バレンタインは一年に一度の素敵なイベント。もちろん、それをしないなんてことはできません。

「しっかし、毎年のことながら・・・この砂糖やら小麦粉の量は異常だよな。」
「まったくっすね。」

「今年も張り切ってんだな・・・お疲れ様だ。」

しかし、それと同時にバレンタインはあらゆる意味で涼風にとっても戦争だったりするのだ。
業務用としか思えないほどの材料を抱えて、台所まで運ぶのが力仕事しかすることのない、男性陣の仕事である。

「えっと!次は、亜水弥姉さんは湯煎を!渚さんは小麦粉をふるいにかけてください。」

台所で指示をとばすのが、料理についてを取り仕切ってきた七海ちゃんのお仕事である。
バレンタインは男性陣がチョコレートを受けとるイベントと同時進行で女性陣がチョコレートを配るイベントでもあるのだ。
これがなかなか難問なのである。なるべく美味しく、簡単に・・・そしてコストを落とさなくてはならない。

「・・・だーー!」

「うわーっす!!」

太陽君が、卵を運んでいるといきなり亜水弥さんが包丁を高く振り上げたのだった。
次の瞬間に、ドスッ!!と言う音と共に包丁は板チョコを粉砕しながら、まな板へと貫通したのだ。

「な、なにごとだよ!」

ぶるぶる震えている太陽君の横から、咲也君が小麦粉の段ボールを抱えて中を覗き込むと、今にも真っ黒に染まりそうな瞳を虚ろにしながらぶつぶつと亜水弥ちゃんが何かを呟いていた。そのあまりの負のオーラに思わず一瞬、ひるんでしまう。

「・・・だいたいね、私はこういう細かい作業は嫌いなわけ。なのに何時間もひたすらに刻むは・・・形を作ればアメーバと言われるわ・・・あんたら、貰うだけだから・・・わかんないでしょ・・・」

あんたらのあたりで太陽君と咲也君がビクッとしている。
ドスッ!ドスッ!
チョコレートが粉々になっていく。

「これだからやだ・・・たくさんもらえるだけなら、さぞかし楽しいんでしょーね。」

ここは、早く逃げるべきだと悟った太陽君が卵を机に置いて先に台所をでる。
咲也君は小麦粉を運びながらこっそりと七海ちゃんに問いかけたのだった。

「なぁ、亜水弥は休ませた方がいいんじゃ・・・」

「・・・大丈夫です。亜水弥姉さんがご乱心になるのは例年のことですから。」
ふと、見上げた瞳からはこれまた光が消えてしまっていた。
彼女も、彼女なりにずっと小麦粉やらチョコレートに向かい合っていたために、さすがに飽きてきていたようだ。

「そうなんだよ、だよ・・・今は、とにかく、ね?」
「・・・そうです。とにかくしなくてはならないことは確かです。」

いつもなら、優しい笑顔で癒してくれる素敵なお姉さまなはずだった藍音さんの笑顔に・・・なぜか危機を感じた咲也君が、一歩さがる。

「じゃまだから、でてって・・・ね♪」

「すいません!」

こうして、彼女たちの戦いは・・・地味に、しかし着実に彼女たちの精神をすり減らしながら、「愛情?」と言う名のエッセンスを加えて続いていくのでした。イベントで、受け取ってくれるお客様の笑顔だけが彼女たちへの救いなんでした。

「あー!お湯、お湯、はいってますよ!」

「それ、片栗粉だよ!」

「あれ?あれ?ねー、なんか真っ黒になっちゃったんだよ、だよ?」

・・・大丈夫です。彼女たちからの「プレゼント」にはたくさんの「感謝」の思いがつまっています。
決して、体に害は与えないので安心してお召し上がりくださいね!!

「わ、鍋かきまぜながら寝ちゃダメー!」

あははは・・・大丈夫ですよ?