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注)この旅の内容は2001年当時のものです。
5日目はさらに北上して岩手県へ。
仙台駅6時48分発一ノ関行きの列車に乗って出発。
18きっぷの旅は毎度朝が早いです・・・
疲れもなかなか取れません・・・
乗り継いで東北線の平泉駅に着いたのは9時8分でした。
平泉といえば、平安末期に奥州藤原氏が一大勢力を誇っていた地域。
今でも当時の繁栄を伝える史跡が各所に残されています。
その最たるものが、「中尊寺」。
その中でも歴史教科書にも必ず登場する「中尊寺金色堂」は、その名に違わず黄金色に輝くお堂で、しかも豪華絢爛な装飾が各所に施されています。
今は文化財保護のためお堂自体がコンクリの建物で覆われています。
しかし、中に入るとそのゴージャスさに圧倒されます。
間違いなく日本を代表する歴史的建築物の一つですね。
写真をお見せできないのが残念です。
平泉には源義経や弁慶を偲ぶものもいくつかあり、そのうち「義経堂」と「弁慶堂」に行ってみました。
写真は「中尊寺」へと登る参道の途中にある「弁慶堂」。
それから行ったのは「毛越寺(もうつうじ)」。
平安時代の庭園様式を今に伝える貴重な史跡とのことですが、園内の池はまだ凍っていて、草木もあまりきれいではありません。
もっと暖かい季節に来ると美しい庭園を堪能することが出来るんでしょうね。
いつかまた来たいと思います。
駅に戻り、12時23分発花巻行きの列車に乗って再び出発。
次の目的地は遠野です。
花巻に13時5分着、ここから釜石線に乗り換えます。
13時28発釜石行きの普通列車に乗車、途中の遠野で下車したのは14時30分でした。
柳田國男の「遠野物語」によって民話の里として脚光を浴びることになった遠野は、東北地方の古い時代の面影をよく残している地域で、カッパにまつわる話も多いです。
駅前のレンタサイクルで自転車を借りて遠野の里を巡ります。
途中には東北地方の特徴的建築である茅葺屋根の家などもちらほら見られますが、中には朽ちかけているものも。
のどかな田園風景をどんどん進んでいくと、こんなレリーフの埋め込んである橋が。
これは「姥捨て伝説」の一シーンを表したものと思われます。
遠野には、デンデラ野という村はずれの土地があってそこに60歳になった老人は捨てられた、という伝承も残っています。
もっともこれは実話ではないというのが一般的ですが、しかし、極貧だった東北地方の生活の一端を表すものだとも言えるんじゃないでしょうか。
そういった悲しい伝承も数多く残されています。
「伝承園」では遠野の昔の生活様式が再現されており、昔話を聴いたり、いろいろな体験も出来るところです。
時間が無かったので、ざっと見てまわるだけでしたが。
「伝承園」の近くには「カッパ淵」と呼ばれる川があり、カッパ伝説が数多く残されています。
もっともカッパ伝説は全国にあり、北九州にもありますね。
駅に戻ってきた私は軽く食事を取って、18時15分の盛岡行きの列車に乗って移動。
そのまま終点盛岡まで行き、この日はここのビジネスホテルに泊まることにしました。
この日の晩飯は「盛岡冷麺」。
盛岡三大麺のひとつで、他の2つよりも珍しい感じがしたので食べてみることにしました。
入ったのは盛岡駅前にある「盛楼閣」。
さっそく「盛岡冷麺」を注文してみます。
辛さが何段階か選べますが、私はとりあえず「辛味別」にしました。
通常スープにキムチが入ってピリ辛になるのだけれど、「辛味別」だとキムチが別器で出てきます。
食べてみると、麺はゴムのようにものすごい弾力がある!
半透明の黄色いスープはヘルシーな感じですが、鶏ガラなどのダシがよく効いていています。
きゅうりやフルーツなども入っていて見た目的にはミスマッチな感じですが、わりと違和感なく食べれます。
私的にはそこまでおいしいというわけではありませんが、夏場だったらこういうのもありかな~という感じです。
その後、長旅で溜まりつつあった洗濯物を洗うため、コインランドリーに行きました。
そして、この旅初めてのまともなベッドでの就寝。ああ、やっぱ落ち着くわ~。
そう思いながらすぐに眠りに落ちました。
★5日目のJR乗車キロ:275.5キロ
仙台~(東北線)~平泉~(東北線・釜石線)~遠野~(釜石線・東北線)~盛岡(泊)
(つづく)


