携帯電話を片手に持ちながら、スーツにまだ収納臭さの残ったコートを羽織った男がため息をつきながら、早足に駅前を歩いていた。気がつけば、また街はこの時期特有のきらめきを放っている。

「はぁ…最近、俺の使い方荒いよな~…一応団長なのに下から買い出しまかせられるっと。」

と言いつつも、なんだかんだで自分が一番駅前に近い位置で働いているからと、文句を返すこともなく、メールを承諾してしまうあたりがなんとも彼らしい。
というか、初めから買い出し頼まれていたような気がするのは深く考えてはいけない。
ちなみに、本日のメールは毎度彼を悩ませるトラブルメーカー七海ちゃんから、資料…と言う名の娯楽品を買いに行ってほしいと言うものだった。

ちなみに、メールの内容は
『黒崎さん!!ぶらこん…間違いなくきます(*^-')bワコウーワコウー(^-^)v』

………これだけで、意図するものが分かるようにならざるおえなかった彼には、なんというか申し訳ないと思わなくもない。

「迷わなくなったし…慣れとは恐ろしいものだよなぁ~」

なんだかんだと軽くため息をつきながら、やや魚臭い階段をのぼる。
最初こそ、スーツで足を踏み入れることに場違いさを感じて無駄に入り口前をいったり来たりしていたりもしたが、一度入ってしまえば案外慣れるものだと、それからは比較的すんなりとミッションを達成するようになった。

確実にレベルアップしてるよ、やったね、黒崎さん☆
「ぶらこんっと…でも今回、雑誌とかグッツなのか書いてないな~」

わざわざ頼んできたのだから、発売日が近いであろうことはわかる。
しかしさすがにまだ、店員さんに聞けるレベルには達していないらしく、詳細を求めるメールをうちながら、とりあえず新刊を見て返信を待つことにした。

「ほぉ、これって原作漫画だったのか…」
「へぇ~、映画にもなるんだなぁ」
「…うぁ…なんかこれは…藍音さんが張り切っちゃいそうだな」

しばらく、なんとか時間を潰していたがうろうろする場所を見失い、だんだんと言動が怪しくなっている。

「………さすがに手持ちぶたさだ!!」

うん。
気持ちは分かるけどでも、それ口に出していっちゃうとさすがに怪しいよ♪

「仕方ないなぁ…こういうのはたしか奥の方だったよな…」

苦し紛れに携帯電話を何回も確認しながら、店の奥の方(乙女向けコーナー)へと渋々歩いていったら……彼は出会ってしまったのでした。

「!!…っあははは…」

とある王子さまたちが微笑んでいる棚を前にして、明らかに浮いているスーツの男が肩を振るわせ始めたので、まわりの女の子たちがちょっと目を丸くしているのが印象的でした。

そこには、『仙台にプリンスさま』が誕生したというポップが…。

「そういうことなのか…くろさき…どこまでも…どこまでもこの名字が…あぁ…婿になろう…斎藤さんあたりの婿になれば…いいんだ…そうだ…うん…」

視線をそらすと…そのままキレイにターンをして棚を背に、ツカツカと歩いていってしまったのでした。

「…斎藤…佐藤…鈴木…山田…佐々木…あー青木なんてのもいいなぁ…青木いち…」

念仏のように呟きながら、ひたすらに出口へと向かって歩き続ける。

…どうして、そこで長谷川っていってあげないのかな?
また、お父さん…泣いちゃうよ?

「はぅ~!!聞いた?聞いた?七海ちゃん!!黒崎さんは太陽君のお嫁さんになりたぃんだって~!!」

「しっー!!藍音さん、あんまし、あんまし騒ぐとさすがにバレるから!!」

「でも、でも、青木のあとに自分の名前つなげるなんて…これはらぶ!!だよ、だよ!!」

そっと、反対側の雑誌コーナーの角から顔を覗かせる…お使いを頼んだはずの人たち。

どーしても、彼に新しくうまれたプリンスさまの存在を知ってほしくて仕方がなかったらしい。

「後ろ姿に…なんだか、公園でパンをハトにあげてる疲れたサラリーマン的な哀愁を感じたのですが…」

「でも、でも~これでうちの黒崎さんとみんなの黒崎先輩が無事にファーストコンタクトをはたしたのを見届けたのかな、かな?」

きひひ…っと密かに撮っていた写メを見ながら満面の笑みを浮かべる藍音さん。怯えた黒崎さんと、イケメンなスマイルプリンスさま。

「…よ、予想以上に…トラウマを残してしまったみたいですけどね。」

と言いつつも、口許から完璧に笑いがこみあげはじめてしまっている。

こうして、うちの黒崎さんはフルネーム拒絶だけでなく名字すら拒絶することになったのでした。
もはや、なんと呼んであげたらいいのやら…。

「黒崎ってカッコイイ名字だと思うんですけどね~」
「ふふ…これも運命なんだよ、だよ♪」

二人が後ろ姿を見送りながら、なぜかタイミングよく行くとこ行くとこで、黒崎という名字が待ち構えている男性の未来を…より楽しくなるように祈られていることを彼が知ることになるのは…ずっと先のことになりそうなのでした。
むしろ…すっといじられ続けるのだけは確かです。

「…どうして…よりにもよって仙台にまいられてしまったんだよ…俺、勝てないって…」

…どうやら、本人なりには名字がおなじな素敵なプリンスさまと戦おうとしていたみたいな気持ちもあったらしいと言うことは、あとから、本人がボソッと口走ってしまうまで、誰も知らないままなのでした。

うちの黒崎さんは、今日も何か別の次元に置いて…必死になって前を向いて頑張っていることだけは確かな真実なのでした。