父は4月15日に喉を全摘出しました。
そして1か月半後退院しました。
声帯、甲状腺すべてとリンパ一部も一緒に摘出。
順番待ちだったのに急に手術日が決まり、3日前から入院、私と母もホテル泊り。
全摘出のデメリットは声帯全摘出なので声は一生出ない。
口から食べることはしなくてはいけないが、嗅覚がだめになるので味が半分程度分かればいいほう。
自発的に呼吸が出来ず、永久気管孔という首の付け根に直径4センチ位の穴が開き、自動的にその穴から呼吸をすることになる。(淡や咳も口からではなくその穴からすることになる)
ほかにもたくさんあるけど、主な問題はこの辺です。
術後2か月弱経つので、ある程度慣れてきましたが、やはり意思疎通は大変。
基本的に小さくて軽いホワイトボードのような物で筆談会話です。
でもこれは本人にとってはとても負担。
今まではテンポよくたわいもない会話を日常しているけど、むしろそれが8割で重要事項なんて2割程度だと思う。
あーでもない、こーでもない、とみんな会話しているけど、それが全くできない。
筆談はほぼ必要事項を伝えることでいっぱいいっぱい。
実際やってみないとピンとこないかもしれないが、とにかく書いて伝えるというのは想像以上に難しい。
ニュアンスや喜怒哀楽がほぼ表現できない。
そしてうまく伝わらないと何度も書いて消しての繰り返しで疲れる。
なので諦めてしまったり、言いたいことがあっても「いやいいや・・・」になってしまう。
これは誰でもそうだと思う。
なので私はなるべく声は出ないけど父の口パクで理解してあげたいと思い読唇術にチャレンジしてます。
父も身振りと口パクで言いたいことが伝えられると楽しそうにしてます。
今日はこんなことがあったよ、あれがこうだったよ、これおいしいね、今度これしたいね、たわいもない会話ができるって本当に素晴らしいことであり、生きていく中で重要なことだと実感してます。
あとは常に父を中心とした生活にしていて、今までも長年そうだったけどそれとはまた違って。
例えばキッチンで料理をしていても、父のほうを年中確認します。
父からすればキッチンで料理している人の手をわざわざ止めないと会話ができないから。
「~ながら」意思疎通ということが全くできません。
表情をみてボードをみて口を見ないと父が何を訴えているのか全く分かりません。
だから父は自分から人の手を止めないようにと会話を少なくしようとするときもあります。
それは精神的に絶対によくない事。
こっちはいくらでも呼んでくれて手を止めてくれていいけど、
本人はすごく気にするし私だったら「自分のために動いてくれてるのにこんなくだらない話で呼ぶのは・・・」って気が引けると思う。
だからこそ私と母はできるだけ父の様子、顔色、雰囲気を確認してます。
先日、父が母に筆談と口パクで話しかけているときに母がみじん切りをしていてうっかり指を切ってしまったこともありました。
父のほうを見ながらなのはもちろん、父の口や表情や書いてあることに全神経を集中して理解しないと、とてもじゃないけど伝わらないので何かをやりながらというのは無理があるのです。
あとは父が一生懸命何かを伝えようとしているからこっちも一生懸命神経使って理解しようとすると良くも悪くもすごくくだらない話だったり。笑
全然いいんだけど、そんなくだらない話なのかそうじゃないのかすら伝わるまでにとても時間がかかります。
そして母の精神的負担は前より増えています。
たべれる物も限られています。(それでも日によって差があります).
うちは病気発覚前まで何十年も毎日晩酌をしていて晩御飯に2時間以上もかけていたので母は昔からキッチンに3時間立ちっぱなしは当たり前。
なのでその頃も大変だったし・・・と思っていましたが、その時代よりもっともっと母は大変です。
甲状腺摘出により問題となっているのは、毎日、いや数時間ごとに精神的にも肉体的にも変化があります。
朝食べれて夜食べれない、元気だったのに1時間後には元気がない、記憶がない、耳が遠くなる、ごはん中に急に食べづらくなる、視力の急な低下など・・・
手術前は喉全摘出のことばかりが頭にありましたが、術後はそれに加え甲状腺摘出が大きな壁になっています。
簡単に言えばホルモンを作り出すことができなかったり不安定になるので肉体的にも精神的にもだいぶ不安定になります。
こう書くといくらでも書けるくらい問題や感情があるのですが・・・
現状私は実家に通うことしかできません。
私がいれば父はとてつもなく元気で出来なかったことが出来ちゃうくらい楽しそうです。
普段から一番つらいはずの父が周りに常に気遣いをしている姿は本当に尊敬しかないです。
先生も驚くスピードで前向きに、ただただ前を向いて現実を受け止めて生活しています。
会社が徒歩で行けるので短時間ですが仕事もしています。
もう闘病生活も一年以上。
本当に父は100点満点の闘病生活をしていると思います。
私のこと、母のこと、会社のことを自分のことより気にかけて、本当に前向きだから予想より良い生活もできています。
毎回実家へいって思うことは・・・
声なんてなくても、生活が不自由でも、ただただ3人で笑って1秒でも多くの時間を過ごしたい。
毎回そう思います。
これからも状況は小出しになると思いますが記録していきます。
