お互いにそれなりに論文がまとまったということで…咲也君と七海ちゃんはお祝い会をしようということになったのですが、大雪の影響で咲也君は真夜中の到着となってしまったのでした。
いつも恐ろしいスピードでたどり着く兄をも遅らせた今年の大雪は、やはり侮れないのでご注意下さい。

すでにお部屋は電気も消えて真っ暗なので、抜き足差し足忍び足で妹のアパートに潜入をする咲也君。
決して怪しいものではありません…多分。
感覚だけを頼りにベットまでたどり着けるのも…兄スキルなだけで決して怪しいものではありません…多分。
研究室にこもって、睡眠時間も削られていたため
「先に休んでいて」
ということになり、ベットの上では七海ちゃんが毛布にくるまって気持ち良さそうに寝ていたのでした。

「…あーあー…いい年にもなってぬいぐるみ抱き締めちゃって…」

寝ている七海ちゃんを起こさないように、優しく頭をなでなでしながらなんとなく幸せそうな寝顔を眺めているのでした。
ついでに、寝顔マジ天使!とこっそり写メを撮ったりもしましたが…まぁ成長を見守る記録付けであり、決して変態では…いや、変態か。

「しかし…こんだけぬいぐるみやらに囲まれてると狭くないのかな」

ベットの上はほぼ半分がぬいぐるみで埋められています。
そこで、はじめて七海ちゃんが抱き締めているモノがぬいぐるみではないことに気がついてしまったのでした。
それは、七海ちゃんが大好きなたくさんのお兄ちゃんが登場するアニメのキャラクターの一人が描かれた抱き枕だったのです。

「往人の影響か!?往人だな!!…いくらなんでもここまでは踏み込んでいないと信じていたのに…」

抱き枕=往人さんの法則。ちなみに彼はちゃんと同じものを三人は保持しています。

よくよく見てみると…ぎゅーっと抱き締めて足を絡ませたりしているではないですか!
これは、由々しき事態だ!!むしろ羨ましい!!
と大人気なく抱き枕相手にジェラシーを燃やす元人間抱き枕だった咲也君はこれからあり得ない行動にうつるのでした。

何事もなかったかのようにミニパソの電源をつけると何やらカタカタと作業を始めたのでした。
そのまま電気もつけずに朝まで…決して(以下略)

「ふぁ~…あり咲也兄さん?」

「おはよう、七海。」

「着いたなら起こしてくれたら良かったのに~私、これから研究室行かないとだよ…」

さりげなくミニパソを見えないように閉じると、爽やかな笑顔を浮かべるのでした。

「送ってってやるよ、んで俺も準備したいもんあるから…終わったら迎えに行くから連絡して、な?」

ワタワタと支度を始める七海ちゃんを見ながら怪しく微笑む咲也君。

「じ、じゃあ…すいません、なるべく早く終わらせてくるね!」

「気にすんな、頑張ってこいよ!」

そうやって見送ったあと、彼は非常に真面目な表情を浮かべ…

「…さて…準備するか」

誰にともなく呟くと、一人暗躍し始めたのでした。

~~~数時間後~~~

久しぶりの七海ちゃんの手料理を食べ、つかの間の兄妹タイムを楽しむ二人。
なんだかいつになく幸せそうな光景が逆に不安を覚えさせます。
涼風において、何もないことほど不穏なことはないのですから…。

「なな、疲れてるだろ?お風呂いれてやったから入りな」

茶碗を洗っていた七海ちゃんが驚いて振り返ります。
「えぇ!?なんだか今日迷惑かけすぎててわ、悪いよ…兄さん先に…わわ?!」

そのままぎゅーっと抱き締められて、洗い物を思わず落としそうになります。
久しぶりにしかも突然すぎる甘いモードに頭が爆発しそうな七海ちゃん。

「いいから…先にはいれ…」

「は、はい(こく、こく)」
そのまま熱に浮かされたようにゆらゆらした足取りでお風呂へとむかう七海ちゃんをじっと見つめ…不敵に笑う姿はなんだか怖いものがあります。

「今日の兄さん…なんか変だよ…ど、どうしよう不整脈が…止まらない…いや、脈止まったら死んじゃうか…うっうー…」

お風呂にほぼ顔の半分まで浸かりながらブクブクと七海ちゃんも湯だっています。あーじゃない、こーじゃないと悩みながらも…いつまでもはいっていられるわけでなく意を決してお風呂からあがる覚悟をしました。

「に、兄さん…お風呂あがりました…あれ?兄さん?」

タオルで髪をぱんぱんと叩きながら、部屋を見渡してもいるはずの兄がいないのです。

「…?コンビニにでも行っているのかな?」

少し、ホッとしてベットに身を預ける七海ちゃん。
様子のおかしかった兄について整理しようと思ったのですが…ぐにゃとした変な音が。

「ふぇえ!!」

ベットが今までにない感触で悲鳴をあげたのです。

「な、なに!?」

慌てて確認すると…ベットと言うより、抱き枕として使っている棗さんの触り心地というか…なにもかもがおかしいのです。
サイズが大きくなっているというか、妙にゴツゴツしているというか…というかなんだか荒い呼吸音がするというか!?
思いっきりベットから飛び退き、ドアをあけて台所で震える手で包丁を装備します。

「な、なに?あれ、人間?おかしいよ…泥棒?変質者?」

ハッと横を見ると、ごみ袋の中には棗さんの抱き枕が丸められていました。
やはり、あれは私の棗さんじゃない!!と震える体でもう一度確かめに行く覚悟をしたのです。

「…そうだ、咲也兄さんに電話…変な人が…」

ベットの前の机においてあった携帯をそっと手に取り天に祈る気持ちで、兄の番号をコールします。

…兄さん、電話ですよ♪早くでないとー♪

「…えっ…まさか…」

何故か目の前の不審極まりない物体から「電話の着信用に無理矢理言わされた自分の声」が鳴り響いているのです。
と言うことは…この不審な棗さん抱き枕?のなかにいるのは……。

何かの切れた用な音がして、七海ちゃんは瞳の色をなくした目で笑いながら包丁装備でもう一度ベットに戻りました。

「ふふふ…棗さん、裏は梓さんなんなんだよね…ぎゅーってしちゃおうかなぁ、咲也兄さんもいないことだし、チューもしちゃおうかなぁ」

優しく抱き枕を撫で撫で、次の瞬間グサッと言う音とともに抱き枕の空白部分に包丁が刺さったのでした。そう…撫でたのは、人間がいない部分を探るため。

「うぁ!!」

思わずあがった声は間違いなく咲也兄さんのものでした。

「…兄さん、何をされているのですか?」

「え、遠慮しないで抱き締めたりスリスリしてくれて良いんだよ…ただの抱き枕だから」

「ふふふ…ごみ袋のと交換しなくちゃ」

「俺の頑張りを捨てないでくれ!!」

「…捨てるのは中身ですから。」

七海ちゃんの冷酷な微笑みがいつまでも、闇に輝いていたのでした。

ちなみに咲也君はパソコンで抱き枕のイラストを作り、布に印刷をして、慣れないミシンで必死になって自分がはいれる抱き枕を作り上げたのでした。
…相変わらず、ベクトルがズレまくっている愛情なのでした。

「…頑張りは認めますが…私の棗さんをごみ袋にいれた罪は重いのです。」

「すいませんでした…」

その夜は、正座した抱き枕と今後について語り合う七海ちゃんの姿がずっとカーテンにうつっていたとかいなかったとか。
こうして、抱き枕の怪異はあちこちで行き過ぎた愛情として一部で語り継がれることになったのでした。