欅坂の道化師 その17 無関心

「本人で間違いないか?」

「この声は梨加ちゃんで間違いありません。このふわっと感は彼女しか出せません」

「だよな。風船一個でも飛んでいきそうな雰囲気だったよ」

ボールペンをポケットへと差しながら、鳴滝は尾関の隣りへと腰を降ろした。

「でも、渡辺梨加ちゃんはライブになると人が変わるんですよ」

「誰かれ構わず殴り倒すとか?」

「それじゃ、ただの危ない人じゃないですか……そうじゃなくて、シャウトするんですよ。『ワッショーイ!』って」

そう言って尾関は右手を振り上げた。

「それはそれで危ない香りがするけどな」

「でも可愛いんですよ。なんだか」

「美人は何やっても許されるのか。尾関……頑張れ」

「どう言う意味ですか?」

二日酔いで頭の回転が鈍ったその尾関に構わず、鳴滝はすっかり冷めたコーヒーを飲み干した後、ちらりと入り口のドアを見た。

「菜々香ちゃんは来るかしら? 」

鳴滝のその仕草から察した織田奈那が問いかけた。

「いや、彼女は来ないよ」

空になったカップをソーサーへと戻し、鳴滝は腕を組んで尾関へと向き直った。

「なぁ、尾関。菅井のお嬢様や渡辺梨加とライブハウスで知り合ったそうだが、長沢菜々香と渡辺梨加は接点があるのか? 」

「一緒にいるところは見てませんね。知り合った時も菜々香ちゃんは一人で来てたし」

「俺はあの二人は知り合いだと思うんだ。それも昔からの」

「その根拠は? 」

痛む頭のこめかみを両手で抑えつつ、尾関も鳴滝へと体を向けた。
その尾関へと何かを言おうとした鳴滝だったが、一度目を閉じ、僅かな沈黙を挟んだ後に、深いため息と共に言葉を吐き出した。

「俺の……勘だ」

「説明するのが面倒くさいからって、格好つけて勘だとか言って誤魔化すのやめてもらえます?」

そう言い捨てた尾関の仏頂面に対し、鳴滝の顔には苦笑いが浮かんでいた。

「お前……守屋 茜に似て来たな……」

自らの口から漏れ出たその名前に、鳴滝の顔は苦笑いを通り越して苦悶へと変わる。

「さっき、鳴さんに似て来たって言われたばかりなんですけど」

そのこめかみから手を離すことなく、尾関は織田奈那の顔を覗き込んだ。

「どっちにしても同じよ」

尾関の視線に、織田奈那はそう即答する。

「ですよね。鳴さんと茜さんは似た者同士なんだから」

流石は「欅の葉っぱ」の店員と言うべきか。織田奈那の言葉の意図を直ぐに察した米谷が、補足するように言葉を繋げていた。

「似た者同士としても、どちらかと言えば茜さんに似てる方が良いです」

「えらい言われようだな」

再びカウンターテーブルに突っ伏した尾関の横で、拒否された鳴滝のボヤキが響いた。

「まぁ、そう腐るな、鳴。好かれようが嫌われようが、無関心よりかはよっぽどマシってもんさ」

肩を落とす鳴滝を見て、居ても立っても居られなくなったのか、黙って事の成り行きを見守っていた原田の爺さんがついに口を開いた。

「無関心……か。だよな」

そう言った鳴滝は、寂し気に宙を見た。
その瞳は、単に物想いにふけると言うものではない。どこか遠い過去を見ているような。そして、尾関は何度もその瞳を見て来た。

どれ程、同じ時間を過ごしても、知る事が出来るのは現在の彼自身。

時間が一方通行である以上、彼の過去には触れることは出来ないのだ。彼自身の口から語られるまでは。





たぬ……ねこ尾関梨香