~水無月流モテる技術授けます?~

まだ、涼風の団員の多くが受験などを控えたお年頃であり…年長者が自分の得意分野を年少組に教えていくという制度がしっかりとしていた頃…唐突に
『水無月流男を磨く講座』なるものが開かれたことがありました。
まぁ、題名にもある通り…先生役は我らが水無月咲也お兄さん。受講者は男性陣、プラス何故か一番楽しげな七海ちゃん。
何故か開催場所は…仙台のアーケードから飲み屋街へとむかう間にある最近なくなってしまったのが寂しいゲームセンター。
キャッチの波をくぐり抜けゲーム機器の並ぶフロアへとやってまいりました。

「いいか、クレーンゲームは見極めることだ!例えば、はい、七海!」

「えっと…きゃー、このにゃんこのぬいぐるみさん可愛い~!」

すぐに辺りをキョロキョロしたあとに気に入ったらしいぬいぐるみの前に飛び付く七海ちゃん。

「…ということが、女の子と歩いていると起こると思います。その時、相手が負担を感じない…できるなら両替は一度くらいでスマートにとって渡す!これぞゲーセンを使った効果的なすごーぃ!と言わせる方法!」

「あっと…なんだろ…俺今までそういう機会に対面したことないんだけど。」

「…同じく。」

「俺はたまに飲み会の帰りとかにあるっすかね?」

「黒崎はまず女の子と歩いていない、信也は女の子が周りを見れる速度より早く歩く、太陽はそのままでいい!」

すでに何か別なレクチャーが始まってしまっている…そんな気がしてならないのですが…考えてみたら確かにいつも六法全書と歩いてる!?と図星をつかれて早速黒崎さんの心が折れた瞬間でした。

「あんま、ゲームにムキになったり、女の子ほっぽって夢中になって熱くなってもひかれる。ここはあくまでクールに余裕を見せつつスマートにとるのがポイントだな。」

とかなり無茶苦茶な条件を口にすると、五百円を取りだし、スッと機械に投入すると正面と横からの角度だけを確かめて…振り返ってにっこりと微笑む。

「七海、何色が気に入ったんだ?」

「えーと、あのお耳の曲がった緑の子!」

やや大きめで、奥側にある「これは店員さんに位置をなおしてもらうべきだろ!?」なラインを嬉しそうに指差すのを確認すると、ヨシッと正面に立ってクレーンを操作していく。
ちなみに二百円で一回、五百円だと三回できるタイプ。

「んー、こんなもんか。」
「え…?咲、それピンクじゃ…ってえぇ!?」

「…持ち上がった…」

「綺麗に…落ちたっす…」

「ほぃ、ちょっと抱えててここいてな」

「おぉ、兄さんすごっ!」
簡単に手前にあった一つのぬいぐるみを取り出し口に落とすと何事もなかったかのように七海ちゃんに手渡して、あまりの展開の早さと呆気なさに周囲のついていけてなさを無視して店員さんを呼びに行ってしまいました。

「え…これってそんな簡単にとれるものなのか?」

「いや、確かにやらないととれないしお金をかければとれないことはないっすけど…この大きさを一発はすごいっすね。」

「ふか~ふかふか~!」

そんな話をしているうちに女性の店員さんと親しげに会話をしながら咲也君が帰ってきます。

「おめでとうございます~残りどうしますかぁ?」

「えっと、同じ台でいいんで…あの緑の前に出してもらえますか、すいませんお手数かけて。」

…デタよ…王子スマイル。
そして店員との距離近すぎだろとやや離れた位置で、全員が思っていたとか。
さらに、そのままさほど苦労することもなく、同じような要領で二つ目もしっかり残りの回数で落として見せたのでした。

「今回は重心の位置も探りやすかったし、アームも強かったからいけたけど…時には、部が悪かったら早めに店員とのコミュニケーションも大事な?」

「…色仕掛けだろ…」

気持ち信也君の目が冷たかった。

「いや、コツ聞くんだってそうすると意外と位置もなおしてくれるから…あとは結構頑張った感をだすかな…そうするとより楽な方向に移動してくれるし。」

「はいはーぃ、兄さん、ななは、ななはどうしたらいいの?」

ぬいぐるみ二つを抱き締めて満足げな七海ちゃんが手を挙げました。
所謂色仕掛けからは程遠いタイプ。

「ん?ななだったら店員さんがおじさんでもお兄さん助けて下さい!って頼んであとは上目遣いに欲しいぬいぐるみを見ていればいいかな。とにかく無邪気に!」

「にゃるほど…学んだのよ!」

二人でヘイヨー、ブラザー!と拳を付き合わせる。

「いやいや、お前たち兄妹たち悪いな!?」

「努力は惜しむな!いつか手に入ると逃すと次はないケースも多いぞ!」

「格言ぽいこと言い出したけど、ゲーセンだからな!?」

その後、他のぬいぐるみを使っての三点つかみやら、押し方、時には、物理学の授業か!?と思うような解説を挟みながら水無月咲也流スマートなゲーセンでの勝利の法則講座が行われ…最終的にゲーセン側から睨まれそうなぬいぐるみを担いだ集団ができあがりましたとさ。

「しかし簡単にとっているみたいに見えてかなり計算してるっすね~。」

因みに、大学の学部の先輩である太陽は流石は物理学については詳しいらしく、重心のコツやらアームの角度の話を聞いたとたんに、咲也先生から
『免許皆伝!』
と言われるまでの上達を見せました。
一番向いていなかった信也君が最後の方は最早近寄りすぎて、ぶつかっていこうとしたのを押し留める黒崎さんは人知れず苦労していました。

「…んで、これを七海に教える必要性はあったのか?」

「大いにある!将来クレーンゲームが少しうまいくらいの男にひょっこりついていくような女に育ったら困るだろ!?」

「将来…ゲーセンの店員さんになりそうっすね。」

視線の先には、好きなキャラが同じだったらしい店員さんと意気投合してフィギュアを前に語り合っている七海ちゃんがいました。

「これ…絶対に役にはたたないよな?」

「自分の力で欲しいものを勝ち取るのは大切な経験だぜ?」

「また格言ぽいこと言い出したけど、繰り返すけどゲーセンだからな!」

と言いつつも一度とれてしまうと、その魅力に魅了されるのも事実でこの日を栄えに信也君以外のメンバーはゲーセンマスターへの道を歩み始めたとか。

その日のレクチャーは決してモテる技術ではない…ゲーセンとの戦いだったということは確かでした。

その結果…自力でとることに快感を覚えた妹は果てしない投資をゲームセンターにおこなうようになり、街のゲームセンターで見かけた兄たちが一定時間以上クレーンゲームにとどまり続けた場合強制的に首根っこを掴んで、退場処分をくださなくてはならない未来が来るのはそう遠くないことなのでした。

「あ、最初の一回であまりにもアームの設定が悪かったりしたら引き際も肝心だからな!」

…それは、なんというか早く教えておこうよ。