『あなたの子供を辞めました~母親から虐待を受けた少女が、救われるまでの手記~』
震災などのあとは、虐待やドメスティック・バイオレンスが増える傾向があるそうです。
そんな今を強く生きる方の人生ー。
ご縁がありまして、作者かつ虐待からのサバイバー中井宏美様から紹介をうけておりました本
です。
心理学専攻の私、そして家族や社会のなかで揺れ動いている私にとって貴重な出会いであることに感謝しております。
ありがとうございます

『実の母親からの辛い仕打ち(肉体的にも精神的にも)家族とのあり方、断ち切るということ』
読んでいて、思わず文句を言いたくなったり、そうすることしかできなかったことや信じ続けることを止められなかった…その辛さだけではなく、断ち切る勇気からアドバイスまで本人の手によりここまでしっかりと書かれている本はなかなかないと思います。
興味を持たれた方は是非、手にとってみてください。カバーの少女が印象的です。
中井宏美様のブログはこちらです↓
児童虐待のその後を考える
子どもたちのために頑張っておられる姿をかげながら応援しております。
本の感想と言うとあれなのですが…私、書評はできないタイプです(-_-;)
特に手記にあたりましては『生きることの術』
本来なら交わることができない人生を体験させていただけるものなので興味を持たれた方は私の紹介を読むよりも実際に読んでいただきたいです。
マガジンハウス発行で、うちの大学
にも最近図書室にはいってました(__)
書店でも目立つ位置にありましたので、めくってみられることをオススメします。
ーーー
実は、紹介いただいてさほどたっていない時に読み終わったのですが…考えさせられる部分が多く、まとめに年をこしてしまい後悔しています。
理不尽な対応など、毒すぎる姿が鮮明にかかれていますので自分の気持ちに余裕がある時に読むことをお薦めします!辛いからではなく、それをしっかりと自分で考える作業の必要性が大きい内容だからこそです。
ーーーー
本当の痛みを知っているか?
痛みを知っているつもりになっていないか。
ちょっと記憶が曖昧ですが私のなかで一番「虐待」を突きつけられたのは
『隣の家の少女』
という外国の虐待による事件を元にした小説です。映画化もされましたが…読んでいる自分も
『虐待を黙認してしまった』
そんな気分になる衝撃的な一冊でした。なぜ、これをあげたのか。別に『隣の家の少女』は読まなくてもよいのです。
対比として出させていただきました。
『隣の家の少女』は
『あずけられた家庭』
対して
『あなたの子供を辞めました』は
『特別なことはない家庭』私たちはどこかで「虐待を自分の日常」から離れた存在とすることがあります。
著者さんも
幼い頃から母の言葉や他の兄弟との対応のちがいに
「おかしいな?」
と思いながらも愛を信じたと書かれていました。
大人になっても何度繰り返してももしかしたら…。
当事者すら気が付くことが難しい…特に実の親であればなおさらです。本当は特別ではなくすぐそばにもありえるのです。
意地悪な継母は本当は実の母だった。おとぎ話でもタブー視されたり、また日本においては
「家庭の問題」
は外に出さない文化があります。
子供の供は所有物のようだと近年では差別とし「平仮名」にすることもあるくらいに大きな問題となってきています。
うちの大学の講座名も「児童福祉論」にいつの間にか「家族」も含まれるようになっていました。
社会との関わりかたを学ぶ基板としての家族。
子どもが元気に育つには「家族」や「社会」はかかせないのです。
「身体」「精神」「性的」「ネグレクト」虐待のニュースも多くなってきました。子どもにとって(私もまだまだ子どもですが)親は偉大な存在でありながら、絶対です。
「愛されないのは自分が悪いから」
と外に出すことは少なく、気がついた時には取り返しがつかないケースも多いと報告されています。
心理的な虐待はその中でもさらに発見することが難しくなります。身体が傷つくのと同じように心も傷つくのに…見えないために知らぬ間に傷だらけになってしまうこともあります。
(余談。『輪るピングドラム』という作品の『子どもブロイラー』『透明』と言う描写がよく書かれているので物語りですがオススメします)
どんなに痛くても、辛くても、悲しくても…愛してほしくてもがいている序盤の姿には、なんとかして手を届けてあげたくなります。また、私自身のことも…無意識に家族を傷つけたことや遊んでほしい、他人の家を羨んだことを思い出しました。少なからず誰もが経験 するでしょう。
しかし私の世界とは違う。当たり前ですが、私には
「大変だったね」
とその痛みを想像することしかできないのです。
施設の子はもっと大変。と我慢してしまったと言うのが…人にはそれぞれの辛さがある。
泳ぐのが得意。
数学が苦手。
それと同じで辛いときは、遠慮しないで話せる場所や人が必要です。
その為には悲しみがあることを知らなくてはなりません。
「幸せ」は他のものがあるからなりたつ感情で、自分しかなければ比べる必要はないのです。痛みを知っている方はその分強さになり、他人を思えるのだと思います。
幼い頃の苦しみ、思春期の女の子なら誰もが分かるような理不尽な女の子のルール。抵抗することをやめ、暴力に心を遠くすることで身を守る。
親はいつからか確実に年をとることに気がつき、自分も大人へと近づき
『与えられなかった感情』を誰かに、何かに求めていく。できあがらなかったり、足りなくなった人間関係の分までどこかへと転移して、気がつくとなにかにとらわれる。
大学生時代のダメだとわかっても別れられない思いも「依存」としていますが
肉体的な関係から
『見える形』
での愛情を求めて、手を伸ばしている。仕事や病院、生きていく道を探すのは通常ですらきついことですが、それを乗り切って結婚、そしてこの様に
「客観視」
した上で、向き合って書かれた本から、自分の幸せを見つけてほしいと同時にどうか先の未来で少しでも片思いが通じてくれることも祈っています。
最後の母親への手紙に強さを感じました。
虐待は連鎖する。とも言われますが自分で道を切り開いたこと、そして経験を伝えていく姿からは今もどこかで悩んでいる少女たちを救う立場になると感じました。
私も、この一冊から自分や家族について改めて考えさせていただきました。
下手くそで転んで泣いたとしても自分の思いを伝えられるように。
すぐそばにある大切なものを、忘れないように。
ーー
乱文すみません。
今後の活動や頑張っていらっしゃるすべての方を応援しています。
もちろん、私も頑張っていきます(^-^)/
震災などのあとは、虐待やドメスティック・バイオレンスが増える傾向があるそうです。
そんな今を強く生きる方の人生ー。
ご縁がありまして、作者かつ虐待からのサバイバー中井宏美様から紹介をうけておりました本
です。心理学専攻の私、そして家族や社会のなかで揺れ動いている私にとって貴重な出会いであることに感謝しております。
ありがとうございます


『実の母親からの辛い仕打ち(肉体的にも精神的にも)家族とのあり方、断ち切るということ』
読んでいて、思わず文句を言いたくなったり、そうすることしかできなかったことや信じ続けることを止められなかった…その辛さだけではなく、断ち切る勇気からアドバイスまで本人の手によりここまでしっかりと書かれている本はなかなかないと思います。
興味を持たれた方は是非、手にとってみてください。カバーの少女が印象的です。
中井宏美様のブログはこちらです↓
児童虐待のその後を考える
子どもたちのために頑張っておられる姿をかげながら応援しております。
本の感想と言うとあれなのですが…私、書評はできないタイプです(-_-;)
特に手記にあたりましては『生きることの術』
本来なら交わることができない人生を体験させていただけるものなので興味を持たれた方は私の紹介を読むよりも実際に読んでいただきたいです。
マガジンハウス発行で、うちの大学
にも最近図書室にはいってました(__)書店でも目立つ位置にありましたので、めくってみられることをオススメします。
ーーー
実は、紹介いただいてさほどたっていない時に読み終わったのですが…考えさせられる部分が多く、まとめに年をこしてしまい後悔しています。
理不尽な対応など、毒すぎる姿が鮮明にかかれていますので自分の気持ちに余裕がある時に読むことをお薦めします!辛いからではなく、それをしっかりと自分で考える作業の必要性が大きい内容だからこそです。
ーーーー
本当の痛みを知っているか?
痛みを知っているつもりになっていないか。
ちょっと記憶が曖昧ですが私のなかで一番「虐待」を突きつけられたのは
『隣の家の少女』
という外国の虐待による事件を元にした小説です。映画化もされましたが…読んでいる自分も
『虐待を黙認してしまった』
そんな気分になる衝撃的な一冊でした。なぜ、これをあげたのか。別に『隣の家の少女』は読まなくてもよいのです。
対比として出させていただきました。
『隣の家の少女』は
『あずけられた家庭』
対して
『あなたの子供を辞めました』は
『特別なことはない家庭』私たちはどこかで「虐待を自分の日常」から離れた存在とすることがあります。
著者さんも
幼い頃から母の言葉や他の兄弟との対応のちがいに
「おかしいな?」
と思いながらも愛を信じたと書かれていました。
大人になっても何度繰り返してももしかしたら…。
当事者すら気が付くことが難しい…特に実の親であればなおさらです。本当は特別ではなくすぐそばにもありえるのです。
意地悪な継母は本当は実の母だった。おとぎ話でもタブー視されたり、また日本においては
「家庭の問題」
は外に出さない文化があります。
子供の供は所有物のようだと近年では差別とし「平仮名」にすることもあるくらいに大きな問題となってきています。
うちの大学の講座名も「児童福祉論」にいつの間にか「家族」も含まれるようになっていました。
社会との関わりかたを学ぶ基板としての家族。
子どもが元気に育つには「家族」や「社会」はかかせないのです。
「身体」「精神」「性的」「ネグレクト」虐待のニュースも多くなってきました。子どもにとって(私もまだまだ子どもですが)親は偉大な存在でありながら、絶対です。
「愛されないのは自分が悪いから」
と外に出すことは少なく、気がついた時には取り返しがつかないケースも多いと報告されています。
心理的な虐待はその中でもさらに発見することが難しくなります。身体が傷つくのと同じように心も傷つくのに…見えないために知らぬ間に傷だらけになってしまうこともあります。
(余談。『輪るピングドラム』という作品の『子どもブロイラー』『透明』と言う描写がよく書かれているので物語りですがオススメします)
どんなに痛くても、辛くても、悲しくても…愛してほしくてもがいている序盤の姿には、なんとかして手を届けてあげたくなります。また、私自身のことも…無意識に家族を傷つけたことや遊んでほしい、他人の家を羨んだことを思い出しました。少なからず誰もが経験 するでしょう。
しかし私の世界とは違う。当たり前ですが、私には
「大変だったね」
とその痛みを想像することしかできないのです。
施設の子はもっと大変。と我慢してしまったと言うのが…人にはそれぞれの辛さがある。
泳ぐのが得意。
数学が苦手。
それと同じで辛いときは、遠慮しないで話せる場所や人が必要です。
その為には悲しみがあることを知らなくてはなりません。
「幸せ」は他のものがあるからなりたつ感情で、自分しかなければ比べる必要はないのです。痛みを知っている方はその分強さになり、他人を思えるのだと思います。
幼い頃の苦しみ、思春期の女の子なら誰もが分かるような理不尽な女の子のルール。抵抗することをやめ、暴力に心を遠くすることで身を守る。
親はいつからか確実に年をとることに気がつき、自分も大人へと近づき
『与えられなかった感情』を誰かに、何かに求めていく。できあがらなかったり、足りなくなった人間関係の分までどこかへと転移して、気がつくとなにかにとらわれる。
大学生時代のダメだとわかっても別れられない思いも「依存」としていますが
肉体的な関係から
『見える形』
での愛情を求めて、手を伸ばしている。仕事や病院、生きていく道を探すのは通常ですらきついことですが、それを乗り切って結婚、そしてこの様に
「客観視」
した上で、向き合って書かれた本から、自分の幸せを見つけてほしいと同時にどうか先の未来で少しでも片思いが通じてくれることも祈っています。
最後の母親への手紙に強さを感じました。
虐待は連鎖する。とも言われますが自分で道を切り開いたこと、そして経験を伝えていく姿からは今もどこかで悩んでいる少女たちを救う立場になると感じました。
私も、この一冊から自分や家族について改めて考えさせていただきました。
下手くそで転んで泣いたとしても自分の思いを伝えられるように。
すぐそばにある大切なものを、忘れないように。
ーー
乱文すみません。
今後の活動や頑張っていらっしゃるすべての方を応援しています。
もちろん、私も頑張っていきます(^-^)/
