「夏の訪れ」
春の風の中に、少しだけ夏の訪れを感じる。
木々の葉の隙間から通り抜けた光が、アスファルトにゆらゆらと葉の影を映す。
まるで、木々が歌って踊っているような、柔らかい空間。
隣を歩いている彼は、そんな木々を眩しそうに目を細めて見上げる。
「田代くん、夏が近づいてるねぇ。」
少し鼻にかかった高めの声に、少しうきうきとした感情が含まれていて安心する。
「そうですね。」
僕の答えに安心したのか、彼はふわっと微笑んだ。
いつからだろう。
彼を笑わせることが楽しくなったのは。
一緒に仕事をしていて、最初は顔も見ることもできない誰かのためにだったけれど。
今は目の前にいるたった一人のために、僕は語りかけている。
彼が笑えば、きっと見えない場所で繋がっているみんなも楽しくなる。
そんな魅力が、彼にはあるんだ。
でも、当の本人はそんなこと微塵も思っていない。
そんな自信のなさもひっくるめて、今は愛おしさしか感じていない。
毎回、仕事を通して気持ちを伝えているけれど、
「田代くん、なんか変だよ」
の一言で終わってしまう。
こんなに好きなのに、どうやったら伝わるのかなぁ。
首をこてんとかしげてみても、答えはまったく見当たらない。
「田代くん?」
心配する声が聴こえて彼を見ると、少し視線の低い彼が首をちょこんとかしげている。
出会ったときよりもお互いに年を取ったなぁと思うことが増えた。
でも、出会ったときよりも、好きが増えた。
「なんでもないですよ、奏多さん。」
俺の言葉に、奏多さんはまたふわっと笑う。
ほら、この笑顔に弱いんです。
悲しそうな顔なんて見たくない。
辛そうな顔なんてさせたくない。
いつもいつも、笑顔100パーセントでいて欲しいなんて思う僕は、
この世の誰よりも欲張りなのかもしれない。
「もう少しで着きますねぇ」
僕の問いかけに、「ほんとだ」と眩しそうに目を細める。
ほら、こんな温かい日が続くのも
悪くないですよね。
これからも、ずっとずっと、隣にいられることを夢見て。
たった一人のあなたのために・・・・・・。
Fin
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