昨日、4回目の卒論指導(本指導の前に予備指導1回あり)終わりましたた。小雨の中三田に到着し、図書館へ。

 

 

昼食は火曜日なんで、ハヤシカツ。ハヤシは5年ぶりに食べました。

 

 

 

そしてカフェ八角塔へ、新スイーツは抹茶のバンナコッタ。こぼしてシャツを汚してしまい、奥からあったかい布を持ってきていただきました。

 

卒論指導は3時から80分間ビッシリありました。

先生からの質問攻めにあいました。

で、卒論提出許可はおりず、卒業は半年伸びました。あ〜。

私の考えが甘かった。秋の卒論指導で卒論提出許可がいただけるようにぼちぼちいきます。

指導後外に出ると雨は微小雨になっていました。

 

 

日系、和風売りホテルへ。

 

 

 

高いコーヒーを飲み、ココロを整えました。

 

ストレス度、いつも青なんですが、今日は黄色でストレスアップ⤴️

 

早く卒論から解放されたーい。

 

追伸

慶友会の女性先輩お二人より先に卒業はできません。

夕方から野松下奈緒さんの20th Anniversary コンサート🎵に行って来ました。




2015年5月9日サンケイホールブリーゼ

2016年1月31日ビルボート大阪

2024年2月25日ビルボード大阪、以来のコンサート参加でした。






関係者からお花が







3階は開放してなかった感じです。



楽しいひと時を過ごしました。





5月にある指導教員による卒論指導(予備1回目と本指導指導は今回で4回目)のために、まな板の鯉を作成中です。

 

6月末が卒論提出の締切日ですので、卒論指導までには6割程度の出来で持っていきたいと考えています。

 

思っていたより全然進度が遅いという現実です。

最低4万字指定も、私にとってハードルが高い状態です。

2万字でいいよ、とかのサイトを見ると羨ましい。

 

 

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卒論の日々は続く、、、

 

甲子園では、金曜日からゴールデンウィークこどもまつりで、スコアボードはひらがな/カタカナ表記。







あと、飲み物の中継をしたら関西のおばちゃん(正確にはマダム)からアメちゃん(バインアメ)2個もらいました。



今から40年前の今頃、母に公衆電話で「留年が決まった、4年間で卒業できない」ことを連絡した。


4月の最初の登校日に教員から成績書を配られ、単位を数えると、4年次卒業研究着手条件に選択必修から2単位不足していた。何回も何回も数えたが、変わらなかった。


今は試験時間が60分もあるようですが、当時は授業時間と同じ90分でほとんどが計算問題であり、最初で計算ミスをすると最終的な答は合わない。毎回胃が痛んだ。  





持込の試験などなかった。あとみんな電卓であったが、試験用紙には計算尺の使用は認められていた。
数式を用いて論述、論理展開していく、歴史を捏造する手法など使えない。定理、数学に立脚した解答をしなければならないのであり、捏造とか使えない。

当時属していた航空系学科で4年で卒業したのは4、5割程。残りは5年以上要した。
東大天下り先生の問題が難しいのか、学生がバカなのか?

母に電話が繋がり、無言のままで言いたくても、言葉を発するこどかできない。約3分後「留年した」ことを絞り出すように話した。母の「しょうがない」が救いであった。