青空が、広がる―――
暑かった夏の日々を忘れさせるような、深い深い秋の空。風もほんのり冷たくて、短く巻き上げたスカートを、後悔させるように風が足元を通っていく。
そんな風に揺れる薄い茶色の髪。
まっすぐ伸びたそれが、実は柔らかいことを私は知っている。本当はちょっぴり猫っけなのを気にしているのを、私は知っている。
全部、知っている。
「ねえ、碓氷…」
屋上の壁に寄りかかる彼の反応はない。ちょっと俯き加減で、自分の足元を見るように、でもその目はどこか遠くを眺めてる。
秋の空も、その先の冬の景色も通り越して、何処と言うでもない遠くを。
何を見てるの。何を考えてるの。…誰のことを、思い出してるの。
「風が、冷たいね。ねえ、碓氷。」
彼と出会って1年。彼を想って1年…誰よりも彼に近いと信じていた。彼も想ってくれていると信じていた。信じていたかった。
誰にもなびかない。誰も好きにならない、誰にも興味をもたない。けれど、決して告白の波が途絶えることはない。
好きになったきっかけは、何だっただろう。
見た目?成績?運動神経?どれも、後で付けられた理由だ。彼を好きになってから知った事。彼を更に好きになる原因でしかない。
そう、原因だ。これは病気、彼は病原体。
きっときっと、いつまで経っても治ることのない、けれど死ぬことも許されない、この病気とずっと付き合っていくしかない、不治の病。
胸が、きゅっと締め付けられて苦しい…。
ただ彼と、同じ空間にいるというだけで。
「ゆいは、死にそうだね。死んじゃいそう」
「…なにそれ」
彼の香りがした。風の向きが変わって、私のところまで運んできた。
ほのかなシャンプーのにおい…彼の髪が揺れている。
「じゃあ死にそうな私を助けてよ、碓氷」
本心、だけどウソ。助けてほしいけど、私を助けてしますような彼は、きっと私のすきな彼じゃない。死にそうな私の首を、じわじわと締め付けてしまうような彼が、きっと私の好きな彼。
おかしいんだろうな。ゆがんでいるんだろうな。でも本当の事で、彼も私がそうである事を知っている。そんな話をした事があるわけじゃないけれど、彼が知っているってことも知っている。
何もかも終わってしまえばいいのに。終わってしまえば、そこで止まったままと同じこと。私のこの気持ちもこれ以上膨れ上がることなく、締め付けられることなく、でも彼を好きな気持ちで満たされた心のまま。
彼も、誰のものでもないまま。彼の本当の気持ちも知られぬまま、知らないまま。
今の心地いいこの場所を、失くしたくない。
どこにもいかないで。私のところに来なくてもいいから、どこにもいかないで。
あの青空に浮かぶ雲のように自由な人…好きなように進んで、好きなように立ち止って、好きな時に光を当てて、好きな時に影を落とす。
どこまでも昇って、昇って昇って、一体どこに向かうというの?その先には何があるの?辿り着いた先が地獄であればいいのに、なんて思ってしまう。地獄にたどり着いた時、その悲しみに打ちひしがれた時、私のことを思い出せばいいのに。私のもとに戻りたいと、涙を流せばいいのに。
「…ゆいも、一緒に行く?」
驚いた。
驚いて彼を見たら、校舎内へ続く扉の前にいた。
ああ、そういうことか…
驚いた顔を隠すように、少し赤くなった頬を隠すように、小さく俯く。彼はそれを否定だととらえたようで、一呼吸おいて扉の中へ消えた。
扉が閉まる、キィーという音が無性にさみしかった。
「いかないでよ…おいてかないで」
そう言えたらどんなに楽だろう。どんなに彼を困らせれたのだろう。
私に翼があったなら、雲のような彼にも追いつけるのに。なんなら追い越してやりたい。追い越して、彼が驚いたり悔しがる顔を見てやりたい。
「歪んでるね、私」
それでも愛しいの、あなたが愛おしい。
せめてもう少しだけ…もうすこしだけあなたのそばにいさせて。
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「会長はメイド様」より、碓氷拓海くんです。はじめまして。
アニメしか見たことがないので、碓氷の偽物感が拭えないのですが、大好きなので登場して頂きました。
私の中での彼は、すごい大人なんだなって思います。全部見透かしちゃってて、でも見透かしてることを感じさせないで、なんかもうすごい力を持ってる人何だと思います。
彼の名前に「海」って字が入ってるけど、まさにその通りだなって。全部包みこんじゃう、海のような人。広くて深くて、穏やかに、時に荒れる。情熱的で冷静な人。
こんな人が同じ学校にいたら、惚れちゃうよね(笑)