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「ポスト羽生結弦」不在のフィギュアスケート人気の危うさ

● 羽生結弦が出るかどうかで 視聴率は大きく変わる

 五輪連覇を果たした“絶対王者”羽生結弦がリンクに帰ってきた。11月3日から5日のグランプリシリーズ第3戦フィンランド大会で圧倒的な強さで優勝。次は11月16日からの第5戦ロシア大会に挑む。

 「フィギュアはテレビ界においてはドル箱。ゴールデンタイムでも安定した数字が期待できます。浅田真央さんが現役だったころは、20%超えも珍しくありませんでしたし、それ以降は多少落ちたとはいえ平均15%は超えています。宇野昌磨選手らもがんばってはいますが、羽生選手が出るかどうかで視聴率は大きく変わる。いまでも羽生選手の演技の瞬間だけは20%を軽く超えるんです。日本での視聴率は、業界全体のスポンサー収入に直結する。今回、羽生選手が参戦したことで放送するテレビ朝日やスポンサーは大喜びしたことでしょう」(広告代理店関係者)

 プロ野球の人気カードでも数字が取れず、ゴールデンタイムの地上波放送はほとんど実現しない現在のスポーツ界。フィギュアスケートの視聴率は、W杯前のサッカー日本代表戦にも匹敵する。当然、関係者の誰もが今の人気を維持したいと考えているのだが、フィギュアの取材を続けるあるスポーツ新聞の記者は、その最大のキーマンである羽生の様子が気にかかっているという。
 「試合後のインタビューでは勝利にこだわる姿勢をアピールしていましたが、五輪を連覇したことで、モチベーションが下がっているのではないか、と思います。今大会でも勝つためだけなら必要ないレベルの難易度の高いプログラム。もはや彼の関心は、自分フィギュアを完成させること。今回はまだ未完成ということでやりませんでしたが、次の目標として公言している、公式戦で4回転アクセルを成功させたら、その先の目指すところはどこになるのか、プロに転向もあるのではないかと囁かれています」

● 羽生や高橋大輔が出場しないと 完売にならない選手依存の弱点

 浅田真央や高橋大輔、羽生結弦の活躍で大人気となったフィギュアスケートだが、日本では長年マイナースポーツとして扱われてきた。“数字をとれる”人気スポーツとなったのは、2006年トリノ五輪で荒川静香が金メダルをとって以降のことだ。

 「もともとフィギュアはヨーロッパやアメリカで人気のスポーツ。シーズンオフに行われるアイスショーには大勢の観客が訪れます。ただ日本と異なるのは、ヨーロッパにおけるフィギュアのメインは男女で行うアイスダンスだということ。日本ではシングル競技がメインのように思われていますが、ヨーロッパでは氷上の華麗なダンスを楽しむファンのほうが多いんです」(前出・スポーツ紙記者)

 実は、そこに日本フィギュアの問題点が隠されている。

 「欧米にはフィギュアという競技そのものを楽しむ文化がありますが、日本の場合、選手個人のファンが多い。競技に復帰した高橋大輔も羽生結弦もメインのファンは、おばさま方で、はっきり言ってしまえば、ジャニーズや演歌歌手の追っかけと同じ(笑)。だから羽生や高橋が出るアイスショーはすぐに完売になりますが、それ以外の選手だとなかなかチケットがさばけない。浅田真央も引退後に自身でアイスショーをプロデュースしていますが、大きな会場を埋められるほどではない。彼女は視聴率は持っているけど、動員はそれほどでもない。テレビで応援したいタイプの選手なんです。華やかさでいえば、羽生以上の存在はなかなかいません。選手個人ではなく競技自体の人気がもっと上がらなければ、羽生の引退で一気に人気が落ちる可能性もあります」(テレビ局関係者)
● 羽生の次のスターが誕生しないと 再びマイナースポーツに逆戻りも

 スポーツがひとつの文化を形成していくために欠かせないのは、その競技の経験者だ。リトルリーグや野球部の出身者がプロ野球のファンになり、サッカー部の出身者がJリーグのファンになる。だが、フィギュアスケートの経験者は、それらに比べると悲しくなるほどに少ない。

 「本格的にフィギュアを始めたいと思っても、練習場や教えられるコーチの数が限られているんです。常設のリンクは東京、横浜、名古屋、仙台、福岡などごくわずか。しかも競技を続けるには、莫大な金がかかる。練習場所を確保し、コーチや振付師を雇い、音楽や衣装を用意し、さらに海外への遠征費もかかる。最低でも年間1000万円は必要です。いまその資金をスポンサー契約料でまかなえるのは、男女あわせても羽生と平昌五輪銀メダリストの宇野昌磨くらいでしょう。他の選手は、アイスショーなどのギャラでなんとか競技を続けている状態です」(前出・スポーツ紙記者)

 競技自体の人気上昇が望めないとなると、やはり頼みは個人の人気。フィギュア人気を支え、維持するための“ポスト羽生結弦”の候補はあらわれるのか? 男子なら宇野、女子なら宮原知子や坂本花織、本田真凜など次の「北京五輪世代」も奮闘しているが……。

 「浅田真央の物語性や羽生の圧倒的な華やかさ。若い選手たちには、まだそういうスターの要素が欠けている。演技や勝利だけではないドラマティックな要素が必要だと思います」(前出・テレビ局関係者)

 荒川静香が火をつけ、浅田真央・高橋大輔が盛り上げ、羽生結弦が大きく育てたフィギュア人気。彼らに並ぶようなスターが早く出てこなければ、再びマイナースポーツへと逆戻りする可能性もある。




AERA.dot

羽生結弦「終わったから言うんですが…」 今季初戦の裏側告白

フィギュアスケート男子の羽生結弦が、今季世界最高得点でGPシリーズ初戦優勝という、最高のスタートを切った。直後のインタビューでは、実はジャンプに苦戦していたことを明かした。

*  *  *
──終わってみて感想は。

 とりあえずやりきれたな、と。もちろん、ふらついているジャンプが多々あったり、スピンの出来も自分の中ではうまくいってないところもいっぱいあったり、そもそも集中しきれていなかったり。いろんな課題がありますけど、まずは全部(ジャンプを)立てたっていうのは大きなステップにはなったんじゃないかなって思います。

──勢いを抑えて丁寧に滑った印象だが。

 終わったから言うんですが、ここのリンク、なかなかエッジ系ジャンプが入らなくて、結構苦戦していたんですね。最終的に今日の朝の練習で、「スピードを出さなければ跳べるな」って思っちゃったんで、ちょっとスピードを落として。特にエッジ系ジャンプ、ループはスピードを落として慎重にいきました。

──史上初の4回転トーループ-3回転半を着氷した。

 一応成功という形にはなったと思うんですけど、自分の中では加点をしっかりもらえてこその成功。この試合で終わらせるつもりはないですし、しっかり良いジャンプができるように頑張ります。

──今季はルール改正があった。

(フリーが4分半から)4分になって、いろんなスケーターに聞いているのは、「大変になったよね」っていう話。ただ、大変だからこれを抜く、あれを抜くということをしたくないと自分は思っています。自分はルールの中で最高の演技ができるように頑張りたいと思います。

──(今季、挑戦を公言していた)4回転半ジャンプは。

 今季中にはやりたいと思っています。(9月の)オータム・クラシックの前までは結構練習はしていて。でも、オータムの結果を受けて、「今、こんなことを練習している場合じゃないな」って。今はとにかく、SPとフリーを完璧なクオリティーでやることが一番かな、と。もちろん(4回転半の)練習はしたいなって思うんですけど、やれても(12月の)全日本選手権後かなって思います。
──4回転半の練習を一時やめて、プログラムを磨いてきた。

 あきらめることにした時点で、かなりスイッチを入れていたんで。「あきらめるんだから、クリーンなプログラムを絶対しろよ」って、ある意味プレッシャーをかけて練習してきました。

──4回転半はどのくらいの完成度になったらゴーサイン?

 自分の中では、(今は)5%くらい。20 %くらいになったらいけるかなと。ただ、その5%の壁がすごくぶ厚くて、そのぶ厚い壁を破るほど(今は)時間を割くものではないと思っているので、全日本までは練習はできないと思います。

※AERA 2018年11月19日号


羽生結弦が世界を驚かせた今季初戦 演技構成の裏の“狙い”

フィギュアスケート男子の羽生結弦が、今季世界最高得点でGPシリーズ初戦優勝を飾った。五輪連覇の王者は、史上初となる大技も決め、世界を再びあっと言わせた。

*  *  *
 2位との差は、約40点。次元の違う圧倒的な実力を見せつけて、羽生結弦(23)はリンクを支配した。

 グランプリ(GP)シリーズ・フィンランド大会。自身にとってはGPシリーズ今季初戦だったが、ショートプログラム(SP)、フリーとも今季世界最高点をたたき出し、合計297.12点をマークした。

「やっぱり、勝たなきゃ自分じゃない」

 試合後、負けず嫌いの性格をそのまま言葉に乗せて、優勝をかみしめた。

 この一戦の羽生を語るには、開幕前を振り返っておく必要がある。

「『結果を取らなくては』っていうプレッシャーがすごくあったのが、今は外れていて。(今後は)自分のために滑ってもいいのかな」

 2月の平昌五輪で、連覇を達成。重圧と得点のしがらみから解放された心境を口にしたのは、新シーズンを目前にした8月のことだった。

「自分らしく」に力点を置く今季。だからこそ、プログラムの曲には、憧れのスケーターが使っていた曲を選んだ。SPは元全米王者ジョニー・ウィアーの「秋によせて」。フリーは、ロシアのエフゲニー・プルシェンコの代表プログラム「ニジンスキーに捧ぐ」のアレンジ版を演じる。いずれも小学生のころから憧れを抱いてきた伝説的な選手だ。

 ただ、9月下旬、カナダで挑んだ今季初戦オータム・クラシックで感じた悔しさが転機になった。

 合計263.65点で優勝はしたが、内容は低調なものに。「めちゃくちゃ悔しい」と漏らした通り、例えばSPの足を替えてのシットスピンは規定要素を満たせず、無得点に終わった。

「やっぱり勝たなきゃ意味がない」

 不満の残る演技が、王者のプライドを刺激した。

「五輪後、ある意味でちょっと抜けていた気持ちの部分が、また自分の中にともった」

 そこから約1カ月。羽生は攻めのプログラムを携え、フィンランドに乗り込んできた。

 カギは、ジャンプにあった。まずは11月3日にあったSPだ。ジャンプ要素は三つ。最後の一つを演技後半に跳べば、基礎点は1.1倍になる。ところが、オータム・クラシックでは全てを前半に跳んでいた。

「曲調に合わせて前半にジャンプを跳んで、その後、盛り上がるところでスピンとステップをやりたい」

 得点よりも流れを優先させる。そんな狙いからだった。
 だが、今回は最後の4回転-3回転の連続トーループを以前より約10秒後ろにずらし、「演技後半」と見なされる1分20秒過ぎにもってくるプログラムに変えた。ステップとスピンを全て後半に詰め込む構成は壊さないよう、振り付けと編曲を改めて練り直したという。

 本番。冒頭の4回転サルコーで4.30点の出来栄え点(GOE)を引き出す衝撃の滑り出し。後半に組み込んだ4回転-3回転も含め、三つのジャンプをほぼ完璧に降りると、スピンは当然のように全てが最高のレベル4と判定された。

 翌日のフリーで、世界はさらに驚くことになる。

 国際スケート連盟の公認大会で成功者のない史上初の大技「4回転トーループ-3回転半(トリプルアクセル)」を着氷したのだ。

 助走なしで3回転半を跳ぶのは、極めて難しい。ただ、着氷から3回転半へ向かう途中で、足を一度踏み替える必要があるため「連続ジャンプ」にはならない。結果、至難の業の割に基礎点は0.8倍に。それでも、羽生は「僕らしいジャンプ」と言う。

 実は、構成上2回転ジャンプを跳ぶ必要がなくなるため得点増が見込める。「自分のために」というポイントは保ちつつ、したたかに高得点を狙う戦略がにじむ構成だ。フリーも七つのジャンプ要素を全て着氷し、超高難度のプログラムを鮮やかに滑りきった。

 シニアデビュー9年目。数々の勝利を手にしてきた羽生だが、GPシリーズ初戦を制したのは意外なことに、今回が初めてだった。

「GP初戦としてはよかったと思います。(ジャンプを)全部立てたことは大きい」

 ただ、この程度で満足はしない。

 特にフリーは、勝負の4回転トーループ-3回転半で着氷が乱れ、GOEがマイナス評価。他にも二つのジャンプで回転不足の判定を受けた。

「試合っていうのはすごく自分を成長させてくれるんだなと改めて思う。課題も見つかって、心の灯に薪が入れられた状態。しっかりこれからまた練習して良い演技をします」

 GPシリーズ2戦目は11月16日から、ロシア・モスクワで。

「これ以上の演技をするっていうことは、挑戦しがいのあるところ。また楽しみたいなって思います」

 目指す場所はもっと先。得点を求めつつ、自分らしく──。頂点を極めてなお、羽生は攻める。(朝日新聞スポーツ部・吉永岳央)

※AERA 2018年11月19日号より抜粋