今年の最高気温を叩き出した灼熱の日に、実家のエアコンが壊れました。

急いで電気屋さんに行ったら、エアコン設置が5日後とのこと。


友人から、別の電気屋さんでは3週間後と言われたという話を聞いていたのでホッとしたものの、エアコンがつくまでの5日間、さぁどうする。


そんな灼熱地獄の中、高齢の母親を置いておくわけにはいかない。

だがしかし、私は仕事があるし土曜日の天神祭は約束があるしで、前半の2日は姉にお任せし、後半はうちに滞在してもらうことになりました。


先週思い立って模様替えをしたら部屋が広々となったのですが、母親を招き入れるのにちょうど良かったです。

うまいことなっとります。


母親と私はどうも気が合わない。

私はいい歳して、いまだに母に対して反抗してしまいます。


境界を簡単に超え、自分の心配を押し付けてくるタイプの昭和世代の一般的な母親です。

自分の自由に、したいように生きたい私にはとても窮屈です。

それも「心配」という優しさの仮面をかぶってくるので、それをはねつける自分に罪悪感をももたらします。


私は人と一緒に暮らしていた時があります。

その彼との間にはなかなか大変な葛藤がありましたが、思い返せばまた自分も母親と同じように、境界を踏み越えていた自覚があります。


その時はそれしかできなかったんですよね。

なぜなら、そういう形の愛情しか受け取ってこなかったからです。

自分の恐怖心を、相手のため相手のせいにして、自分の思う通りにしてほしいと懇願していました。


自分の中にもそれがあり、人に対しても同じことをしてしまっていたと気づいてからは、より一層母親から受ける「押し付け」の感情に敏感になってしまいました。


そんなことがあり、いい歳をしても反発をしてしまいます。

でももうそんなところは抜ける時期なんです。


母親はそうしかできない人で、でも深い愛情があるのも事実だと受け入れた上で、本当の意味で踏み込まれることはないし、踏み込まれたってどうってことない。


まー、気が合わないなら気が合わないでいいんですよね。親子だからって仲良しこよしでいなきゃいけないこともない。

反発したって何したって、母親も別にどうってことないんです。


ただ、困ってたら手を貸します。

それくらいの距離感で、二日間なんとか乗り切ろうと思います。