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保育所の需要増加と現況
子供を保育園に預けて働く親が増えている。その一方で保育園はなかなか入れず待機児童になるお子さんが多くなっており保育園の需要はますます増加している。
これを受けて、政府は「子ども・子育てビジョン」を打ち出し、0歳~2歳児のうち保育園に通う割合を増やしていくというもの。現在の通園率24%から2014年には35%にする目標である。
各自治体でも保育所を設置する動きは高まっている。
東京都でも「認証保育園」を設置する事業者に対し平成20年度から22年度までの3ケ年事業として積極的に補助金を出している。
具体的には都内の区や市が「認証保育園」を設置する事業者を公募し、立上げや運営にかかった費用の一部を都と区(もしくは市)が半分ずつ補助金で負担するというもの。
さらに国の補助金制度で「安心こども基金」を併用すれば都や区などの負担も減り、さらには事業者の負担も自己資金8分の1程度の負担で済むことになる。
ところで保育園は大きく
認可と無認可に分けられる。
認可保育所は無認可に比べれば安価だが利用料は収入により異なる。また同時に入園の競争率が高いためなかなか入園できず慢性的に待機児童問題が生じている。
これに対し無認可保育所はさらに二つに分かれ、無認可保育所の中でも一定の保育基準を地方自治体単位で設けそれに適合していると認められる事業所を「認証保育所」とし経費の一部を自治体が補助金を負担する。そしてそれ以外を単純に無認可保育所としており、これらには自治体による補助金の負担はない。ベビーホテルなどは後者であると思われる。
現在は、認可保育所の待機児童問題を解決すべく認証保育所の設置を誘致している自治体が増えている
各自治体が認証保育所を積極的に誘致する目的は、一定水準の保育レベルの確保、待機児童数の減少、等もあるのだが、働く親たちが子を保育園に通わせたいという需要が高まっており、その需要に自治体レベルで取り組むということがもっとも大きな要因と思われる。
保育園需要は不況が原因?
今般不況の影響で、親たちは育児休業後、はたして復職ができるのかという不安をもっている。復職できないなら、そのまま仕事を続け、子どもは保育園に預けておこうと考える親が増加しており、結果保育所需要の増加につながり、待機児童が増えるという状況にある。
とくに大都心付近で生活するシングルマザーにとって保育所は不可欠な存在であるが、翻って離婚率と経済変動を見てみると、経済の好況不況により離婚率がパラレルに変動しているというデータがある。
これは好況により女性労働者の社会進出が、従来夫に依存していた家庭経済を女性が独立して維持できるようになったことが一要因として考えられている。
現に昭和30年代中ごろより離婚率は上昇し、オイルショック時には下降するもバブル期には再び上昇しバブル崩壊後、離婚率が低下していることからもうかがい知ることができる。
母子のコミュニケーション
待機児童が増加し、それを受けて保育所設置を増やしていく国や自治体の政策はもっともであるが、反面、保育所に子を通わせれば、それだけ親と子のコミュニケーションをとる時間がなくなる。
特に産まれてまもない乳幼児期に母親が子に愛情を注ぐ時間を設けることは、子の将来の人格形成に大きな影響を与える。
幼少期に親から十分な愛情を受けずに育つと社会に出ても幼少期からの愛情不足に自ら悩み、他者への愛情を注ぐこともできず、最悪の場合には幼少期に親から十分な愛情を受けられなかったことが要因と思われるような犯罪が起こる場合がある。
とはいえ働かなければ生活ができないため保育所に子を預けざるを得ない。こういった価値の狭間の中、いかにして効率よく仕事と育児を両立していくかは今後の課題と思われる。
待機児童を何とかしてほしい、保育所をもっと設置してほしい、という市民の声にこたえることは確かに国や自治体の役目である、と同時に親子のコミュニケーションを十分に行えるような環境作りも重要な意義を有するものと思われる。
平成22年3月9日
子供を保育園に預けて働く親が増えている。その一方で保育園はなかなか入れず待機児童になるお子さんが多くなっており保育園の需要はますます増加している。
これを受けて、政府は「子ども・子育てビジョン」を打ち出し、0歳~2歳児のうち保育園に通う割合を増やしていくというもの。現在の通園率24%から2014年には35%にする目標である。
各自治体でも保育所を設置する動きは高まっている。
東京都でも「認証保育園」を設置する事業者に対し平成20年度から22年度までの3ケ年事業として積極的に補助金を出している。
具体的には都内の区や市が「認証保育園」を設置する事業者を公募し、立上げや運営にかかった費用の一部を都と区(もしくは市)が半分ずつ補助金で負担するというもの。
さらに国の補助金制度で「安心こども基金」を併用すれば都や区などの負担も減り、さらには事業者の負担も自己資金8分の1程度の負担で済むことになる。
ところで保育園は大きく
認可と無認可に分けられる。
認可保育所は無認可に比べれば安価だが利用料は収入により異なる。また同時に入園の競争率が高いためなかなか入園できず慢性的に待機児童問題が生じている。
これに対し無認可保育所はさらに二つに分かれ、無認可保育所の中でも一定の保育基準を地方自治体単位で設けそれに適合していると認められる事業所を「認証保育所」とし経費の一部を自治体が補助金を負担する。そしてそれ以外を単純に無認可保育所としており、これらには自治体による補助金の負担はない。ベビーホテルなどは後者であると思われる。
現在は、認可保育所の待機児童問題を解決すべく認証保育所の設置を誘致している自治体が増えている
各自治体が認証保育所を積極的に誘致する目的は、一定水準の保育レベルの確保、待機児童数の減少、等もあるのだが、働く親たちが子を保育園に通わせたいという需要が高まっており、その需要に自治体レベルで取り組むということがもっとも大きな要因と思われる。
保育園需要は不況が原因?
今般不況の影響で、親たちは育児休業後、はたして復職ができるのかという不安をもっている。復職できないなら、そのまま仕事を続け、子どもは保育園に預けておこうと考える親が増加しており、結果保育所需要の増加につながり、待機児童が増えるという状況にある。
とくに大都心付近で生活するシングルマザーにとって保育所は不可欠な存在であるが、翻って離婚率と経済変動を見てみると、経済の好況不況により離婚率がパラレルに変動しているというデータがある。
これは好況により女性労働者の社会進出が、従来夫に依存していた家庭経済を女性が独立して維持できるようになったことが一要因として考えられている。
現に昭和30年代中ごろより離婚率は上昇し、オイルショック時には下降するもバブル期には再び上昇しバブル崩壊後、離婚率が低下していることからもうかがい知ることができる。
母子のコミュニケーション
待機児童が増加し、それを受けて保育所設置を増やしていく国や自治体の政策はもっともであるが、反面、保育所に子を通わせれば、それだけ親と子のコミュニケーションをとる時間がなくなる。
特に産まれてまもない乳幼児期に母親が子に愛情を注ぐ時間を設けることは、子の将来の人格形成に大きな影響を与える。
幼少期に親から十分な愛情を受けずに育つと社会に出ても幼少期からの愛情不足に自ら悩み、他者への愛情を注ぐこともできず、最悪の場合には幼少期に親から十分な愛情を受けられなかったことが要因と思われるような犯罪が起こる場合がある。
とはいえ働かなければ生活ができないため保育所に子を預けざるを得ない。こういった価値の狭間の中、いかにして効率よく仕事と育児を両立していくかは今後の課題と思われる。
待機児童を何とかしてほしい、保育所をもっと設置してほしい、という市民の声にこたえることは確かに国や自治体の役目である、と同時に親子のコミュニケーションを十分に行えるような環境作りも重要な意義を有するものと思われる。
平成22年3月9日
今年平成22年3月12日で上野→金沢行き 寝台特急「北陸」と急行「能登」が廃止になります。
寝台特急「北陸」EF64型機関車けん引



急行「能登」ボンネットタイプの旧国鉄特急型車両




北陸は上野駅13番ホームから発車し、続いて能登が15番ホームから発車します。
昨年の「富士はやぶさ」に続いて、またもやブルートレインの廃止・・
どんどん夜行列車がなくなっていきます。
○
夜行列車はいつでも郷愁を感じる
東京で生まれ育った私にとって、夜行列車に乗って帰郷をすることは憧れであった。
上野駅15番ホームには「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中そを聞きにゆく」
として詠われた啄木の碑がある。
いつの時代にも上野駅から発着する夜行列車にはそうした郷愁の趣きがあるのだ。
○
思えば私が小学校5年生だった時、ひとり東北地方を旅した時も、青い車体の夜行急行だった。
EF58のけん引する急行「八甲田」が現役で走っていたころだ。
そして時代は昭和から平成に変わり、時代はますます進化してゆく・・。
北陸や能登が走行する高崎線の周辺も上野から大宮までは高層ビルが立ち並ぶようになった。
その近代化された街並みの中をくぐりぬけるように、私がまだ小学生だったころ走っていた
あのブルーの車体が、あの頃と変わらず今も走り続けている。
そんな思いをよせながら、今年の3月ダイヤ改正でラストランとなる北陸と能登・・
もうあのころの姿を見ることはできなくなるが、いつまでも私の心の中には
あのブルーの車体が走り続けている。
○
寝台特急「北陸」EF64型機関車けん引



急行「能登」ボンネットタイプの旧国鉄特急型車両




北陸は上野駅13番ホームから発車し、続いて能登が15番ホームから発車します。
昨年の「富士はやぶさ」に続いて、またもやブルートレインの廃止・・
どんどん夜行列車がなくなっていきます。
○
夜行列車はいつでも郷愁を感じる
東京で生まれ育った私にとって、夜行列車に乗って帰郷をすることは憧れであった。
上野駅15番ホームには「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中そを聞きにゆく」
として詠われた啄木の碑がある。
いつの時代にも上野駅から発着する夜行列車にはそうした郷愁の趣きがあるのだ。
○
思えば私が小学校5年生だった時、ひとり東北地方を旅した時も、青い車体の夜行急行だった。
EF58のけん引する急行「八甲田」が現役で走っていたころだ。
そして時代は昭和から平成に変わり、時代はますます進化してゆく・・。
北陸や能登が走行する高崎線の周辺も上野から大宮までは高層ビルが立ち並ぶようになった。
その近代化された街並みの中をくぐりぬけるように、私がまだ小学生だったころ走っていた
あのブルーの車体が、あの頃と変わらず今も走り続けている。
そんな思いをよせながら、今年の3月ダイヤ改正でラストランとなる北陸と能登・・
もうあのころの姿を見ることはできなくなるが、いつまでも私の心の中には
あのブルーの車体が走り続けている。
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