震災から四年目となりましたが涼風団員と震災のお話しです。
あれから多くのことが変わり、また先が見えない復興の課題もあちこちで目にすることがありますが、皆様のお力添えに非常に感謝しております。私は自分が被災者と言われるとたまに驚いてしまうのですが…確かに私はあの震災を経験しています。変わってしまった福島のこと、目にした津波の傷痕…黒い袋に包まれた土…色々なことがありました。きっとまだこれからもあります。
私にできることはなんだろう…そう思いながら黙祷の時間がきました。
でも伝えたいのは、やはり感謝です。ここまで戻れたのは皆様のお力添えがあったからです。
ありがとうございます。
それでは震災のお話しということで不快な思いをする可能性もありますので読む場合には、気をつけてください。
~"Memento Mori."~
あれから四年…語らなかったもう一つの私たちの3・11からの物語を、お話ししましょうか。
前向性健忘と言うものをご存じですか?言ってしまえば…それは未来の記憶喪失。
今、こうしてあなたに話していることを数分後には忘れてしまい…また話し出したり、顕著な例をだしますと症状が進むと自分で鍵をかけトイレに入ったことを忘れ、閉じ込められたと騒いだりする等「今」を覚えていられなくなってしまうのです。よくドラマなどで過去の記憶を失ってしまう逆行性健忘症については取り上げられますが…実は本当に起こりやすいのはこちらとも言われています。また、同時に二つの記憶障害が起こることも多くあります。
博士の愛した数式やメメント…最近だと一週間フレンズ等はこちらをモチーフにした映画ですね。
現在、有効な治療法はなく過去の記憶は残るので今のうちから前向性健忘症というものを知り、自分なりになってしまった場合の対策を考えておけば、その記憶は残るためもしかしたら…少しは役に立つかもしれません。
でも…この記憶障害の本当の辛さは…『発症したことに気づくこと』を繰り返されること…。
街の花屋には早咲きの桜が並び始めているのに、この時期はいつも強い風と寒さが身を縛るような気がします。
「…ここに、暁羅を連れてくるのは二年ぶりかな。」
「そうだね、二年…早かったのかな…分からないけど…今年はみんなでこられてよかったね。」
「みんなとは言いましても、もうあなたはどなた?と聞かれるくらい変わってしまった方もいますがね。」
四年…四年もあれば学校を卒業する人も結婚する人も子どもが産まれる人だっている。それが過ぎたなんて少し不思議な気分でした。ここは何も変わっていないように見えるから…。
3月11日…私たちにとって決して忘れることのできない日が、今年も巡ってきました。多くのものを一瞬にして失い…立ち尽くすしかなかったあの日から四年。小高い丘の上にある小さな墓地に私たちはやって来ました。
そこには…私たちの大切なお母さんと大切な甥っ子が眠っています。
「…あの時と同じように…雪がふっていますね。」
渚さんが、澄んだ空気の中を舞う白い小さな雪を見つめています。
お母さん…私たちの劇団の副団長であり、暁羅さんの妹さんの暁那さんは…発達障害を抱えた息子さんと自然に触れあいながら生きる道を選び、豊かな自然のあるこの地へと引っ越し…そして運命の日を迎えました。誰もが必死で…がむしゃらに生きようとしている中…離れた地で仕事をしていた暁羅さんは私たちを励ますために
『みんなの無事は確認がとれているから、各自自分にできるベストを尽くせ。』とメッセージを送りました…本当は連絡がとれていた団員など少なく…そして誰よりも被災地にいる妹を心配していたにも関わらず、私たちを励ましてくれました。
そして…暁那さんたちが津波により行方不明となり、必死に被災地の避難所や警察、病院を探し続けようやく対面できたのはすでに一ヶ月を過ぎたあたりでした。
それでも暁羅さんは、気丈に振る舞っていました。
『帰ってきてくれただけでも、良かったんや。』
…私たちが同じ被災地にいながら生き残ったことに罪を感じないように…決してぬぐいされない気持ちを震災や私たちのせいにはしませんでした。
それが…暁羅さんの心を限界まですり減らしていたことに気がついたのは…さらに時間がたってからのことでした。
少しずつ…彼の記憶は、先へ進むことをやめていきました。
東京の大学院へと編入した咲也兄さんを何度も探したり、太ってしまって体格の変わった私を見る度に驚いたり、修繕された道の意味がわからず何度も迷ったり…極めつけは
『暁那たちは次、いつ帰ってくるんやったっけ?』
私たちは凍りつきました。暁羅さんは、ふざけることも多い方でしたが…決してこういったことをふざけては言わない方でした。
はじめのうちは、咲也兄さんや他の団員がうまく何を言ってるんですか?と聞き返せば、本人もハッとして気がついていました。しかし、それが…日に何度にもなっていったのです。
心理学を専攻していた私は授業で習った前向性健忘症のことを思い出し、医者である珱稚先生や往人さんと相談し…そしてほぼ間違いがないだろうという結論に達しました。
問題は、原因が頭部打撲や所謂若年性認知症の一種となるような脳の損傷によるものなのか…または、眠れないと飲むことのあった薬や強い精神的ショックによるものなのかでした。記憶が戻ることは脳の損傷によるものならば…残念ながら非常に難しいものです。
日々、覚えている時間が短くなっていき繰り返される質問。忘れないようにと常に身につけていたカメラを使用するようにもなった。…それでも…サラサラと記憶が零れていってしまう。
そして…何よりも辛かったのは、何度も暁那さんの死を伝えなくてはならなかったこと。
暁羅さんは何度も何度も…大切な人の死を繰り返し体験しなくてはならなくなったのです。
その時の絶望に満ちた表情は伝える側にとってもひどく痛みを伴うものでした。
いつからか…私たちは正直に伝えることをやめようとまでしました。
それでも暁羅さんは忘れて繰り返すことによる一時的な解放ではなく…文字通り体に刻み込む形をとってまで…その事実を受け止めるように忘れないように足掻きました。
「久しぶりやな…暁那、玲那。」
「二年っすからね~、今頃ハリセン振り回して怒る準備してたかもしれないっすよ?」
「それは参るなぁ…あれを今くらったら今度こそ思い出せなくなってしまいそうや。」
そう…二年…暁羅さんは戦い続け、ただ時を待つのではなく自分の力で記憶の歪みから抜け出したのです。
「様々な原因を考えて…正直、暁羅さんがまた思い出を重ねていけるようになるとは思っていませんでしたよ。」
「はじめこそなんとかせなあかんと必死に動き回って現実から目を背けていたんやろな…気がついたら、心にすっぽりと隙間ができとった。それについて考えれば、考えるほど…隙間が広がって…二年…そこに飲み込まれとったんやな。」
「でも、暁羅さんはそんな中でも俺たちのことばかり心配していましたよ。」
オレンジ色の花束を抱えた暁羅さんが墓前に立っています。毎年、私たちはカーネーションをそなえにきていましたが、今年は本当の現実と向かい合った暁羅さんが花束を選んできたのです。
「お、綺麗だな、暁羅にしては良いセンスじゃん!なんて花だよ?」
咲也兄さんがわざと少しふざけながらといかけると、暁羅さんはその花束をそっと置きながら答えました。
「花菱草…花言葉は、私の希望を入れてくださいや。オレンジ色の希望の花…ピッタリやろ?暁那。何があっても…最後まで希望だけは消えないって言っとったもんな。」
「だね、だね、どんなにピンチな時でも…希望を持ちなさいって言われたんだよ、だよ!」
「…俺も…何度も起こられてやっと最悪を避けるのではなく…最善を目指すようになれた…。」
「ずっと、必ず良い方向へ迎えるって希望を持ってこの地を選んだんだもんな。」
たまたま震災の年に引っ越した。それは不幸なことだったと私たちは思ってしまう…でも暁那さんはきっとそうとは言わないだろう。誰よりも強く、みんなを思い、諭してきた彼女だから。
暫くの黙祷の後…振り返った暁羅さんの目には涙が浮かんでいた。
手にはまだ、忘れないためにと、自らに刻み込んだ傷痕が残っていた。
「…そばにいてくれて、ありがとう。お前らがいなかったらきっと…もう前に進もうなんて思わなかったよ。」
ずっと…心に寄り添おうとすることしかできなかった私たちは無力さを嘆いていた…それを許された気分でした。
「…当たり前だろ、父さん?例え本気であぁダメだなこいつ…こんなに痴呆が進んで…なんてなってもずっとついているに決まってんだろ!」
「咲也…おまえ…。」
「あ、年に数度やってくる暁羅さんへのデレ咲也っす。」
「うるせー、太陽だって心配して夜中何回も見に行っていたくせに!」
咲也兄さんは、はじめ…父親と慕う暁羅さんの変化に憤りを感じていた。なにもできないことへと、まるで現実から逃げたかのようにも見えてしまう暁羅さんの様子が耐えられなくて…それでもずっとそばにいた。寄り添い、支え続け…心の隙間になんとかして声を届けようとし続けた。
「はは、まだまだお前らには見せなくちゃならない世界がたくさんあるからな…暁那や玲那の分まで…繋げなくちゃならないからな。」
時には…私たちには『時を待つ』ことしかできないこともある。
そんな時に一人だったらきっと耐えることは難しいだろう。だからそっと隣にいてくれたなら…それだけで思いはきっと繋がっていくんだ。
時はなかなかやってこないかもしれない…でも『希望』さえ忘れずに信じていれば、きっとその時はやってくるから…だから、私たちはそれを胸に今日からも未来を…この花菱草のように明るく染めていけると信じて前をむいて生きていきたい。
「空、綺麗ですね。」
「本当…どこまでも、ずっと続いているんだね。」
その声に顔をあげるといつの間にか雪は止み、透き通るような青空が顔をのぞかせていた。
「ほな、みんな撮るでー!」
恒例となった暁羅さんのみんなの成長の様子と思い出を刻むための記念撮影。
自然と並ぶ位置は決まっていて…そこには空白もできてしまったけど…私たちはそこに今は亡きともに戦い抜いた戦友の存在を感じることができる。
走りよってくる暁羅さんを茶化す声が…四年前の頃に私たちを戻すような気がした。
でも、私たちはもう四年前の私たちではない。それは故郷が地震や津波、原発事故で変わってしまったのと同じこと。
…だけど、私たちは傷ついた故郷に寄り添い続けることを決めている。きっと故郷にも『時を待つ』ことが必要なんだと思うから…小さなことでもできることをしながら『希望』を信じて…前へと。
カメラのシャッター音がなる。
笑顔で肩を並べながらそれぞれの空を強く願う未来を胸に描きながら見つめる私たちの新たな今日が刻まれていく。
大好きだよ。
みんなが。
大好きだよ。
この地が。
大好きだよ。
…あなたのことが。
だからずっと…そばにいさせてください。
あれから多くのことが変わり、また先が見えない復興の課題もあちこちで目にすることがありますが、皆様のお力添えに非常に感謝しております。私は自分が被災者と言われるとたまに驚いてしまうのですが…確かに私はあの震災を経験しています。変わってしまった福島のこと、目にした津波の傷痕…黒い袋に包まれた土…色々なことがありました。きっとまだこれからもあります。
私にできることはなんだろう…そう思いながら黙祷の時間がきました。
でも伝えたいのは、やはり感謝です。ここまで戻れたのは皆様のお力添えがあったからです。
ありがとうございます。
それでは震災のお話しということで不快な思いをする可能性もありますので読む場合には、気をつけてください。
~"Memento Mori."~
あれから四年…語らなかったもう一つの私たちの3・11からの物語を、お話ししましょうか。
前向性健忘と言うものをご存じですか?言ってしまえば…それは未来の記憶喪失。
今、こうしてあなたに話していることを数分後には忘れてしまい…また話し出したり、顕著な例をだしますと症状が進むと自分で鍵をかけトイレに入ったことを忘れ、閉じ込められたと騒いだりする等「今」を覚えていられなくなってしまうのです。よくドラマなどで過去の記憶を失ってしまう逆行性健忘症については取り上げられますが…実は本当に起こりやすいのはこちらとも言われています。また、同時に二つの記憶障害が起こることも多くあります。
博士の愛した数式やメメント…最近だと一週間フレンズ等はこちらをモチーフにした映画ですね。
現在、有効な治療法はなく過去の記憶は残るので今のうちから前向性健忘症というものを知り、自分なりになってしまった場合の対策を考えておけば、その記憶は残るためもしかしたら…少しは役に立つかもしれません。
でも…この記憶障害の本当の辛さは…『発症したことに気づくこと』を繰り返されること…。
街の花屋には早咲きの桜が並び始めているのに、この時期はいつも強い風と寒さが身を縛るような気がします。
「…ここに、暁羅を連れてくるのは二年ぶりかな。」
「そうだね、二年…早かったのかな…分からないけど…今年はみんなでこられてよかったね。」
「みんなとは言いましても、もうあなたはどなた?と聞かれるくらい変わってしまった方もいますがね。」
四年…四年もあれば学校を卒業する人も結婚する人も子どもが産まれる人だっている。それが過ぎたなんて少し不思議な気分でした。ここは何も変わっていないように見えるから…。
3月11日…私たちにとって決して忘れることのできない日が、今年も巡ってきました。多くのものを一瞬にして失い…立ち尽くすしかなかったあの日から四年。小高い丘の上にある小さな墓地に私たちはやって来ました。
そこには…私たちの大切なお母さんと大切な甥っ子が眠っています。
「…あの時と同じように…雪がふっていますね。」
渚さんが、澄んだ空気の中を舞う白い小さな雪を見つめています。
お母さん…私たちの劇団の副団長であり、暁羅さんの妹さんの暁那さんは…発達障害を抱えた息子さんと自然に触れあいながら生きる道を選び、豊かな自然のあるこの地へと引っ越し…そして運命の日を迎えました。誰もが必死で…がむしゃらに生きようとしている中…離れた地で仕事をしていた暁羅さんは私たちを励ますために
『みんなの無事は確認がとれているから、各自自分にできるベストを尽くせ。』とメッセージを送りました…本当は連絡がとれていた団員など少なく…そして誰よりも被災地にいる妹を心配していたにも関わらず、私たちを励ましてくれました。
そして…暁那さんたちが津波により行方不明となり、必死に被災地の避難所や警察、病院を探し続けようやく対面できたのはすでに一ヶ月を過ぎたあたりでした。
それでも暁羅さんは、気丈に振る舞っていました。
『帰ってきてくれただけでも、良かったんや。』
…私たちが同じ被災地にいながら生き残ったことに罪を感じないように…決してぬぐいされない気持ちを震災や私たちのせいにはしませんでした。
それが…暁羅さんの心を限界まですり減らしていたことに気がついたのは…さらに時間がたってからのことでした。
少しずつ…彼の記憶は、先へ進むことをやめていきました。
東京の大学院へと編入した咲也兄さんを何度も探したり、太ってしまって体格の変わった私を見る度に驚いたり、修繕された道の意味がわからず何度も迷ったり…極めつけは
『暁那たちは次、いつ帰ってくるんやったっけ?』
私たちは凍りつきました。暁羅さんは、ふざけることも多い方でしたが…決してこういったことをふざけては言わない方でした。
はじめのうちは、咲也兄さんや他の団員がうまく何を言ってるんですか?と聞き返せば、本人もハッとして気がついていました。しかし、それが…日に何度にもなっていったのです。
心理学を専攻していた私は授業で習った前向性健忘症のことを思い出し、医者である珱稚先生や往人さんと相談し…そしてほぼ間違いがないだろうという結論に達しました。
問題は、原因が頭部打撲や所謂若年性認知症の一種となるような脳の損傷によるものなのか…または、眠れないと飲むことのあった薬や強い精神的ショックによるものなのかでした。記憶が戻ることは脳の損傷によるものならば…残念ながら非常に難しいものです。
日々、覚えている時間が短くなっていき繰り返される質問。忘れないようにと常に身につけていたカメラを使用するようにもなった。…それでも…サラサラと記憶が零れていってしまう。
そして…何よりも辛かったのは、何度も暁那さんの死を伝えなくてはならなかったこと。
暁羅さんは何度も何度も…大切な人の死を繰り返し体験しなくてはならなくなったのです。
その時の絶望に満ちた表情は伝える側にとってもひどく痛みを伴うものでした。
いつからか…私たちは正直に伝えることをやめようとまでしました。
それでも暁羅さんは忘れて繰り返すことによる一時的な解放ではなく…文字通り体に刻み込む形をとってまで…その事実を受け止めるように忘れないように足掻きました。
「久しぶりやな…暁那、玲那。」
「二年っすからね~、今頃ハリセン振り回して怒る準備してたかもしれないっすよ?」
「それは参るなぁ…あれを今くらったら今度こそ思い出せなくなってしまいそうや。」
そう…二年…暁羅さんは戦い続け、ただ時を待つのではなく自分の力で記憶の歪みから抜け出したのです。
「様々な原因を考えて…正直、暁羅さんがまた思い出を重ねていけるようになるとは思っていませんでしたよ。」
「はじめこそなんとかせなあかんと必死に動き回って現実から目を背けていたんやろな…気がついたら、心にすっぽりと隙間ができとった。それについて考えれば、考えるほど…隙間が広がって…二年…そこに飲み込まれとったんやな。」
「でも、暁羅さんはそんな中でも俺たちのことばかり心配していましたよ。」
オレンジ色の花束を抱えた暁羅さんが墓前に立っています。毎年、私たちはカーネーションをそなえにきていましたが、今年は本当の現実と向かい合った暁羅さんが花束を選んできたのです。
「お、綺麗だな、暁羅にしては良いセンスじゃん!なんて花だよ?」
咲也兄さんがわざと少しふざけながらといかけると、暁羅さんはその花束をそっと置きながら答えました。
「花菱草…花言葉は、私の希望を入れてくださいや。オレンジ色の希望の花…ピッタリやろ?暁那。何があっても…最後まで希望だけは消えないって言っとったもんな。」
「だね、だね、どんなにピンチな時でも…希望を持ちなさいって言われたんだよ、だよ!」
「…俺も…何度も起こられてやっと最悪を避けるのではなく…最善を目指すようになれた…。」
「ずっと、必ず良い方向へ迎えるって希望を持ってこの地を選んだんだもんな。」
たまたま震災の年に引っ越した。それは不幸なことだったと私たちは思ってしまう…でも暁那さんはきっとそうとは言わないだろう。誰よりも強く、みんなを思い、諭してきた彼女だから。
暫くの黙祷の後…振り返った暁羅さんの目には涙が浮かんでいた。
手にはまだ、忘れないためにと、自らに刻み込んだ傷痕が残っていた。
「…そばにいてくれて、ありがとう。お前らがいなかったらきっと…もう前に進もうなんて思わなかったよ。」
ずっと…心に寄り添おうとすることしかできなかった私たちは無力さを嘆いていた…それを許された気分でした。
「…当たり前だろ、父さん?例え本気であぁダメだなこいつ…こんなに痴呆が進んで…なんてなってもずっとついているに決まってんだろ!」
「咲也…おまえ…。」
「あ、年に数度やってくる暁羅さんへのデレ咲也っす。」
「うるせー、太陽だって心配して夜中何回も見に行っていたくせに!」
咲也兄さんは、はじめ…父親と慕う暁羅さんの変化に憤りを感じていた。なにもできないことへと、まるで現実から逃げたかのようにも見えてしまう暁羅さんの様子が耐えられなくて…それでもずっとそばにいた。寄り添い、支え続け…心の隙間になんとかして声を届けようとし続けた。
「はは、まだまだお前らには見せなくちゃならない世界がたくさんあるからな…暁那や玲那の分まで…繋げなくちゃならないからな。」
時には…私たちには『時を待つ』ことしかできないこともある。
そんな時に一人だったらきっと耐えることは難しいだろう。だからそっと隣にいてくれたなら…それだけで思いはきっと繋がっていくんだ。
時はなかなかやってこないかもしれない…でも『希望』さえ忘れずに信じていれば、きっとその時はやってくるから…だから、私たちはそれを胸に今日からも未来を…この花菱草のように明るく染めていけると信じて前をむいて生きていきたい。
「空、綺麗ですね。」
「本当…どこまでも、ずっと続いているんだね。」
その声に顔をあげるといつの間にか雪は止み、透き通るような青空が顔をのぞかせていた。
「ほな、みんな撮るでー!」
恒例となった暁羅さんのみんなの成長の様子と思い出を刻むための記念撮影。
自然と並ぶ位置は決まっていて…そこには空白もできてしまったけど…私たちはそこに今は亡きともに戦い抜いた戦友の存在を感じることができる。
走りよってくる暁羅さんを茶化す声が…四年前の頃に私たちを戻すような気がした。
でも、私たちはもう四年前の私たちではない。それは故郷が地震や津波、原発事故で変わってしまったのと同じこと。
…だけど、私たちは傷ついた故郷に寄り添い続けることを決めている。きっと故郷にも『時を待つ』ことが必要なんだと思うから…小さなことでもできることをしながら『希望』を信じて…前へと。
カメラのシャッター音がなる。
笑顔で肩を並べながらそれぞれの空を強く願う未来を胸に描きながら見つめる私たちの新たな今日が刻まれていく。
大好きだよ。
みんなが。
大好きだよ。
この地が。
大好きだよ。
…あなたのことが。
だからずっと…そばにいさせてください。
