホを見ながら何故かにやにや笑っている。

「・・・・・・Ai’Ning、君何笑ってるのさ」

「え、いや、良く撮れているなあ、と思って」

 そんなに嬉しそうに言われると複雑なんだけど。

「・・・待ち受けにしようなんて言わないよね?」

 Kingは嫌味を込めて言ったつもりだったが、

「いえ、これはこれでいい写真ですが俺はこっちの方が気に入ってます」

 と言われて向けられたスマホの画面には、同じ日同じ場所でベンチで眠っていたKingの写真があった。

「な、な、何でこれを君が持ってるの!?」

「女の子達が寝ていたあなたを隠し撮りしていたので」

「ので!?」

「・・・ので貰ってきました」

 膝から崩れ落ちそうになるのをかろうじて堪えながら、Ramの襟元を掴んでKingはRamに懇願した。

「消してくれ・・・」

 クソ恥ずかしいから消してください。

「嫌です」

  あっさり却下。

「何で!?頼むから!!」

「こればっかりはあなたの言うことは聞けませんね。それより急がないと遅刻します」

 スマホをそそくさとポケットにしまってRamは歩き出した。

「Ai’Ning!消せって!!あ!?待てっ!!」

 走りだしたRamをKingが追いかける。

 突然追いかけっこを始めた二人を呆れ顔で見送っていたTeeがぼそりと呟いた。

「あの二人って一番大人なカップルかと思っていたけど、実は一番子供なんじゃないか?」

 

 

 まだ体力が回復していないKingを心配して、Ramは早々に足を止めていた。

 肩で息をしているKingを気遣って背中をさすりながら言った。

「そんなに嫌でしたか?」

「・・・嫌と言うか・・・恥ずかしいだろ・・・その・・・寝顔を見られるの・・・」

「一緒に寝ているのに今更と思いますが・・・この写真、可愛いくて気に入っているのですが」

「可愛いとか言うな・・・」

 赤くなって下を向いてしまったKingの手を取って細い指を唇に寄せる。

「それよりさっき言いかけた続きを教えて」

「え!?今!?」

 きょろきょろと周りを見回すKingに、

「誰も来ませんよ、こんな校舎の端っこに」

 とにっこり微笑みながらRamが言う。

「~~~~~~~っ」

 人が来ない事を知っててここに引っ張って来たのか!?

「さあ、どうぞ」

 期待に瞳をキラキラさせたRamを裏切ってはいけないと思えば思うほど、言葉が出てこない。さっきは勢いで言えそうな気がしたけど、こうして面と向かってとなると・・・・・。

「あ、あの・・・うちに帰ってから、じゃ・・・ダメ?」

「駄目です」

 またしてもきっぱり却下。

「うっ・・・・」

 するとふふっとRamが笑った。

「嘘ですよ。うちに帰ってからでいいですよ。またストレスであなたが眠れなくなっては困りますからね」

 Ramに心配をかけていたのだと思うと、Kingは申し訳なさでいっぱいになる。

「ごめん・・・・・」

「こちらこそすみません。あまりに嬉しくてまた慌てるところでした。ゆっくりいきましょう」

「ああ・・・でも、そんなこと言われたら・・・・かえって・・・」

「えっ!?いや、プレッシャーをかけるつもりでは!」

 Kingは悲しそうな顔で焦るRamをじっと見つめて、Ramの袖の端を掴んだ。

「俺・・・また・・・・・」

 ふっと顔を伏せる。

「P'King!?」

「・・・眠れない・・・かも」

「・・・・・・あ、あの」

 Kingはひょいっと顔を上げてオロオロしているRamに、さっきのお返しのようににっこり笑って言った。

「俺・・・・・・・・・夜しか眠れないかも」

「・・・・・・・・・・・・・・え?」

 ぽかんと口を開けて固まったRamにKingは焦った。

 やば・・・・またやらかした!?こんな時に冗談言って・・・怒られる・・・!

 首をすくめて怒られるのを覚悟したKingだったが、

「ふっ、ふふふふ、あははは」

 予想に反して笑いだしたRamに心底ほっとする。

「冗談が言えるならもう大丈夫、いつものあなたですね」

「・・・・・・・・うん」

「行きましょう。遅刻です」

 差し出された手を取って二人は走り出した。少し後ろを走るKingはRamの広い背中に語り掛ける。

 

 心配かけてごめん。

 

 もう大丈夫。

 言えなかった言葉を伝えよう。

 ちゃんと好きだと伝えよう。

 

 

  愛してる

 

 

  だからずっとそばにいてよ

 

 

 

 

 適当な設定でいろいろ突っ込まれそうだ(^^;) まあ趣味で書いてるものだし見逃してくだされ。それにしても自分が書くMekっていつでもカッコいいよなー。ほんと一体何者なのさwww 

 母親の入院と自分の坐骨神経痛でなかなかパソコンに向かえない日々が続いてます。ゆっくり更新しますm(__)m