『みんなで、はりうっど!!』

何年か前に涼風の団員みなで撮った写真。
いつもそばにおいとる、長谷川暁羅の最高傑作やった写真や。
ふと見上げた時に落ちてきた、写真の中に幼さが目立つ文字でここぞとばかりに書いてあったんや。
楽しかったな…こらえとったんに…切なくなってしもうた。今ももちろん楽しい…せやけど、昔ってのはなんでこんなに心を揺さぶるんやろうな。

あん時、まだ小学生だった七海と中学生になりたての咲也を前に

「今年の目標は、ハリウッドやで!みなで、協力して世界を見返してやるんや!頑張っていこうやないか!」

今でもしっかりと覚えとるんや。

大きな目をくりくりさせながら、まだまだあどけなさが残る七海が楽しくて仕方がない!といった感じで見ていて…咲也は、逆に嫌に大人びたような冷めた目で俺をみとったんや。

「兄さん、兄さん、ハリウッドって、ディカプリオさんがいるとこですか?」

ぴょんぴょん、元気に飛びながら咲也の袖を引っ張った七海を…困ったように咲也が見とった。また余計なことをいってと…俺に呆れながら。
二人の絆の強さは、俺からしてもイレギュラーなことやった。いつしか、二人で一緒やないと生きとれんようになっとった。
それは危険なことでもあったさかい、忠告をしてくる団員も多かった。

『バランスが崩れたら、大変なことになってしまう。』

せやけど、俺はべつにかまわへんと思っとった。
きっと、バランスが崩れたとしても止められると信じとった。
なによりな。気がついてないかもしれへんけどな…二人を見とると、みんながほんまに自然に笑うからや。

まわりの団員たちも、二人が仲良さそうにやりとりをする姿を微笑ましそうに見つめとったんや。

「そうだな…いろんな俳優さんがいる場所だな。」

「すごぃ!すごぃ!ななたちもそこで有名になるの?」

それは無理だな。
と言いたそうだった咲也が言葉を詰まらせとった。
確かに、ハリウッドになんかいけるはずなんかないんやけどな…俺は、大人の事情に振り回されて生きてきとったこいつらに、夢を見ることを諦めてほしくなかったんや。

限界を、自分で決めるんやない。
そんなもんは、ぶち破れ!どんなに大袈裟でバカだと言われてもそれだけを伝えたかったんや。

「団長命令や!今年は、涼風もハリウッドデビューやで!」

そうやな。
俺の言葉に、みんなが顔を見合わせたあと…頷きあって『了解!』って言った…あの日を、俺はこれから先になにがあったとしても、一生忘れたりなんかしないと…誓ったんや。


「ふ~…こんなものやろか…」

フリーのカメラマンとしての仕事に集中するためにしばらくパソコンとだけ見つめあっていて、こった肩をほぐしながらコーヒーでも飲もうかと、立ち上がると不意に携帯が鳴り出した。
画面を確認すると、今、涼風の団長を任せとる黒崎の名前があった。
…それと同時に気がつかなかったがなにかメールやお知らせがたくさん着ている。

「なんや~黒崎」
「暁羅さん!!良かった…繋がって良かった…良かった…」
「ど、どないしたんや?黒崎…」

明らかに様子がおかしかった。今にも泣き出してしまいそうやないか…嫌な予感が体を走る。
まさか…団員たちに何かあったんか?

いや…現実は…もっと…もっと過酷なものやった。

「落ち着くんや、黒崎…何があった?あいつらに…団員になんかあった…」

「それどころじゃないんです!!暁羅さん…テレビかなにか見ていないんですか!?とにかくテレビつけてください!!地震があったんです…すごく…すごく大きい!」

机の上を焦って探しとるのに…片付けとらんかった書類やらが散乱しとってなかなかリモコンが見つからない。
やっと見つけた…電源をつけた瞬間…俺は…俺は…目の前の光景を疑わずに入られなかった。

俺らの…思い出の町が…場所が…まるで映画のように…壊れて…いる…

「…黒崎…今、どこにいるんや…」

「仙台駅前です…会社全員で避難所にむかってます…」

「怪我はないんやな?」

「はい…ですが、他の団員たちと連絡がとれなくて…俺は仮にも団長なのに!!なんにもできなくて……うわっ!!」

時おり、周りから悲鳴のような声が上がっているのが聞こえてきとった…今も、強い余震があったらしく、黒崎の声にも明確な恐怖が読み取れとった。

恐らくこの映像のなかにいるんや…。

まずい…。
俺は、被災地から離れた位置でホテルにこもって仕事をしていた。
それに対して、黒崎は自分自身が被災地…それも震源地にいる。
今、黒崎に団長として冷静に団員の安否確認をしろというほど酷なことができるはずがないやないか。

「俺、俺…どうしたらいいですか!!電話もやっと暁羅さんに繋がっただけで…団員は…多くが…宮城か福島に…」

あの混乱したタイミングに電話が繋がったということは被災地から離れていたからやろうか…どちらにしてもそれは不幸中の幸いというやつやろう。

「…黒崎、落ち着くんや。おまえはまず自分の安全を確保しろ。他の団員たちの安否は俺が確認するさかい…大丈夫や、みんな悪運の強いやつらやから…」

「でも、俺だって…団長として…」

どこまでも…正義感の強い真面目なやつや。

「わかった…なら、黒崎おまえは駅前で情報を把握しろ。俺もすぐに、そっちにむかうさかい!!合流して対策を考える…いいか?」

「…わかり…ました。」

「絶対に…無茶な行動はするなよ。」

「…了解しました…。」

不安に押し潰されそうなんが伝わってきた…正直、俺も不安で不安で…情けないくらいに声も手も震えていた。
でもな…俺は元団長として…あの個性豊かすぎる大切な子どもたちの父親として守らなあかん。
俺がしっかりせんかったらみな、どうしたらええかわからんやろ。

電話を切ると、片っ端から荷物をまとめ、団員たちにあらゆる手段を使って連絡を試みながらタクシーをひろった。

「なんだか…大変なことになっているみたいですね。」

かけられた話題は、当たり前のようにまだ情報が掴みきれない大地震についてやった。
ラジオから聞こえる尋常じゃない状況。…おかげで震源地や震度など少し情報が整理できてきた。

「宮城県…気仙沼市では…津波が…」

そこで…俺は…気が狂いそうになった。
気仙沼…には、俺の妹とその子どもが…引っ越したばかりやった。
携帯は繋がらない…さらに手が震える。冷や汗が止まらなくなってくる。

「あの…お客さん、大丈夫ですか?」

あまりに顔色が悪かったのだろうか…運転手が声をかけてきたが、ひきつった顔で頷くしかできへんかった。

妹…暁那の子どもには発達障害があり…少し落ち着いた土地で二人でゆっくりと向き合って過ごしてみたいと…あいつが…母親の顔をして語った時の頼もしさと、なにか寂しさが混じった気持ちがぐちゃぐちゃと頭の中をしめていくのを止められへんかった。

『兄さん…玲那はね、海が好きなの。波の音とかね。私も…少し人混みから離れて、この子と歩幅、あわせてみたいって思うの。』

涼風の頼りない父親が俺やった。
頼りない父親がふらふらしとる変わりにいつも副団長として暁那が厳しいけど優しい母親をしとってくれた。それがいざ自分が本当の母親となったときに迷い…悩んどったときに、涼風の子どもたちが背中を支えてくれとった。
咲也と七海は玲にとって忙しいお母さんのかわりにパパとママとしてよく世話をやいてくれとった。

『しかしなぁ…気仙沼はなにかと不便やないか?』

『いいのよ、それが。その方が…玲と二人で考えていける。それに頼りになる子どもたちもいるしね。』

だから、暁那は涼風の団員たちから大きく離れる土地は選ばんかった。俺もそれを頼もしくおもっとった。
ピルピルピ!!

ハッとして、携帯を見ると何通かメールが届いとった。電話はダメでもメールは多少なんとかなっているみたいや。

亜水弥、藍音…信也、太陽…七海……ほっとする反面…たったこれだけしか連絡がついていないことに寒気がした。
そして、みな…涼風の家族の安否を気にかけていて、このままでは自分のことすらないがしろにしてしまいそうやった。

目頭が熱くなる。
涙を抑えるために、ギュッと強く眉間に力をこめた。
なにもしてやれない。
不安で、恐怖で、そのなかでも互いを心配しながら…携帯を握りしめているであろう団員たちに…なにもしてやれない。

無事でいてくれ。
どうか…今は、自分の命を………
俺は、携帯のメーリングリストを開いた。これで、涼風の団員みんなにメールが届くはずや…

『情報収集をしとる黒崎にかわって暁羅から団長命令。
団員全員の無事は確認できとる。
各自、自分の命を最優先にすること。』

団長命令は絶対や。

なんていう嘘つきや。
でも…今、俺にできることなんてイタズラに不安を煽ることなんかやない。
一人でも多くの団員を安心させ、もう一度みんなでたわいもないことで笑いあうために…

「堪忍してや…嘘つきなお父さんを…」

祈るように、携帯を握りしめながら…俺は迷いながらも震災後はじめての
『団長命令』
を送った…。


車内の沈黙が…ひどく痛く感じた。

「…お客さん、どこまで行かれるんですか?」

「とりあえず…仙台まで…じゃなくて、すいません!駅までお願いします。」

つい最終目的地を口にしてしまった。果たして…東京までは行けたとしてもその後の交通はどうなっているんやろうか。
ふと、タクシーの運転手がメーターを切るのがわかった。
呆れて…降ろされるんやろうか?

「…ガソリンを買ってきます。お客さんも食料とか毛布準備して30分後に合流しましょう。」

「なんや…て?」

「被災地に…大切なかたがいるんでしょ?私もね…阪神淡路、体験したんですよ…あの時、迎えに来てくれた暖かい人たちがどんなに嬉しかったか…今でも忘れられませんし、きっと一生…忘れません。」

ミラー越しに笑いかけてくる運転手の姿に堪えていたはずの涙が、こぼれていくんを感じた。

「だから、恩返し…いや、あの時無力だった私が何かできるかもしれないなら、それはきっと今なんですよ。お願いします…行けるところまで…お客さんをおくらせてください。」

時間はかかるし、道がどうなっているかわからないですけどね、と付け加えて運転手が振り替えって俺を見つめた。
本当に真摯な瞳に…胸を掴まれたような気分だった。

「おおきに…おおきに…ありがとうございます!!」

「ほら、いいから早く必要なものをお互い揃えてきましょう。被災地では雪が降ってきてるって言ってましたし…暖かくできるようにしてあげてください。荷物だけはつめますからね。」

運転手が車を駐車場に停め、時間を約束し走っていく後ろ姿を見ながら…俺は…幸せ者やと思った。
こんな未曾有の状況のなかで、不安に押し潰されそうになっていた俺を…ただ乗り合わせただけの運転手が支えてくれとる。

「だから…出会いに…無駄なものなんかないんや…大切にせなあかん…」

よく、口癖のように団員に言っていた言葉を自分に言うときがくるなんてな。

繋がっているはずの空が…どこか暗く感じた。見上げた空の先に、何が待っているのか…想像すらつかなかったけれど、水…食べ物…毛布…俺が離れていた地にいるからこそ準備できるものを。

「待っててな…必ず父さんが行くさかいな。」

そうしたらまた、あの怒る気すらなくなるくらいに底抜けに明るい笑顔を見せてくれよ。

……一人もかけることなく。

願いを込めて、見上げた空を降りきるように…俺も走り出した。
一分、一秒でも早く。

これから、知ることになる運命を振り払うかのように…ただ、今だけを見つめた。