ねえ?キスしていい?

 

   愛してるよ

 

   ずっと大事にするから

 

 

 

 ちゃんと考えれば分かることだった・・・。あの堅物が絶対言う訳無いじゃないか、そんな台詞・・・・。

 

 

 スマホの目覚まし音とともに猛烈な頭痛で目が覚めた。同時に目に飛び込んで来た見覚えの無いグレージュの天井と緩やかに回るシーリングファン。

「え・・・・・?あれ・・・ここどこ・・・・・?」

 ガバっと起き上がってKingは頭を抱えた。

「いてててっ!!」

 頭いたっ・・・・!一体どれだけ飲んだんだよ俺・・・・・。それにしてもここは何処だ?

 見渡した部屋は上質な家具やカーテン、飾られた写真も濃いブラウンでまとめられ非常にシンプルでセンスが良かった。が、まるで見覚えの無い部屋・・・・。

 えっと、昨夜は確か一人でバーに立ち寄って、隣にいた男性に声を掛けられて・・・・話をしながら飲んで・・・・あれ・・・・・?正体を失くすほど飲んだっけ?ビールと・・・・勧められたカクテル数杯・・・・。ん?

 霞が掛かった脳みそが少しずつ晴れて来て、今の自分の姿をようやく俯瞰する。

 あれ・・・服・・・着ていない・・・・?何で・・・・?

 パニック寸前で、ふと下ろした右手に何かが触れた。

「!!??」

 恐る恐る目を向ける。手に触れた温かい人の肌。

 ひ、人・・・・・・です・・・ね?誰・・・・・?男の人・・・・・・・?し、しかも・・・・。

「やあ、起きた?」

「~~~~~~~~~~っ!?」

 自分と同じ裸の男に腕を掴まれて、声にならない悲鳴がKingの口から漏れた。

「あ、あの、あの、お、俺、な、何でここに・・・・・?」

「やだなぁ、昨夜のこと覚えてないの?」

 すごく嫌な予感がして、背中に嫌な汗が伝う。

 よく見るとすごくハンサムな彼は、Kingの長い指に触れてにっこり微笑んで言った。

「あんなに情熱的に愛し合ったのに忘れちゃったの?」

 震える指に口づけされて、ひゅ~~っと血の気が引いていく。

 ああ・・・もう最悪だ・・・。こんなことになるんなら、ちゃんと謝っとけばよかった・・・。後悔しても後の祭りだ・・・・。

 

 

 

「おっはよう!King!あれ、どうしたぁ?元気ないじゃん!」

「P’Kanya・・・・お願いだから声のトーンを落としてもらえませんか・・・・。頭に響く・・・・」

 2つ先輩で同僚のKanyaを手で制して、Kingは思わずこめかみを押えた。女性の高い声は脳の奥まで響く。

 デスクで頭を抱えていたKingの肩に肘を乗せてKanyaはニヤニヤ顔だ。

「P’Kanya、そんな顔せっかくの美人が台無しですよ」

 小さい顔にショートボブ、背が高くスタイル抜群のKanyaは黙っていればモデルも顔負けの超美人だ。黒のパンツスーツがボーイッシュな彼女に良く似合っていた。ただ口を開くとゴシップ好きのおばさんみたいになるので、初対面の人はそのギャップに面食らうのだ。

「めずらしいじゃん、二日酔い?しかも何よ、昨日と同じ服で出社って!まさかのお泊り?朝帰り?やるじゃん!相手は誰よ!」

「・・・・・残念ながらそんなんじゃありませんよ」

 瞳を輝かせて興味津々な様子で質問してくる先輩に閉口しながら、Kingはハンサムな男とのやり取りを思い出していた。

 

 

 まだ完全に目覚めていない頭で必死に考える。誰かに”愛してるよ”って言われたのをかろうじて思い出す。優しく甘い声で。耳元で囁く相手をあいつだと思い込んでしまったのか・・・・。酔っていたとはいえ他の人とRamを間違えるなんて・・・・。

「なぁ~んてね」

「へ?」

「嘘だよ。本気にしちゃった?」

 ハンサムさんは満面の笑みを浮かべて、シルクのガウンを羽織りながらベッドから立ち上がった。スラリとした長身の後姿をKingは呆然と見上げた。

「お酒を服にこぼしちゃったから脱がせただけだよ。シミになるといけないから洗っておいたから。もう乾いてると思うよ。ちゃんと落ちてなかったらごめんね」

 指さす方を見ると綺麗に畳まれた見覚えのある服がテーブルの上に鎮座していた。そう言えば下はちゃんとはいている。彼と何もなかったことにほっとしたのも束の間、さっきとは違う冷たい汗が額に浮かぶ。

「え、っと・・・それは・・・もしや・・・多大なるご迷惑・・・を、お掛けした・・・・・と・・・言う事でしょうか・・・・・?」

 ちらとハンサムさんを見ると、彼は申し訳なさそうな顔をして言った。

「迷惑なんて掛かってないよ。ひどく酔ってたから送ろうと思ったんだけど、帰りたく無いって言うし住所も分からなかったから、申し訳ないけどここへ連れて来ちゃった。君の家族が心配してるんじゃないかと気が気で無かったけど、起こしても全然起きてくれなかったから・・・ごめんね。家族に連絡しなくて大丈夫かな?」

 ひい~~~っ!それって泥酔して正体を失くしたあげく、酒をこぼして服を汚し、帰りたく無いと駄々をこね、泊まらせてもらっただけでなく、家主様に洗濯までさせてしまった、ということか~~~!!

「一人暮らし・・・なので、大丈夫・・・です・・・・」

 ・・・・・・もう穴があったら入りたい。

「安心した?」

 目を細めてし優しそうに笑うハンサムさんにKingは、ああと思った。

 誰かに似ていると思ったら・・・・。

 顔や声や喋り方が似ている訳じゃ無い。むしろ全く似てはいない。ただ時折見せる優しい笑顔が、あいつに似ている・・・。だから最初から警戒することなく気を許してしまったのか・・・。

 些細なことで喧嘩した相手。

 学生の時から好きだったあいつ。

 

 Ram・・・・・

 

 何もなかったとはいえ、彼はこの事をどう思うのだろう。怒るだろうか。軽蔑する?それとも嫉妬なんかしませんってか・・・・・・。

 

 

 

「な~~んだ、つまんない。Kingの初スキャンダル話聞きたかったのに。あんた浮いた話一つ無いもんね」

「すみませんね。つまんない男で」

 ノンスキャンダルのKingに興味を失くしたらしい先輩は、さっさと自分のデスクに戻って行った。

 綺麗に洗濯してあるシミ一つないシャツを見ながらため息をつく。貰った名刺をポケットから取り出し連絡先を確認する。

 仕事があったから礼もそこそこに出て来てしまったが、お詫びも兼ねてちゃんとお礼をしないと。食事にでも誘おうか。

 キャンプの夜以降酒には気を付けていたのに・・・。学習能力が無さ過ぎて情けない・・・・・。

 薄紫色の綺麗な名刺を胸のポケットに戻してもう一度ため息をついた。

 

 

 Ramは俺の恋人である・・・多分。多分と言うのはあいつから好きだとも恋人になってくれとも言ってもらっていないから。まあでも好きでいてくれてるのだとは思う・・・。じゃなきゃキスもその先もしないだろう・・・。そう言えばあいつ手は早かったよな・・・。キャンプの後、祖母の家から帰った俺を待ってましたとばかりに捕まえて、強引にキスしてそれからベッドに押し倒して・・・。あんなに待って、って言ったのに待ってくれなくて・・・・、ってそんなことはどうでもいい!

 その無口で不愛想でスケベな男とは彼の父親の不倫事件から、キャンプのキスを経て一緒に暮らしていた。過去形なのは俺の就職を機に一旦同棲、もとい同居を解消したから。今の勤務先は通勤に不便だったし勤務時間も不規則で引っ越しは避けられなかった。今は週末にお互いの家で会う程度だ。Ramが大学を卒業したらまた一緒に暮らそうと話してはいたが、彼の就職先がまだ決まっていないし、勤務地次第ではそれもどうなるかは分からない。

 将来の約束を交わしたわけでもないそんな不安定な関係。まして男同士なんて・・・・。自分でも思った以上に不安に思っていたのかもしれない。

 

 

 些細なことで喧嘩をした。原因なんか覚えていない。ちゃんと話を聞いていなかったとか、返事が適当だったとかそんなこと。

 残業続きで疲れていたのかも知れなかった。せっかく会いに来てくれたRamに酷い言葉を投げつけた。疲れているのは俺だけじゃ無かったのに・・・・。

 

 何しに来たんだよ!どうせ俺とヤりたいだけなんだろ!!

 

 Ramは黙って出て行った。

 何であんなこと言ったんだろう・・・。さっさと謝ればいいものを意地を張って連絡をとらなかった。愛想をつかされたってしょうがない・・・。

 家に帰りたく無くて外に飲みに出た。そして酔いつぶれた挙句によそ様に迷惑を・・・。ああもう、自己嫌悪と二日酔いで気分は最悪だ・・・。

 Kingは廊下に出てスマホを取り出した。少し迷ってから先頭に登録してある電話番号を押した。

 会って、謝って、昨日のことをちゃんと話して・・・。嘘を付きたくなかった。たとえ過ちを犯してしまっていたとしても。聞いてその先どうするかはあいつが決める事だ。

「あ、Ram?今いいか?あのさ・・・・」

 

 

 部署に戻るとKanyaに社長が呼んでいると伝えられた。

「新規の顧客があんたをご指名らしいよ」

「え?俺ですか?まだ入ったばかりのペーペーですよ?他の人と間違えてないですか?」

 Kanyaは椅子をクルっと回転させて、首を傾げてこちらを見上げた。ほんと黙っていればドキッとする美人である。

「うちみたいなブランディングを手掛ける制作会社に経験は関係ないよ。あんたのアイディアと企画力はみんな一目置いてるよ。現にこの間あんたが作成した動画は評判良かったし」

 それはクライアント先が小さな会社で低予算だったことから、新人のKingが一人で手掛けることになった仕事だった。試行錯誤の末出来上がった動画はすごく好評だった。顧客に喜んでもらえた時の感動は今も忘れられない。

「それはほめ過ぎだと思いますけど・・・・いてっ!」

 額に痛みが走って見ると、怒った顔のKanyaにデコピンされていた。

「P’何するんですか・・・・」

「あんたさぁ、謙虚なのもいいけど、過ぎると嫌味だよ」

「そんなことは・・・・・」

 彼女は小さくため息をつきながら少し寂しそうに微笑んだ。

「ふふ、ごめん、ちょっと嫉妬したわ。もっと自信持ちな。あたしはあんたの才能に同僚として嫉妬もするけど一ファンでもあるんだから」

 最高の誉め言葉を頂いてどう返答していいのか分からず黙り込んでしまった。

「ほら、早く行きな。お客様が待ってるよ」

「あ、はい」

 急いで行こうと踵を返した拍子にデスクの足に思い切り脛をぶつけた。

「いったぁ!!」

 激痛に足を抱えたKingは危うく転びかけた。 

「ああ、もう何してるのさ!」

「だ、大丈夫です、行ってきます!」

 足を引きずりながら慌てて走る後輩の後姿を見送りながら苦笑する。

「Kingってしっかりしてるようで抜けたとこあるよね」

 あれだから新人で仕事が出来ても何だか憎めないのだ。他の社員達も笑っている。

 それにしても、Kingの恋人になる人は、危なっかしくって目が離せないんだろうな。恋人が甲斐甲斐しくKingの世話を焼いている姿が何となく目に浮かぶわ、とKanyaは密かに思った。

 

 

 応接室の扉の前で何とか呼吸を整えてからノックする。

「失礼します。遅くなって申し訳ありません」

「ああ、待ってたよ。まあ座りなさい」

 依頼主にお辞儀をしながら着席する。窓を背に座っているせいで顔が逆光で良く見えない。だがシルエットからかなり若い男性の様だ。

「私こういうものです」

 差し出された名刺を受け取ってKingは自分の名刺を取り出した。

「Thanthep Kingです。よろし・・・・・・」

 あれ?この名刺、この名前・・・。それにどこかで聞いたことのある声・・・・・。

 薄いパープルのお洒落な名刺をまじまじと見つめて、それから恐る恐る顔を上げた。ようやく慣れて来た目に映ったのは、見覚えのあるハンサムな顔だった。Kingは思わず立ち上がった。

「あ、あなたは今朝の!」

「やあ、やっと思い出してくれた?」

 しなやかに笑う彼は確かAroonと名乗っていたっけ・・・・。

 

 

 何だ君達知り合いだったの?なら僕はいなくてもいいね、任せたよと言い残してKingが止めるのも聞かず社長はそそくさと出て行ってしまった。

 知り合いと言えば知り合いなのだけれど、何と説明していいやら・・・。

 困惑気味のKingを嬉しそうに眺めているAroonの視線に気が付いて、思わずため息が漏れる。

「もう、分かっていたのなら言ってくださいよ」

「ごめん、ごめん、僕は一目で分かったのに君はなかなか気が付いてくれないからさ」

 笑いを堪えているAroonを恨めし気に見つめながらKingはあらためて思った。

 この人ほんとハンサムな人だなぁ。Ramとはちょっとタイプは違うけど、全人類がこうなりたいと思う綺麗な顔にスラリとした長身に長い手足。柔らかそうな髪を軽く後ろに撫でつけて、優し気な笑みを湛えた口元は大人の色気がある。肩書まできちんと見ていなかったが、名刺には海外の高級家具やアンティーク家具を取り扱う会社の社長とある。まだ30歳くらいだろうか、この若さで社長を務めるのだから相当やり手なのだろう。

「何?見惚れるほどかっこいい?」

 どうやらまじまじと見つめてしまっていたらしい。

「うっ!いや、まあ、そうです・・・。すみません・・・」

「ふふ、正直だねえ。ほんと面白い子だね」

 子供扱いは心外だが反論できる要素が見当たらならない。

「あの・・・、どうして俺を指名してくださったんですか?」

「知り合いの会社のブランディング動画を偶然観てね。アニメーションを取り入れて表現された動画がすごく斬新で一目で気に入って、ぜひ我が社もお願いしたいなって思って。もちろんこの動画の製作者を担当にって頼んだよ」

「それって・・・・」

 さっきKanyaと話をしていた動画だ。

「ふふ、まさかそれが君とは思わなかったけど」

 手放しで褒められた気がしてKingは気恥ずかしくて顔を伏せた。

 すごく嬉しい・・・・。

 Aroonににっこり微笑まれて見つめられると男の自分でも何だかドキッとしてしまう。長い足を組んで高級スーツに身を包み、マイセンのカップでコーヒーを啜る姿は、事務所の無機質なソファが見事にミスマッチである。

「じゃあ、明日から打ち合わせよろしくね」

 書類を持って立ち上がりながら、差し出されたAroonの右手を握り返してKingは恐縮しながら言った。

「はい、こちらこそよろしくお願い・・・・・・うわ!?」

 強く手を引かれて背の高いAroonの胸にすっぽりと収まった。何が起こったか分からずKingは一瞬ポカンとしてしまった。

「やっぱり抱き心地いいなあ」

「いっ!?な、な、何して!?」

 びっくりし過ぎて声がひっくり返ってしまった。

「ぷっ、くくくっ、ほんと君ってかわいいね」

「あ~~!!またからかったんですね!!」

 くそっ!完全に遊ばれてる!しかも振りほどけないし!離せ!このばか力!

 細いように見えて鍛えているのが服の上からでも分かる。拘束から抜け出せないでじたばたしていると、急にAroonの手が離れた。

「はい、また明日遊ぼうね」

 頭をぽんぽんと撫でられてKingは首まで赤くなってしまった。

「もう!大事なクライアントじゃなければ一発殴ってますよ!」

「おお、こわ!じゃあまたね!」

 ほんとにもう、どっちが子供なんだか。それにしても何であの人とRamが似ているだなんて思ったのだろう。ちっとも似てないや。ああ、お礼を言うのを忘れてた。

「でも・・・・仕事楽しみだな」

 久しぶりに沸く高揚感にKingの胸も弾んだ。

 

 

 退社間際に発生したシステムトラブルで思わぬ残業を強いられて、約束の時間に1時間も遅れてしまった。

 レストランのドアを開けて、きょろきょろと見回すと待ち合わせの相手はすぐに見つかった。

 ハーフの整った顔に鍛え上げられた身体。目立つことこの上ない。ほらまた女の子が声を掛けてる。相変わらず女の子に対して素っ気ない対応だが、相手もつわものでなかなか引き下がらない。Ramはかなり困り果てているようだが、それもKingにしか分からない。

「ごめん、待たせたねAi’Ning」

「P'King・・・・・・!」

 ようやく来た助舟にRamはほっとした。

 その様子が迷子の大型犬が飼い主を見つけて尻尾を思いっきり振っているように見えて、Kingは少し可愛いと思ってしまった。 

  

 

「先に何か食べててくれて良かったのに」

 取り敢えずビールで乾杯しながら申し訳なさそうにKingは言った。

「いえ、あなたと一緒に食べたかったので。待つのも苦では無いです」

 こういうセリフをしれっと言うくせに、何で女の子は上手くあしらえないのか不思議である。知らない相手に塩対応なのは今も昔も変わらない。

「電話では何か話があると言ってましたが」

「ああ、うん、ごめん、金曜の夜にわざわざ来てもらって・・・。この間のことを謝ろうと思ってさ・・・・」

「この間のこと?」

「えっと、俺が、その・・・君がうちへ来るのは俺とシたいだけろう、とか言った件です・・・が・・・」

 Ramはビールを一口啜って、ああ、と言った。

「何だそんなことですか」

 何だとは何だ!俺はめちゃくちゃ気にしてたんだぞ!おかげであんなことに!

「そのことは全然気にしていません。だってシたくて行っているのは本当のことですから。帰ったのは図星を指されて恥ずかしかったからです」

 真顔で言われて、Kingは飲んでいたビールを吹き出しそうになった。

「あ、ああ・・・そう・・・・それならいいんだけど・・・・・・・」

 いや、良くはないだろう!Kingはあたりを見回して、周りに聞かれやしなかったかとヒヤヒヤする。

 まったく、正直過ぎるのもいいんだか悪いんだか・・・・。まあ、ちょっと嬉しかったりして・・・・。だったら連絡くらいくれても・・・・。

「それから、こっちが本題なんだけど・・・・。できれば怒らないで聞いてくれると嬉しいんだけどさ・・・・」

 グラスを置いてRamが何でしょう、と見つめて来る。なかなかのプレッシャーだがここは腹をくくらなければ。Ramに嘘はつきたくない。

「昨日の夜のことなんだけど、さ。実は飲み過ぎちゃって酔いつぶれて・・・・」

 核心に触れようとしたところで、

「やあ、Kingじゃないか。偶然だね」

 爽やかな声が上から聞こえて来て、え?と振り返るとそこには件の本人が立っていた。

「Aroon社長!?」

「プライベートで社長はやめよう。Aroonでいいよ」

 昼のスーツ姿と違って、Tシャツにジーンズとかなりカジュアルなスタイルなのだが、それでも人目を引くのは彼の持って生まれた華やかさだろうか。周りの女性たちの視線を独り占めだ。

「今日は誰かとお食事ですか?」

「うん、会社の部下達とね。ちょうど君の話をしていたところだよ」

 うわっ、どんな話したんだろう。昨夜のあれやこれやとかじゃないよね・・・・。

「P'King、こちらはどなたですか?」

「ごめん、ごめん、こちら今度仕事でご一緒するクライアントの社長さん」

「Aroonと言います。彼は・・・・Kingの恋人?」

「え?えっと」

 カミングアウトしてもRamは大丈夫なのかな、とチラと恋人を見た。Ramはこちらを見ずにさらりと言った。

「いいえ、大学の先輩と後輩です」

 ああ・・・・まあそういう対応するよね・・・・。男同士で恋人なんて世間ではまだ偏見を持つ人間もいる。

「そうなの?それなら何も遠慮する事無いね。じゃあ僕、Kingの恋人に立候補していい?」

「え・・・・・・ええ!?」

 言われた言葉の意味を理解しようと脳が稼働するまでかなり時間が掛かってしまった。隣を見るとRamはKingにだけ分かるかなり驚いた顔をしている。Aroonはそれにもちろん気が付かないで嬉しそうに話し続ける。

「夕べ飲んでるときに思ったんだけど僕達相性いいと思わない?」

 ちょ、ちょっと待って!何を言い出す気だ!?

「仕事で再会できたのもきっと運命だよ」

 いやいや、待ってくれ!隣のRamの怒りのオーラが怖い。

「同じベッドで寝た仲だし、ね?」

 ね?って、そんな爽やかな笑顔で、そんなセリフ言わないでくれませんか!

「P'King、それは本当ですか?」

 低い声が隣から聞こえてドキリとする。勇気を出してぎしぎしと視線を向けると、Ramが無表情でこちらを見ていた。

「っ!違っ!あっ、いや違わないけど!でも違くて!」

「どっちですか?」

「うっ・・・・違わない・・・です・・・・でも!」

 ガタン!

 ビクッとKingが顔を上げると、Ramが椅子を蹴って立ち上がっていた。今まで見たことも無い怖い顔でAroonを睨みつけていた。

「帰ります」

 くるりと踵を返してRamはスタスタと歩き出した。

「ま、待って・・・・・っ!」

 止めようとして出した手を握り締めて唇を噛んだ。

 そうだ、言い訳なんて出来ない。酔っぱらって見ず知らずの人と同じベッドで寝た、と言う事実は変わらない。それをどう捉えるかはRam次第なのだ。

「やっぱり彼は恋人だったんじゃないのか・・・・?」

「・・・・恋人じゃないって彼が言ってたじゃないですか。心配していただかなくて大丈夫ですよ」

 支払いをさっさと済ませて扉に消えたRamを見送ったまま答えるKingに、Aroonは心配げに細い肩に手を掛けた。背中が泣いているように見えたのだ。

 だがKingはくるりと振り向いてにこっと笑った。

「Aroon社長、そんな事より部下の方達をほったらかしていいんですか?」

 見やるとAroonの部下達が心配そうにこちらの様子を心配げに伺っている。

「部下に心配かけちゃダメですよ。ほら、行ってあげて下さい」

「ああ、そうだね。良かったら君も来る?」

「ありがとうございます。俺もこれから仕事させていただく方達とお近づきになれるのは嬉しいです」

 てっきり断られると思っていたAroonは少し驚いた。だが仕事を最優先に考える彼の姿勢は好感が持てると思った。

「ああ、でも社長、一つ言ってもいいですか?」

「ん?何?」

「俺さっきみたいな冗談は好きじゃありませんから」

 にこやかな表情を一転させ、真っすぐな瞳と毅然とした言葉で言い切るKingに、Aroonは思わず視線を奪われた。

「駄目ですよ。あなたがあんなこと言うと大抵の人は本気にしますからね」

 今度はいたずらっ子をたしなめるように優しい瞳を向ける。

「・・・・・・あ・・・・・・僕は・・・・・」

 確かに冗談半分で言ったくせに、

 

 君は本気にしてくれないの?

 

 そんな風に思ってしまった自分が分からなくて、Aroonは喉元まで出かかったその言葉を飲み込んだ。

「ごめん・・・・悪かったよ・・・・」

 どういたしまして、と笑うKingにAroonの胸は何故か痛んだ。

「行こう、皆に紹介するよ」

 

 

 

「どう?新しい仕事は上手くいってる?」

 コーヒーを差し出されてKingはパソコンの画面から顔を上げた。

「ありがとう。難しい仕事だけど、すごく楽しいし遣り甲斐がありますよ。それに今回はチームでの仕事だからちょっとだけ気が楽です」

 Kanyaはパソコンの画面を覗きつつ、コーヒーに舌鼓を打つKingの横顔を盗み見た。

「その割には浮かない顔してるね。何かあったの?」

「ん~~、そんな顔してますか?」

 うんうんと大きく頷かれてKingは苦笑する。私情を職場に持ち込むのは良くないよな。

 あれから1週間たつがRamから何の連絡も無い。こちらからしても良かったのだが、別れを切り出されたらと思うと怖くてスマホを取れないでいた。

 だけどせめて自分の口から話したかったな・・・・・。

「疲れてるんじゃないの?ここのところずっと残業続きでしょ?」 

「大丈夫ですよ。もう少しやったら帰ります」

 Kanyaはこれからデートだと嬉しそうに帰って行った。以前恋人の写真を見せてもらったことがあるが、そこにはKanyaと彼女より小柄な優しそうな女性が幸せそうに写っていた。恋人が同性だったことに驚いたが、Kanyaが臆することなくカミングアウトする様は潔くてカッコ良くて、また羨ましくもあった。

 あんな勇気があったら社長にもからかわれずに済んだのかも・・・・・。

 Kingは小さくため息をついて椅子に深く身を沈めた。

 仕事に没頭していればRamの事を考えないで済んだのだが、さすがに連日の残業はきつい。

 帰ろうと立ち上がったところで、ドアのガラスに人影が見えた。

 Ram!?

 急いで駆け寄ってドアを開ける。そこに立っていたのはRamより背の高い秀麗な男だった。

「Aroon社長・・・・?どうしたんですか、こんな時間に」

「あ~~、いや、たまたま通りかかったらまだ電気が点いていたから、まだ君がいるかなって思って・・・。時間があるなら食事でもどう・・・?この間のお詫びも兼ねて・・・・」

 少し照れ臭そうにドアの外側に立っている様子が、10近くも年上の成人男性に失礼だが何だか可愛らしい。

「いいですね。でも俺が奢りますよ。ご迷惑をお掛けした時のお礼がまだだし。少し待っていただいていいですか?すぐ準備します、あっ、でも高級なところは行けませんけど」

 ショルダーバッグを肩に掛けながら走ってくるKingに、Aroonはほっと微笑んだ。

 

 

 

「あんな時間に来るから、俺てっきり仕事で何かやらかしたのかとドキドキしましたよ」

 ドリンクを何にしようか迷って、ココナッツジュースを注文する。

「そんな訳無いじゃない、君の仕事は完璧だよ。まだ試作の段階だけど、うちのスタッフも我が社のブランドのイメージアップ間違いなしって喜んでるよ」

「あはは、それは嬉しいです。でもまだ改善の余地ありですけど」

「ふふっ、君らしいね。それより今日はお酒じゃないの?」

 Kingは眉根を寄せた。不思議そうに聞いて来るAroonを不機嫌そうに睨んでやる。

「また飲み過ぎて誰かさんのベッドに転がり込むのはごめんだからです」

「え~、残念だなぁ。僕は大歓迎なんだけど。それはそうと美味しいよぉ、仕事終わりのビール」

 くそぉ、と思ったがその手には乗るもんか。この人絶対俺の事からかって面白がってる。

「ココナッツジュースが今年のトレンドなんですよ?知らないんですか?」

「ほんっと君って面白いね。全然飽きない」

 くっくっと笑っているAroonを無視して届けられた料理に手をつける。

 でもAroonとの食事は楽しい。会話も博識で上手いし品がある。人を楽しませることが上手なのだろう。誰かさんと大違いだな・・・・。

 またあの無口な男の事を考えている自分に心の中でため息をつく。何だってあんな奴の事で悩まなきゃいけないんだ?人の話も聞かないで、勝手に怒って、1週間も連絡を寄こさないで!俺達って恋人同士じゃ無かったっけ?そりゃ俺に落ち度はあったけどそれにしたって!あっ、何だか段々腹が立ってきた!

「やっぱり俺も飲もうかな」

「ええ、どうしたの?何か怒ってる?顔が怖いよ」

「社長が飲んでるのを見てたら飲みたくなっただけです」

 ハイハイ、とグラスを渡してAroonはワインを注いでやる。

「ねえ、King。プライベートでは社長じゃなくてAroonって呼んでくれない?」

「え?でも・・・・・じゃあ、P’Aroon・・・?」

「P’もいらないんだけど」

 結構無茶なことを言うな、この人。

 3杯目のワインに口を付けたところでヤバいかなと思った。残業続きで疲れていたせいか酔いが早い。

「Kingのご機嫌が斜めなのはこの間の彼氏のせい?」

「・・・・・・・・・・」

「沈黙は肯定とみなす」

 どこかで聞いた台詞を聞きながらKingは少し泣きそうになった。あの不愛想だが心優しい男ともう会えないのかと思うと悲しかった。

「落ち込んでいるときは甘いカクテルがいいよ」

 ウェイターに持って来させたカクテルをKingの前に差し出した。

「へえ、ミルクティーみたいなカクテルですね。少しチョコレートの香りがする」

 そう言えば最初にAroonに会った時も色鮮やかなカクテルを勧められたっけ。さすがもてる男は女性が喜びそうなものに精通してるな。俺は女じゃないけど。

 口に運ぼうとしたその時、何者かがKingの手を止めた。掴まれた手は見覚えのある筋張った大きな手、毎晩のように自分に触れて来た武骨だが優しい手。

「・・・・・・Ram?」

 見上げると鬼の形相のRamが立っていた。

「帰りましょう、ここにいては駄目です」

「ちょ、ちょっと」

 強引に腕を引かれてKingはRamの身体に抱き着く形になってしまった。

「離せ!バカ!」

 何だって自分のまわりの男どもは皆ばか力なんだ!!

「君、いきなりなんだ?失礼だろう」

「あなたこそこんな強いカクテルを飲ませてどうするつもりだったんですか?以前も彼にカクテルを飲ませて・・・・っ!痛っ!!」

 額に激痛が走って後ろによろめいたRamは何事が起ったのかと目を開けた。激痛の原因を知ってRamは呆然とする。

「P'King・・・・!?いったい何を!?」

「それはこっちのセリフだ!こんの石頭!痛いじゃないか!!」

 同じように額を押えて痛そうにしているKingを目の前にして、Ramはようやく彼に頭突きをされたのだと理解した。だがその理由がまったく分からない。

「何で・・・・・?」

「そっちこそ何なんだよ!1週間もほったらかしにしておいて、やっと会えたと思ったら訳の分からない難癖付けて、せっかくの食事の場を台無しにして!!お、俺がこの1週間どんな思いでっ!!」

 どんなに連絡が来るのを待っていたか知らないで・・・・。別れる覚悟をしていたか知りもしないで・・・・。

 思いもよらないKingからの反撃にRamと、Kingの意外な一面を目撃したAroonはびっくりである。

「し、しかしこの人は明らかにあなたの事を・・・・」

「黙れ!俺の知り合いを悪く言うなら・・・絶交・・・・・だ…・・か・・・・・ら」

「P'King?どうしました?」

「・・・・・・・・・・・ねむい」

「えっ!?」

 慌ててふらつくKingを支える。

「残業が続いていたみたいだから疲れが出たんだろう」

「・・・・・・・・・・・」

「そんなに睨むなよ。お察しの通り僕は彼に邪な考えを持っていたよ。以前も今もね」

「・・・・・・っ!」

 Kingを抱えていなかったら確実に殴り飛ばしているところだ。

「バーで会って好みだったから声を掛けたんだけどね。彼ってば君の話ばかりするんだよ。友達と喧嘩してしまって仲直りするのにどうしたらいいだろうとか、不愛想だけどほんとは優しい奴なんだとかね。友達とか言ってたけど違うだろうって思った。この僕を目の前にして他人のことばかり喋る人間って初めてだったから、頭に来てしまってね」

 長い足を組み直してAroonはRamに抱えられて寝息を立て始めたKingを見つめた。

「それなら強引に自分のものにしてやれって、口当たりはいいけどアルコール度数の強いカクテルを飲ませて、酔わせて連れ帰って。まあ待ってって、まだ殴るなよ」

 

 そう、ベッドへ行って、愛の言葉を囁いて。

 キスしていい?愛してるよ。大事にするから。

 だけど返って来た言葉は・・・・。

「あなた誰・・・・?俺の好きな人は・・・・愛してる・・・なんて絶対言ってくれないんだ・・・・・。大事にします、なんて・・・・一生言わないんじゃないかな・・・・」

 まだ酔っている状態にもかかわらず彼はそう言った。欲しいのはお前じゃないんだと・・・。

 僕が口説けば女も男も簡単に堕ちるのに、こんな事初めてだった。だが無理やり抱いたりしたらプライドが許さない。

 寝落ちしてしまったKingの寝顔をしばらく黙って見つめていた。

 そんなに恋人のことが好きなのか・・・・・。あんまり癪に障ったから、朝起きた時にからかってやったけど大人気なかったと自分でも思う。

 偶然仕事で再会した時は驚いた。仕事も出来る男だったと分かって何故だか心が躍った。意外と抜けてるところも面白い。恋人への一途な思いを全部自分に向けてやる。ゲームでもやる感覚でそう思った。

 だから誘った。食事にも飲みにも。でも忙しいからとすべて申し訳無さそうに断られた。冗談は好きじゃない、ときっぱり言われて以来口説く事も出来なくなった。いつもならそんな事を言われたくらいで躊躇したりなんかしないのに。

 欲しいと思ったものは全て手に入れて来たし簡単に手に入った。だけど彼に関してはどうも上手くいかない。

 もうどうしていいか分からなくて・・・・彼の職場まで来てしまっていた・・・・。

 

「それなのに、ぜっんぜん僕の事を見向きもしないんだ。いつまでたってもクライアントの社長でそれ以上でも以下でもない」

「それでまた強いカクテルを飲ませようとしたんですか?あなたを微塵も疑っていない彼を裏切ってまでも?」

「・・・・・・・っ、それは・・・・・!そんなつもりは!」

 イライラと長い足を激しく揺すっているモデルのような男を見てRamは思った。

 この人は生まれた時から相手に不自由したことの無い人だったのだろう。自分から告白したことも、まして好きになったことさえなかったのかもしれない。Kingの信頼を裏切ってまでも手に入れたかった理由に気が付いていないのか。

 だがそれが何であるなんて教えてやるほどお人好しではない。

「P'King、起きてください。家に帰りましょう」

「ん~~、あれ?Ram?何でいる・・・ん!?痛っ!?おでこがすごく痛いんだけど!?何で!?」

 Ramは自分と同じように赤くなった額を押えているKingを見て呆れたように言った。

「寝ぼけないでください。あなたが俺に頭突きをしたんでしょう」

「えっ!?嘘!?俺!?・・・・・・・あっ・・・・・ああ!何か思い出して来た・・・・」

「あなたって酔うとほんとに感情を思いっきり解放しますよね」

「うっ!そんな昔のこと今言わなくても」

 イチャついているようにしか見えない二人にイラついたAroonは席を後にしようと立ち上がった。

「社長、すみません、変な所をお見せして」

 Aroonは何か言ってやろうとゆっくりKingを振り返った。

「あの、今回俺なんか指名してくださって本当に感謝しています!この仕事すごく楽しいです!絶対良いものにします!」

 真摯な瞳を向けられてAroonは何も言えなくなってしまった。AroonはKingのこの真っすぐな瞳に弱かった。

「・・・・君のことは最初から評価しているよ。良いものが出来ると信じてるよ。よろしく頼む」

「はい!」

 Kingの屈託のない笑顔に目を奪われて、ようやくAroonは気が付いた。

「P'King、もう帰りますよ」

「えっ?ちょ、ちょっと待ってよ」

 ああ、これは・・・・未だかつて味わったことの無いこの胸が締め付けられる切ない気持ちは・・・・・。

 恋人に引きずられるように店を出て行くKingの背中を、Aroonは黙って見送った。

 

 

「う~~、おでこ痛い~っ」

「まったくあなたは時々突拍子も無い事をしますよね。まさか頭突きを食らうなんて思いませんでした」

 Ramは冷やしたタオルをソファに寝ころんで唸っているKingの額に乗せながら、肘置きに腰を下ろした。

 ここでRamと会うのは喧嘩別れした日以来だな・・・。

「君は大丈夫なの?」

「もうほとんど何ともありません」

 もうすでに赤みの引いた額を指さしながらRamがけろりと言った。

 顔面まで鍛えているらしい・・・・・。ああもう、そんなことより。

「あのさ・・・・・あの日、君が俺を置いて帰った日からずっと・・・考えてた・・・・」

 Kingは額に置かれたタオルを外して身体を起こした。

「君から1週間も何の連絡も無かったから・・・・もう別れたいんだと思ってた・・・・」

「俺は別れたいなんて思ったことは一度だってありませんよ!」

 Ramは驚いて思わずKingの肩を掴んだ。

「え、じゃあ何で黙って帰っちゃったのさ・・・・」

「すみません・・・、不安にさせてしまいましたね・・・」

 Ramは今更のように自分の言葉の足らなさを思い知る。恋人にちょっかいを掛けた憎らしい男が言っていた言葉を思い出して唇を噛んだ。

 

 俺の好きな人は愛してる、なんて絶対言ってくれないんだ・・・・

 

「あの日の事はあなたに非が無いのは分かっています。あの時ちゃんと打ち明けてくれようとしていたんでしょ?」

 分かっていてくれていたのだと思うとKingはほっとして肩の力が抜けた。

「俺はあなたの気持ちが相手に無い限り、あなたを手放したりしませんよ。たとえ過ちを犯したとしても」

 何かすごく好きだって言われてるように聞こえる・・・のは・・・気のせい・・・?

「ただやはり相手にはむかつくので、殴り倒してしまう前に撤退しただけです」

 そんな恐ろしい理由で帰ったと・・・。

「でも、だ、だったらっ何で!」

「何で1週間も放っておいたかって?相手はあなたの大事なクライアントでしょう?もし仲良く仕事をしている話を聞いてしまったら、あのいけ好かない男を今度は殴るだけでは済まなくなりそうで自粛していました。でも何の連絡もしなくてすみませんでした。・・・・それだけ余裕が無かったんです」

 RamはKingの細い指を手に取ってキスを落とす。

「俺は・・・・その・・・あなたが思っているより・・・・・あなたの事が・・・好きだし、嫉妬もするんです・・・・」

 普段無口な男が言葉を選びながら一生懸命に思いを伝えようとしている。

 何だかうだうだ悩んでいた自分がバカみたいに思えてくる・・・・。Ramを信じていれば喧嘩をしたとしても不安になることはなかったのに・・・。

 愛してる、の言葉より熱い愛の言葉。身体が熱くなって胸がキュッと高鳴る。

 RamはKingを壊れ物を扱うようにそっと抱きしめる。

「やっぱり今すぐ一緒に住みましょう」

「でもそれだと君が困るだろう?それにもう少しで卒業だし、就職が決まってから考えても・・・」

 Ramの顔がキスされそうな距離に近づいてドキリとする。

 キス以上のことだってしているのに。Ramに見つめられると吸い込まれそうになる。優しく頬を撫でるRamの指にぞくりとする。

「大丈夫です。あなたと会えない時間を考えたら、通学の問題なんて大したことはありません。悪い虫が寄り付くのを追い払う事も出来ます」

「そう言えば君は何であそこにいたの?偶然?」

「・・・いえ、あなたに会いたくなって家まで行ったのですが・・・・。不在で・・・・職場にならいるかと・・・・」

「それで、俺と社長が出て行くのを見かけて後を付けたと?」

「・・・・・ハイ」

「・・・・ふっ、ふふっ」

 いたずらをして怒られた大型犬がシュンとなっている様は何だか笑えた。

「何笑ってるんですか」

「だって!君心配し過ぎ!そもそも俺全然もてない・・・・っ!?」

 いきなり引き寄せられて、口づけされる。舌を絡めとられた深い口付けに頭がくらくらする。息が出来ない!大きな手がシャツに入り込んで来て思わず手首を掴んだ。

「ま、待って!もうっ!やっぱり君、俺とやりたいだけだろう!」

 涙目のKingに向かってRamは不敵に微笑んだ。

「もちろんそうです、って以前にも言いませんでしたか?」

「・・・・・・!」

 そっちの方ははっきり言うんだよな・・・・。

「嫌ですか?」

 Kingはきゅっと唇を噛んだ。

「・・・・・・じゃない」

「え?」

「嫌じゃないよ!」

 嫌な訳ない・・・。Ramになら束縛されるのも、毎日キスするのも、その先も・・・・。

「俺も一緒にいたい」

 それを聞いて嬉しそうに笑うRamの顔をKingは強く引き寄せた。

 

 

 

 動画制作も終盤を迎え、あわただしかった社内もようやく落ち着きを取り戻したころ、それは届いた。

「King、下から内線入ってるよ。あんた宛に何か届いたみたい」

「?何だろう。何か発注したっけ?」

 下へ降りたKing達は、届いたものを見てポカンと口を開けた。

 そこにあったのは大中小様々な大きさと種類の観葉植物に色とりどりの花達だった。

「な、何これ・・・・。一体いくつあるんだ。誰がこんな事を・・・」

 ざっと数えただけでも百は軽く超えている。

「やあ、King、喜んでくれたかい?」

 声の方に振り向くと高級なブランドのスーツに身を包み、白いバラの花束を抱えた秀麗な男Aroonが颯爽とベンツから降りてくるところだった。

「Aroon社長!?これ全部あなたが!?」

「そうだよ、君植物好きって以前言ってただろう?君の住所が分からなくてここに送らせてもらったよ。はい、これもどうぞ」

 真っ赤なバラの花束をずいっと差し出されて、反射的に受けと取ってしまった。

「よく覚えて、って、いやっ、ちょっと待ってください!受け取れませんよ!」

「え~、そんなこと言わずに、受け取ってよ。いい仕事してくれてたお礼だから」

「まだ仕事は終わってませんよ!こ、困ります!」

「ちょっと、King、あんたこのプレゼントの意味分かってる?」

 袖をつんつんと引かれて振り返ると、いつになく真面目な顔でKanyaが立っていた。

「ええ、ほんとお金持ちのやることって訳分からないですよね!こんなに大量に!物には限度ってものが!」

 ああ~、やっぱり気が付いていないか。色恋沙汰には極度に鈍いとは思っていたけれどこれほどとは・・・・。Aroon社長に同情するわ。それにしてもプレゼントで気を引こうなんて社長も子供かよ。

「持って帰ってください!他の人に迷惑が掛かりますから!」

「そうか・・・・じゃあしょうがないね。この子達は処分するしかない・・・・。買ったお店にも返品なんて迷惑掛かるし・・・・可哀そうだけど・・・・」

 と、悲しそうに首を振るAroonにKingは驚いた。

「えっ!?」

 この子達を処分!?嘘でしょ!?この子なんかずっと前から欲しかった希少な子なのに・・・・・・。って、いや!違うだろ!

「King、もらっちゃえば?植物に罪はないよ?」

「いやしかし・・・そうだ、会社に置いてもらう訳には・・・・・」

「駄目に決まってるじゃん。置くところ無いよ。だったらもう処分するしかなくない?かわいそうだよね~?」

「だよね~?」

 二人にいじめっ子でも見るような視線を向けられてKingは困惑する。

 えっ!?俺が悪いの!?

「で、でも・・・・!」

「じゃあ、残念だけどこの子達はしょ・・・」

「~~~~~~っ!わ、分かりました!俺が全部引き取りますから!その代わり今後一切こういう事はやめて下さいね!」

 赤い花束を抱えてため息をつくKingを見つめて、嬉しそうに微笑んでいるAroonにKanyaがこっそり囁く。

「社長?Kingって多分恋人いますよ?」

「知ってるよ。それが何?僕がアプローチして落ちなかった人なんていなかったんだから。絶対僕のものにして見せるさ」

 絶対の自信を持つ美しきセレブと恋愛音痴の超鈍感王子。加えて嫉妬深そうなKingの恋人。だって先日見てしまったのだ。彼のうなじに残るキスマークを。Kingの見えないところに、だけど他人にはぎりぎり分かるようにキスマークを付けてくる恋人なんて、どんだけ独占欲の塊なのよ。これで修羅場は間違いない。あ~~、面白くなりそう~。

 ゴシップ好きのおばさんと化したKanyaはこっそりほくそ笑んだ。

 

 

 

「・・・・P'King・・・・・これは一体どうしたんですか?」

 週末Kingを訪れたRamは数日のうちに植物園と化した部屋に呆然とした。

「ああ、社長がね、仕事のお礼にプレゼントしてくれたんだけどさ。お金持ちの感覚って庶民には理解できないよ。返そうと思ったら受け取らないなら処分するって言うんだよ」

「・・・・・・・・・」

 テーブルの上に飾られたバラの花束を眺めながらRamは深いため息を落とす。植物を処分するなんて言われたら、この人なら全部引き取ると言うに決まっているが・・・。

「・・・・・随分嬉しそうですね」

「だってさ、ここに引っ越してから植物を育てる余裕が無くてほとんど飾れなかったんだけど、やっぱりいいよね。この子なんてずっと欲しかったんだ。かわいいなあ・・・・」

 前のアパートでもそうだったがKingには植物が良く似合うとRamは思う。恋人が嬉しそうなのはいい事だが・・・・。だがしかし・・・・。

「P'Kingはこのプレゼントの意味を理解していますか?」

「うん?誰かもそんなこと言ってたけど・・・・。意味って?お礼以外何かあるの?」

 ああ、この人はこういう人だった・・・・。良くも悪くも疑う事を知らない・・・・。

「P'King、お願いがあるのですが」

 何?と植物の葉を撫でながらKingは幸せそうな顔を向けた。

「・・・・誰かにあなたとの関係を聞かれた時・・・・・恋人です・・・と答えていいですか?もちろんあなたが嫌でなければ・・・ですが」

 はっとしてRamを見ると、不安気にこちらを見ている目と合った。

 ああ、そうか・・・・。Ramも俺の社会的な立場を考慮してくれていたのか・・・・。それに今の関係を不安に思っていたのは自分だけではなかったのだ。俺と同じ気持ちでいてくれたのなら、もう何も迷うことは無い。

「もちろんだよ。ありがとう・・・・。嬉しいよ」

「・・・・お願いをもう一つ。・・・・キスしていいですか?」

「えっ!あ、ああ、いいけど・・・・・・」

 赤くなって下を向いてしまったKingの滑らかな頬に手を添える。

 もう何度もキスもそれ以上のことだってしているのに、こうして恥じらいを見せる恋人はいつまでたっても初々しくてRamを堪らなくさせる。Kingを引き寄せてもう少しで唇が触れようとした時、無情にもドアフォンが鳴った。

 いい所を邪魔されたRamは機嫌の悪さを隠しながら、何かを手に戻って来たKingに聞いた。

「何でしたか?」

「Aroon社長から食事の招待状が届いた」

「!?」

「君が頭突きを食らわしていた彼も一緒にどうぞ、だって。どうする?」

「宣戦布告ですか・・・・・・・いいですよ、受けて立ちましょう」

「ふっ、何それ!決闘じゃないんだから」

 変なの、と笑っているKingにRamは少しだけ安堵する。多分この人にとってAroonは仕事上のクライアントであり、酔っ払った自分を解放してくれた親切な人なのだ。だがそうとは分かっていても、あの自信家の男前を思い出すと気が気で無い。

「じゃあ、俺もお願いを一つ」

「はい、何でしょう?」

「・・・・・さっきの・・・続き・・・・して?」

 恥ずかしそうに、けれど大胆に誘って来る恋人に眩暈がする。普段は性を感じさせない陽気で聡明な人なのに、上目遣いに見つめて来る色香を孕んだ黒曜石の瞳から目が離せない。このギャップはもう犯罪である、とRamは思った。

 こんな表情を見ることが出来るのは自分だけなのだ、と心の中でAroonに勝利宣言しながら、RamはKingの細い腰を引き寄せる。

 薄紫色の招待状がKingの手から離れて、重なる二人の影にはらりと落ちた。

 

 

 

 

 またKingのモテ話になってしまった・・・・(笑) 社長勝ち目のないレースに参戦させてごめん。まあこういうのが好きなんだからしょうがないね~(^^;) ワンパターン過ぎて笑う。

 いろいろトラブル続きで一日に一行しか進まない日々とかが続いて全然進まんかった・・・・。次書けるのはいつだろう・・・。でもRamKingは今でも他のどんなBLのカップルよりも好き。これは死ぬまで変わらないと思う。

 ちなみに名前はネットで見て適当に付けております。Aroonはアルン。Kanyaはカニヤって読むらしいです。