気づけばお久しぶりの更新です。
ブログを毎日更新されている方はすごいですね。
どうやってモチベーションを保ち続けているのでしょうか。私はマイペースにやっていきますね。
さてさて。
昔は人見知りだった私、
克服するには、やっぱり見知らぬ人の中に飛び込んでいく経験を積むだけだったんですね。
獅子が我が子を千尋の谷に落とすがごとく、自分で自分をえーいっつって飛び込ませる、人生ってこの繰り返しですよね。
どれだけ勇気を出したか、それによって少しずつ拡張されるもんですね。
話それた。
今となっては、初めましての人の輪の中にほぼ躊躇なく入ることができるようになりました。
千尋の谷に落とすに至るまで、人見知りというこころ模様の根本にあるものはなんぞや、そこを考える必要もありました。
人見知りって、自分という人間を受け入れてもらえないかもしれないという不安や恐怖や恥、そういうものがありますね。
A.不安は相手に対する信頼感のなさ
B.恐怖は過去の経験からのトラウマ
C.恥は他者からの視線、視点に対する妄想
大げさに書き出したけど、これらのどれか、または全てが作用して人見知りがおきていると思われます。
人見知りの有無は、人にどれだけ受け入れられてきたかによるところが大きいと思うけど、いい歳した大人はそんなもんはさっさと克服した方がええんですよね。
A.相手に対する信頼感、そんなものは最初から築けるわけがないので、相手が自分にどういう印象を持とうがそれは相手の自由。
よく思われたいという押し付けは傲慢である。
B.受け入れてもらえなかった過去のトラウマは、過去に出会った人と、今出会う人は別の人であるという認識を持つ。
C.人は自分が思うほど人のことを観察してないし(する人もいるけど)、もしかしたらその人自身もどう見られているかに意識が向いているかもしれないと想像する
ここまで書いたものの、結局のところはAが一番で「どう思われたって知ったことか」という開き直りが大事なような気がします。
よく思われなくても当然、よく思われたらラッキーくらいの気持ちで、自分を偽らず正直に相対する。
それで受け入れてもらえない場合は、その人とは合わなかっただけ。
これはでも、最大の難所「人前で話す」にも当てはまってくるけど、私そこはいまだに克服できていません!!!
人前で話すと声が震えちゃうよね。
これもいつかは克服したいです。
さてさて。
人見知りの心理に対して、めっちゃ言葉を連ねたけど、まさかのこれが前置きだと誰が思ったことでしょう。
人見知りを克服した私が、同窓会に出席することに対してすごく葛藤したお話。
これをこのまま続けて書いても、読む気がしないと思うので、また機会があれば書きますね。
ぜーんぜん関係ないけど
関西人って「てにをは」の助詞を抜きがちではないですか?私だけ?
毎回ざーっと文章を書いた後に「てにをは」を差し込んでいくパターン。
あと読点も忘れがちなせっかちさんなので、後からちょんちょん足しています。
どうーでもいーー