主の遺言 御言が示すアベル(教団・国連・平和大使・一信徒)が抱くべきものは成熟した父母の心情
アベルに備わっていなければならないものは
力か?愛か?
御言の中に、象徴的に記された連続した文節がありますので紹介します。
=== 2000.2.10 世界と南北の統一は真の愛で ===
57節 それでは、南北統一は、どこから、何をもってするのでしょうか。(アベル側である韓国が北に対して強い武力を持っているんだと誇示したりして)屈服させようとするならば、(北の感情が刺激されて核武装するなど武力を高めて)相手側の力がもっと大きくなるとき、また闘いが起こるようになり、犠牲が伴う終わりなき闘争の連続ということになります。
その方式では、統一を成し遂げることができません。たとえ、以南の地で暮らしていても、北朝鮮で暮らす彼らと、真心から共に暮らしたいという心、一つにならなければならないという心があってこそ、統一の道が開かれます。(2000.2.10 世界と南北の統一は真の愛で 真の家庭と世界平和 P336)
58節 北朝鮮を思いながら、胸が詰まり、哀れに暮らす私たちの同胞のために涙を流し、あなた方の困難と共に私は生きている、解放の一日を準備して、あなた方の前に現れることであろうと誓いつつ、統一のための真の愛の実践運動がここに起こるならば、統一の日は遠くありません。(200.2.10 世界と南北の統一は真の愛で 真の家庭と世界平和 P336)
アベルが抱いておくべき成熟した父母の心情(愛)に関する御言
●アベル(教団、国連、平和大使、宗族的メシア、一信徒)が抱くべき「神様の心が自分の心であり、自分の心が神様の心である」 に関する御言
☆義でなければ、善悪を分別できません。その善の中心点とは何でしょうか? 神様です。いつも神様が中心にならなければなりません。なぜでしょうか? サタンは神様のような義なる者に対しては、讒訴できないというのです。神様が信じ、神様が行い、神様が生活する、神様に侍る環境に処していれば、サタンが干渉できません。(礼節と儀式1-2-1神様に侍ることによって生活の天国化を成す)
☆天国とは「為」に生きる人の行く所です。自分を世界に投入しつつ、世界と連絡し、世界を抱いて、世界以上の位置を、神様に侍る為の愛を求めてさまよう人が、天国の主人となるのです。自分から自分の母親を誇り、自分の妻や夫を誇り、息子、娘を誇り、兄弟を誇り、皆さんのお兄さんを誇るには、そのような伝統を中心としてこれを国へと拡大して適用し、その公式を世界に適用し、天宙に適用しなければならないのです。それ故、神様が私のものとなるのです。神様の愛が私のものになるというのです。神様の行く所はどこでも同位、同参する事のできる権限があるという事を知らなければなりません。(真の神様の祖国光復 5-2 真の御父母様の伝統相続の姿勢)
☆本来、心と体は切り離そうにも切り離すことのできないものでした。人間の心は神様の心であり、人間の体はその心を入れる器でした。ところが、人間の堕落は人間の体を悪魔にやったのです。その時から人間の体は悪魔の僕になりました。人間の良心は神様を代表する心です。良心は私のために存在しません。天の義のために存在します。良心は常に善に向かって走ろうとします。これに体は反抗をします。体は自分だけ安らかであろうとするし、利己的であり、本能的欲求に従って肉欲を行おうとします。良心はこの体を叱責し、心に順応するようにします。
☆言葉で結ばれる親子の関係とは、予約だけで結ばれる親子関係は必要ありません。心を尽くし、精誠を尽くして父の御旨のために生き、苦痛の中でも耐えて勝利するとき、私たちは、本当の意味で神様と親子の関係を回復できます。(礼節と儀式1-1-1神様と人間は親子の関係)
☆絶対者であられる神様が立てた天使長が悪魔になったとしても、神様は、天使長を本来の堕落していない立場で考えてやることのできる基準をいつももって歩まなければならないのです。ですから、神様とアダムとエバ(本然の位置のアベル圏)は、天使長(カイン圏)を愛さなければなりません。神様の前に造られたアダムとエバは、神様の体です。ですから神様のみならず、アダムとエバも神様と心情一致してサタンを愛さなければなりません。(真の神様 4-4-1)
☆私たちの良心は常に心の中の師として、父母として、人類の究極的な父母である神様と完全に一つとなるように導いてくれなければなりません。この時、良心は私たちの中にある神様の代身者となるのです。さらには良心を「第二の神様」とも呼ぶことができるのです。(1990.4.9 モスクワ)
☆無形の神様は私たちの真の愛の理想の主体であり、私たちはその絶対的対象の立場にいるので、第二類型の神様の立場にいることを確信し、無形の神様と真の愛によって心身一体を成し、私たちの心を絶対に神様のように侍るところでのみ、堕落した体からサタン世界を追放することができるのです。
良心の命令に絶対服従するところでのみ、「本然の自己」を取り戻すことができるのです。(1994.3.27)
☆ただ愛のみがすべての障壁を超越します。私たちが真の愛の中で神様と一つになる時、神様の肉的、霊的被造物に対する私たちの支配が可能になります。徹底して他のために生きる時、私たちは初めて神様の本質に到達することができます。そうすれば、神様の思いが人間の思いとなり、神様が感じられることが自然に人間に伝達されるのです。このように生きていく時、人間は神様の心情と愛に共鳴する器となるのです。二つの音叉が共鳴するがごとくに、人間と神様も常に共に共鳴するようになるのです。それが正に究極的な人間の原状なのです。この原状に到達する時、神様の愛は私たちの愛となり、神様の生命が私たちの生命となり、神様の血統がまさしく私たちの血統となるのです。神様の創造された世界が私たちの世界となるのです。私たちは地上と天上のすべての存在と神様の愛を分かち合うようになります。私たちは父母の心情で天国の民
となるのです。(1990.4.9、モスクワ)
☆良心を解放させ、神様の真の愛と一つとなって暮らしてから入る所、神様の愛の血族のために準備して、愛を中心として暮らしてから入る所が天国だというのです。この愛を占領できなければ、永遠に天国に入れず、その日のために数千万年を待たなければならないというのです。(1995.5.17)
神様と同じ心情姿勢を貫くことによって、初めて正真正銘・名実共に神様の子供であることをサタン(カイン圏)が認定してくれるという天理。(→自然屈服・地獄解放)
(参考)「御言の中にある天国建設の鍵」 ~地獄を愛によって解放~ http://ameblo.jp/nyanko737/entry-11173508747.html
●神様と天宙の将来を一番心配されている文総裁の願い
☆民族以上に神様のために努力すべきです。神様が文総裁が好きだとしても、文総裁以上のことをすれば神様は間違いなく文総裁以上に皆さんを好きになることでしょう。それは間違いない公式ではないですか。そこには異議がありません。私は、私以上に神様を慰め、神様のみ旨のためにより奉仕し、功労を立てることのできる人を求めるのです。もし、自分より劣る人を望むとすればそれは独裁者です。(真の神様 4-6神様の解怨と孝子の道 2神様の解放のための生涯)
☆原理的な立場ではアベルが中心です。この中心の中には神様が入っていらっしゃらなければいけません。ところで皆さんはアベルになりましたか。神様に従順に従って一体にならなければいけません。(34-45 天聖経P1141 礼節と儀式 3章9-3)
アベル教団に属している全ての者は、神様と心情一体となったアベルを目指さなくてはならないという御言です。大きなカイン世界を包容するために必要
☆「神様と一体である」その時になることを知って訪ねていくのです。地上の世界を手中に入れていくのです。ただ天と地を占領すればサタンが譲ることはありません。どうすることもできない(父母なる神様の愛)原理、原則にぶつかったために、サタンは退くのです。あなた方もこれを見習いなさい。ここにいる皆さんがアベルですか?アベルとは父母なる神様と一つになって、父母の心と 生活に通じていなければならないのです。(「責任分担完成と真の愛」 1987.2.4)
神様の父母なる心情と一体となったアベル圏が中心になって、そこから摂理が拡大され、地獄の人々を天国に連れていき、地獄を解放する途が拓かれます。従って、天国建設の鍵は、基点となる天国人(アベル)とされる人々(会長、教区長・教会長・婦人部長、平和大使、氏族メシア、祝福家庭・アベル教団の一員)が、神様の愛と赦しの心といつも一体となった本物のアベル・天国人の群れであるかどうかに掛かっているという結論になります。
(超難題である長子権復帰の重要性) 参考ブログ ヨシュアの天国を創ろう http://blogs.yahoo.co.jp/hosea184/folder/40270.html
復帰摂理は、神様と心情一体となり、成熟した父母の心情を持つアベル圏が、カイン圏を愛して自然屈服に導く長子権復帰を抜きにしては語れません。御父母様が長子権復帰の勝利宣言をされたのは、ベルリンの壁崩壊直前1989.8.31の八定式においてのことでした。翌日には天父主義を宣布されて父母権復帰勝利宣言、1991年の7.1節で王権復帰の勝利宣言に至ります。これから解かるように、怨讐を愛して、自然屈服に導く「長子権復帰」が、血と汗と涙を抜きには達し得ない、いかにエネルギーを要する大変な難関であったかが示されています。後天時代の今、祝福家庭も御父母様の路程に学んで、謙虚な心をもって怨讐を愛し、尊敬を勝ち得て、自然屈服に導くという「長子権復帰」の意識を強く持ち続かなければならない立場にあります。
●祝福家庭(アベル)が常に心に抱いておくべき、成熟した父母の愛とは
☆父母は子供を愛するのに自分を主張せず、自分がない立場で子供を愛するのです。父母は権限をもって、いつも堂々とした立場で子供を愛するのではありません。父母は自分を犠牲にしても子供が立派に育つことを願います。父母は変わらない愛の主人です。 父母という存在は、子供が千態万態に変わってどのようなことをやっても、子供のためにという心だけは変わりません。ですから変わらない父母の愛は貴いのです。
☆父母の愛をなぜ尊重視するのでしょうか。見返りを願わず犠牲になるからです。そこでは、ある結果を願わないのです。それで満足し、それで幸福だというのです。与えることで幸福だというのです。すべてのものが、もらうことによって幸福なのではありません。与える者が、もらう者より福があります。なぜ福があるのでしょうか。神様の側を身代わりできるからです。(真の愛 3.父母の愛 父母の愛は本質の愛である)
●祝福家庭は、全世界カイン圏の兄弟を神様のように愛することから天国に行く道が拓かれる
☆「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、主なるあなたの神を愛せよ。」その次には、「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」」(マタイ22.37)あなたの隣人とは誰ですか?世界万民が隣人であり、兄弟です。世界万民のために心を尽くし、精神を尽くし、命を懸けなさいというのです。(地上生活と霊界 4章 天国-3-1天国にいくことができる要素 ①苦労が必要)
☆天国に行く道は、兄弟を神様のように愛するところから開かれます。皆さんは先生についていこうとしますが、この心で兄弟に従って共にいこうと努力しなければなりません。天国に一番高く、早く、良く導く者は、神様でもなく、先生でもなく、兄弟だという結論を下すようになります。
☆天国には、人種、宗教などの境界線がありません。人は全て神様の懐から生まれたので、人類は皆兄弟です。神様を中心としてみれば、神様の息子・娘だから、皆兄弟で、地上天国を中心としてみれば、すべてが民です。(66-281 地上生活と霊界 4-1-7)
☆皆さんは、五色人種の息子。娘を抱いて、その孫たちを抱くことができなければなりません。、それで神様の真なる愛を持って、真なる父母として、世界人を愛する家庭の主人という立場に立つべきです。神様の愛を中心とした、本然の父母の因縁の中で、真の愛の家庭基準を代表しうる立場に立つことによって、初めて天国に入ることができるのです。(地上生活と霊界 4章 天国-3-1 ②愛が必要)
●位置が付与されただけではアベルと呼べない。神様と心情一体の成熟した父母の心情があってこそアベルと認定される
☆父母の立場に立ったならば、アダムの立場を蕩減復帰して縦的な基盤をつくり、カイン・アベルを分別するために、アベルの側に立って道を整えてあげるのです。これが原則です。原理観なのです。これが今までできなかったのです。分かりますか?ですから、あなた方が州の責任者であるならば、州における父の立場になるのです。それはアダムの立場です。では、どのようなアダムの立場かといえば、責任分担を果たして、神の愛を連結して、サタン世界を屈服させる使命も持った父の代身の立場であるということをしらなければなりません(「責任分担完成と真の愛」 1987.2.4)
☆アダムの責任者の立場となれば、サタンからいかなる迫害にあっても神様の立場に立って考えなければなりません。神様の体を持った息子としての権威をもち、神様を愛することにおいては不動で絶対的であらなければばなりません。皆さんがその環境を勝利することによってのみ、アベルとして立つ蕩減条件を立てることができ、反対するサタンを屈服させることができるのです。中心となる父母の立場、アダムの立場がないのに子女が出てくることはできません。横的カイン・アベルを蕩減する道がないのです。(「責任分担完成と真の愛」 1987.2.4)
☆サタン世界で僕の僕から段階的に勝利した条件がなければ、父母の立場に上がってくることはできないのです。アダムの立場において、僕の僕→神様レベルへ勝利の縦的八段階蕩減条件を立てたその人は父母の立場であり、神の立場であります。完全に一つになったその息子は、アベルの立場になるのです。(「責任分担完成と真の愛」 1987.2.4)
☆皆さんは、天国に行くという考えをしてはいけません。地上に天国を建設するという考えをすべきです。天国を建設する前に、まず皆さん自身が天国人にならなければなりません。天国人に成るには、「神様の心が自分の心であり、自分の心が神様の心である」と自信を持って言う事が出来る程度に、神様と心情一体をなさなければなりません。それで、地上で神様の心に代わり、神様と先祖たちの心に代わらなければなりません。それでこそ、歴史的な全ての問題を解決する事が出来るのです。(3-295 地上生活と霊界 4-1-7)
●祝福家庭(アベル)は、カイン圏世界に対して、謙遜柔和・真の愛で
真の神様の祖国光復 第1章-5 祖国光復は真の愛によって
☆人類は、すべて家族です。私たちは、家族だというのです。すべて、真の愛によって関係した一つの家族なのです。(One Family Under God)人類は一つの木だということです。皆さんの祝福された家庭には、何世代の何人もの家族が一緒に住むのです。このような家庭の道場は、世界大宇宙の家庭を連結させるための師範教育の場なのです。皆さんの祝福家庭を中心として訓練することが、世界の家庭に接ぎ木するための道なのです。それが復帰原理なのです。より大きな目的を完成するためには、投入しなければならないのです。それが復帰原理です。再創造原理です。
☆主体と対象が、より大きな対象を求めて、相対関係を中心とした主体と対象となって、一つとならなければならないのです。人類大家族化時代なのです。これは、家庭を中心として訓練されたのを、自分の家庭よりもより大きく愛するということです。真の愛で、投入して忘れ、より愛するならば、どこにおいても主人となるのです。家庭よりも氏族を愛し、氏族よりも民族を愛し、民族を愛する以上に国家を愛するということです。このように段階的により投入し、忘れなさいということなのです。この国から、あの国に移るときも同じです。国をもって世界へと上がるときには、より投入すべきなのです。そのように自分の家庭よりも、自分の国よりも愛そうという心をもっていれば、夢でも統一されます。国境がなくなるのです。今や地球星は真の愛を中心として、統一祖国化時代となったので、このような思想さえもっていれば、どこでも通じることができるのです。人類大家族化時代です。これらはすべて、真の愛を中心としてするのです。(289-209, 1998.1.2)
礼節と儀式 4-三 真の愛で「ため」に生きる生活-1
☆神様の愛とは、神様自身を愛し、人類を愛するものです。それだけでなく、来ては去っていった、過去、現在、未来の人類すべてを愛する愛です。ですから地獄に行った霊人たちまでも解放してあげる運動をする神様である、ということを知らなければなりません。人は真理の道を行かなければならず、生命の道を行かなければならず、愛の道を行かなければなりません。このように生きる人は自然と主体になります。真の生命の人になるのです。
◎祝福家庭として天国に行くことを願うならば、怨讐を愛さなければなりません。(参考) 「「御言の中にある天国建設の鍵」 ~地獄を愛によって解放~ http://ameblo.jp/nyanko737/entry-11173508747.html
2.「ため」に生きる者が中心である
☆私がその人を屈服させる方法は、闘って勝とうとするのではなく、その人のために父母の立場でまず考えてあげるのです。そうすることによって私が勝つというのです。三年だけ「ため」に生きれば、間違いなく私の言葉をよく聞くようになるのです。そうなれば、その人の実の父母のように、自分の居間のドアまで開けて、「あなたは勝手に私の家に入ってきてもいい」と言うのです。そのような宇宙の原則的な作用が、この本心を動かしているということを知らなければなりません。(天一国主人の生活 4-四 天国の所有権を得ようとすれば天の民を大勢連れていかなければならない)
☆み言を通じて、天国の民を連れて入っていくことが最大の贈り物です。天国に入っていく時に、何をもっていくのですか。自分の家族だけ連れていくのではありません。ですから、今まで、真の愛を中心として天国に入っていった民がいなかったというのです。天国は空いているのです。ですから、天国の民をたくさん復帰していくことが、神様から賞を頂き、天国の近くに行くことができる贈り物だということを知らなければなりません。(216-135.1991.3.9)
☆どんな人がアベルでどんな人がカインかといえば、侵害を受ける人がアベルで、害を加える人がカインです。例えば父母の前に二人の息子がいて、大きい息子は年が上で小さい息子は年下だとしましょう。この下の息子が、上の息子が何の失敗もせず何の過ちもないのに、下の子が上の息子に手を挙げるなら、その父母は下の息子側に立つのではなく、上の息子側に立つのです。これが今日社会で適用される善悪の判別基準であるのです。害を与える人が必ずカインになるのです。
●祝福家庭(アベル)は一般カイン世界に対して、最初から上の立場ではない。謙遜な意識で精誠を尽くし、カイン圏から認められてこそ、栄光の位置が与えられる
☆あなた方は、これから任地に戻ってから「あなたはカインで、私はアベルである」ということを言ってはいけません。彼らよりも熱心に活動し、彼らから尊敬を受けるようになってから言えることなのです。その時になって、初めて「自分がアベルである」と言えるのです。(「責任分担完成と真の愛」 1987.2.4)
☆アベル平和UNが国連よりも上なのですか? (聴衆「はい」) 私は、そのようには思いません。彼らを教育し、争わず、気分を損なわせず、上にいる自分達が下にいる者を理解して和合し、自動的に返還されてこそ復帰が成されるのです、そうしなければ、(長子権)復帰できないようになっています。(2008年神の日記念礼拝説教より ファミリー2月号)
※既成教会に対しても同じことが言えると思います。
●祝福家庭(アベル)は、天国に行こうとする前に地上天国建設
☆皆さんは、統一教会を通じて天国に行くのを願っているかも知れませんが、我々は、観念的に信仰生活をして、天国に行くという群れではありません。すべての努力と精誠を注いで、天国を建設するという群れです。これを制止する人があるなら許すことができません。(地上生活と霊界 4章 天国-3-1 ②愛が必要)
☆アベルはカインを愛さなければいけません。愛で自然屈服させなければいけません。血と涙で愛する立場に立たなければいけません。誰よりももっと高い愛を与えなければいけないのです。そうでなければ屈服させることができず、復帰ができないのです。私たちは既成教会のために、大韓民国のために、北韓のためにそのようにしなければいけません。それで先生が今北韓のために祈祷しているのです。(34-283 天聖経P1140 礼節と儀式 3章9-2)
(※反対牧師に対する心の持ち方もこの御言に学んでいかなければならないことを・・・)
☆神様は怨讐をたたくのではなく、怨讐を愛したという条件と、怨讐であるサタンを、アダムに代わる立場に立つ人として愛したという条件を立てなければなりません。迫害を受けながら涙と血の汗にすべて打ち勝って、耐えに耐えて自然屈服させて、神様の愛を抱いて戻ってきて初めて祝福を受けることができるのです。そこでサタンは放してくれるのです。「あなたはこれから天国へ行くことのできる子女となれる」という公認を受けなければなりません。一番最初に誰がサインしなければならないかというと、サタン(カイン圏)がしなければならないのです。(天聖経 p1284 罪と蕩減復帰 3-4-1長子権復帰)
●アベル(州の責任者、各会長・・、平和大使、氏族メシア、アベル教団の一員)としての心得
1987年2月に語られた御言「責任分担完成と真の愛」という題目で、文総裁はアメリカの50州責任者それぞれに、父母の立場・州のアベルとして「アベルとしての心得」を説かれました。
(参考) 『アベル』として認定されるための条件(成熟した父母の心情) http://ameblo.jp/nyanko737/entry-11201496262.html
訓読家庭教会を大きく勝利されたhosea184さんのブログは、原理の核心を的確に指摘されており大変参考になるものです。ここで、御言に裏付けられた『アベルの意味』について、アベル教団が本物のアベル教団であるために常に心掛けておくべきことについて、押さえておく必要性を強く感じるに至り、一部を紹介させて戴きたいと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/hosea184/folder/1038518.html
●アベルとして立つための条件が内的蕩減条件です。
位置が与えられると、最初からアベルと思ってしまっています。アベルとして、カインの前に立つためには、条件がいるのです。内的蕩減条件、縦的蕩減条件「アダムの位置の復帰」ともいいます。「神様の愛と一つになった縦的基盤」とも言われています。内的蕩減条件がないと、讒訴条件があるために、アベルはカインを自然屈服できません。長子権復帰をするためには、必ず嘆息圏を勝利して、内的蕩減条件を立てる必要があります。しかし私たちは、往々にしてそのことが理解できないので、ほとんどの人が嘆息圏を嘆息してしまいます。嘆息圏を嘆息しないで神様を求め、カインを愛する闘いができるのは人間しかいません。天使レベルから脱却して人間になっていくための役事とも捉えることができます。嘆息圏が来ると天使レベルの意識では「災いがきた。サタンから守られなくては」とか「環境のせいだ。カインのせいだ。」と嘆息したり、怨讐視して、この世の善悪の価値観で裁いてしまいます。また、神様を求めず、助かりたいために組織内のアベルだけを求める人もいます。対象となるカインのアベルになるためには、必ず「嘆息圏を嘆息しない。怨讐を怨讐視しない。絶望圏を絶望しない」で、絶対的に神様を信じていく闘いが必要です。
●内的蕩減条件がなければカインアベルが成立しない
内的蕩減条件が成立していなければ、サタン分立していない中間位置の状態で、カインに対していることになります。位置関係だけでアベルだと考え、カインを無理に屈服させようと一生懸命になっても、内的蕩減条件の成立が不十分で、自然屈服させることはできません。ヤコブがアベルとしてエソウに対することができるまで、21年かかりました。(僕の僕からスタートし、神様(父母)の心情圏と一体レベルになって初めて「本然のアダムの位置の復帰」がなされて、アベルとしてカイン圏が認定してくれる。) 後天時代の今は、子女の責任分担時代です。カナン定着時代なので、許しがなくなってきました。荒野路程の時代のように、真の父母様がサタン屈服されるだけの時代とは違い、今は、私たちもサタン屈服をする時代です。つまり、子女(相続者、氏族メシア、天一国主人)としての原理的なアベルカインを勝利しなければならないと思われます。サタンを屈服して、愛を復帰して、御父母様の勝利圏を相続することと、世界摂理は、二重目的になっています。
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第二次大戦で、世界で一番最後に降伏したのは日本でした。激烈な沖縄地上戦、度重なる空襲、2度も原爆を投下・・・判断ミスの代償は大きすぎました。ひざまずいて、天皇の玉音放送を泣きながら聞いていた人々の映像が蘇ってきます。忠孝心の強さでは世界一の民族であることは間違いありません。それが良い方向に向かえば、とんでもない偉業を成し遂げる素養をもっている民族であるともいえます。実際、教会の草分期に世界に先駆けて、多くの祝福家庭を輩出し、母国として再臨摂理に大きく貢献したことは誇るべきことです。一方で、その忠孝心が逆に進むと、第二次大戦のように暴走する危険性をはらんでいます。正に、「善悪知るの木」の国。アベルに対して、二次大戦時の天皇のようになる「アベル絶対信仰」の行き過ぎにも気をつけなければなりません。
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☆責任者が行くや否や「先生が何々教域長として使命したから、私はアベルだ」と、いきなり言えるものではありません。アベルになったのではありません。アベルの使命を果たしなさいといって送ったのです。ところが、アベルの使命をすべてすることができないで「私に仕えろ。私の命令を聞け」と言うのです。アベルは本当の父母の立場としてカインである息子娘を連れて出かけて仕事をするのです。教えてあげながら仕事をします。それが本当の親(教区長、何々教域長)です(75―168)
☆皆さんは今まで、統一教会のカイン・アベルの愛を間違って理解しているのです。責任者は無条件にアベルだと思っているのですが、そうではありません。アベルはカインを救ってあげなければなりません。そのようにして、カインと一つになってこそお母さんのところへ行けるのです。(牧会者の道 第五章 牧会者と食口指導 第二節 主体・対象とカイン・アベル 2-6 アベルとしての牧会者の使命 )
(参考)平和大使(アベル)、アベル教団の中にあるべきものは、神様と心情一体の成熟した父母の心情 http://ameblo.jp/nyanko737/entry-11201496262.html
神様を通した歴史の目的は、アベルの中のアベルである再臨主降臨であったように、神様の摂理は神様の願いを的確に知っているアベルから始まらなくては何も達成できません。食口個々レベルでも、大きなカイン圏を包むべきアベルとしての意識を強く持つ責任感も必要でしょう。そのアベルの立場と従順なカインの立場とのバランス感覚が、特に必要であると思われます。
☆再創造の主人は誰ですか? 神様ではありません。皆さん自身であり、皆さんの家庭です。ですから、「天一国主人わたしたちの家庭」というのです。
皆様は、今天の選民圏を受け継ぐ一世と二世の指導者です。ぜひとも、皆様全員が一体となり、国連の更新とともに、新しいアベル国連の再創造のための歴史的な聖業に召命されたがゆえに、きょうこのソウル宣言の現場に立っていらっしゃるということを、銘心してくださるようお願いいたします。
「再創造の主人」 http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Lynx/9732/msge/030815.html
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