2007.9.23 アベルUN創設大会
2007.5.4 天宙神文明開闢 大阪大会当日(お母様と三男様 )
BGM
蕩減復帰の峠を越えましょう(節理的総決算)
図6
ザカリヤーマリヤ(妾)ーイエス様
ザカリヤーエリザベツ(正妻)ー洗礼ヨハネ
マリヤとエリザベツ、イエス様と洗礼ヨハネが、父ザカリヤを中心にして一つになっていれば、全体が統一されるのです。神様を中心に全体が一つになるのです。そうなれば、イエス様の十字架の死は避けられるのです。
そういうふうにして、イエス様が死んだために、大変なことになったのです。イエス様は、なぜ死んだのかというと、レアとラケルが一つにならなかったことを、イエス様の家庭において、エリザベツとマリヤが一つになるようにして蕩減復帰しなければならなかったからです。これができなかったのです。分かりましたか? (はい)。そうなるというと、イエス様のお父さんは誰ですか? これは奥さんのエリサベツ、これはマリヤです。(先生が黒板に図―6を書かれる)マリヤは妾の立場です。エリサベツとマリヤは、ちょうどレアとラケルと同じです。姉妹関係、母同士がいとこ関係です。分かりますか? 姉妹です。姉さん(エリザベツ)であり、妹(マリヤ)です。これは姉さんであり、妹を蕩減復帰しないといけないのです。
母の系列が間違ったから、母のほうでもって組むのです。分かりますか? それが蕩減復帰です。こういうふうにして誰が正妻かというと、これが正妻です。これが妾です。しかし、レアとラケルは反対です。まるっきり反対です。それでエリサベツは、マリヤを自分の旦那さんの所に紹介してあげるのです。こういうことは有り得ないことです。蕩減復帰をするには、マリヤは妾の立場で心情的な絡み合いをしなければならないのです。分かりますか?
こういうふうにして、イエス様をはらみます。これはヨハネです。エリサベツは、マリヤが身ごもった子供が、女であればいいと思ったのです。しかし、女では何もできません。女はお嫁に行ったら、それで問題ないと思うのです。しかし、男の子供を生んだのです。それが問題です。
そうなると洗礼ヨハネとイエス様は、異母兄弟です。それを洗礼ヨハネは知っているのです。こういうような非公式な血統関係の者がメシヤになるとは、夢にも思いませんでした。ヨルダン川で、神様の直接の命令で天の門が開かれて、聖霊が鳩のように降臨して、神様の直接の命令によって、洗礼ヨハネに告げられてメシヤとして証し、天の命令どおりにしたのだけど、考えてみれば、(神様が)こういうような非公式な血統でもってメシヤを送るとは思えないのです。だから疑ったのです。イスラエル民族は、イエス様が「洗礼ヨハネがエリヤだ」と言うのだから、それは問題です。しかし、洗礼ヨハネは「自分はエリヤではない」と否定したので、大変なことになるのです。
なぜ洗礼ヨハネがヘロデの奥さんと、妾の問題を中心にうんぬんして、それで首を飛ばすのですか? マタイ伝の十一章を見れば、イエス様は泣きながら言ったのです。「君たちは何のために野原に出ていったのか、それは洗礼ヨハネを見るためにか、それはきれいな着物を着た者を見るためにか? 結局は、メシヤを見るために行ったのではないのか」と言ったのです。「女のうちで一番、女が生んだ者で、洗礼ヨハネより大きい者はいなかった。しかし天国では一番小さい者になってしまった」と、反対のことを言っているのです。地上で大きい者だったら、天国でも大きくなるべきなのに、なぜ小さいのですか? 地上で、イエス様を王様と認めた場合には、天上では一番大きい者になっていたのに、それを地上で否定してしまったのだから、天国には住めなくなってしまうのです。
聖書を見れば、それを否定できないのです。なぜ洗礼ヨハネが、主弟子にならないのか? そう見た時に、天(国)は戦う者が勝ち取るという結論です。洗礼ヨハネは戦えなかったというのです。それはペテロに取られてしまったのです。無関心で、放棄した者はみな天の栄光が取られてしまうことを、はっきりと記載しているのです。マタイ伝の十一章を読んでみなさい。そういうことを今まで知らなかったのです。
だから、洗礼ヨハネの失敗のために、洗礼ヨハネの弟子がみな十二弟子になるべきなのに、主弟子が洗礼ヨハネであるべきなのに、主弟子はペテロです。それは誰が反対したからですか? 十二弟子、一二〇門徒などはいらないのです。昇天しないうちに、十二人、一二〇人の家庭基準を残していかなければ、未来の国家的一二〇国家を求めて来られないのです。みなそんなことを知らないで、洗礼ヨハネが切ってしまったのだから、証しするために、主の前の道を正すために送られた神のみ旨とはまるっきり反対に、一人の女のことにかかわって首を切られてしまうのです。イエス様を受け入れなかった罰です。
そういうふうにして、なぜイエス様が三十三歳まで結婚できなかったかというと、(イエス様は)マリヤに何回も言ったというのです。マリヤに何回も、三回も懇切に、「神の摂理からして、こういかなければならない」ということを話したのです。お母さん(マリヤ)が中心になってエリサベツと共に、夫婦、姉妹が一つになって収拾しないと大変なことになるのです。それができなかったのです。
(イエス様と顯進様が重なって見えます。)


