なぜこんなことになったのか。なぜ、私がもう絶対に来ないであろうこの研究室で・・・アキラ先生とお茶などしているのだろう。
念願の刑事になって、初の大仕事だというのに・・・ため息ばかりがでてしまう。
それというのも、この隣でアキラ先生の話に適当(?)に頷いてばかりいる先輩のせいだ!

「・・・だから、その年に皆既月食が生じるかどうかはわかっている。どうして皆既月食や皆既日蝕が珍しいか・・・それくらいわかるだろ?」

ほらきた!アキラ先生の授業は正しく「初見殺し」なのだ。簡単な好奇心から覗いてしまえば・・・まず、質問に答えられたりなんかしない。

「えぇ、それはもちろん・・・」

刑事になる勉強しかしてこなかった上に学生時代が遠い昔な先輩に答えられるはずがない・・・や、実は私もよくわからないけど。

「なら、そこにあるホワイトボードで説明してくれないか?おかしければ訂正してやる。」

「・・・わかりました。浅知恵ですが・・・」

先輩が立ち上がろうと見せかけて、私の足に蹴りをいれてくださった。
文句を言ってやろうと顔をあげると、私に冷たく笑いかけてきやがった。
わかりましたよ!・・・時間を稼げばいいんですね!私は、しっかりとじと目を向けたあとになにかに思い付いたかのように大きな声をあげた。

「せ、先生!そういえば、あの作られていた天文台はどうなっているんですか!?」

上ずった声でなんとか、記憶をたどって、片っ端から質問をするしかない。

「おぉ・・・あれは、ついにこの間登録もすませたんだ。まぁ、まだまだ調整は必要だかな。」

「そうなんですかぁ!」

先生の視線をまのがれた先輩は・・・文明の力をフル活用して、答えをさがしている。さっきからこれの繰り返しだ。

「教授、こんな感じではないですか?地軸のズレがあるから・・・完璧に重なることは少ないんですよね。」

私の時間稼ぎのお陰でホワイトボードには、太陽と地球と月の図ができあがっていた。
・・・見覚えはあるような気がするけど、思い出せない。

「おぉ、君はぜひともうちのゼミにくるべきだ!刑事なんかよりよっぽど向いていると感じた!なぁ、あかり君。」

「・・・本当ですねぇ。」
本当にこのままのしをつけて、ここに置き去りにしてやりたいという衝動にかられた。
せめて、役目を交換してほしい。切実な話だ。そろそろ・・・ネタがつきてきた。

「先日の皆既月蝕は・・・美しかった。君たちは見なかったのか?」

「・・・皆既月蝕なんかあったんですか。」

つい、呟いてしまった。
日蝕の時は、みんな騒ぐくせに月蝕はあまり騒がれない。

「これだから、うちの学生には天文学への才能がないのだよ・・・嘆かわしいことだ。」

・・・呆れられた。もう、ここの学生ですらないのだけど・・・母校の後輩たちに申し訳ないと思った。

「・・・『月が血を流した』」

先輩が呟く。

「そう言う表現は間違いではない。月蝕の時、月は赤く輝くからな。」

先輩の顔つきが変わっていた。そうだ『月が血を流した』は、被害者が最後に呟いたという言葉だ。

「最近は、月がすごく明るいですね。これだと電灯がなくても・・・人の顔を識別できますね。」

「そうだな。月齢もほぼ満月に等しい。電灯がない・・・暗い道でも動物の足跡くらい見えるはずだ。」

「・・・興味深いですね。」

それから、またしばらく先輩と先生とのやりとりは続いた。そしてお茶を飲み干すと先輩が頭を下げたのだ。

「お時間をとらせてしまい・・・すいませんでした。今日はこれで失礼します。」

先輩がそう言うと先生は、まだ話したそうにしていた。また私の足が踏まれた。・・・いつか、膝かっくんして転ばしてやると思いながら、私は時計を見た。

「あ、先生講義の開始時間すぎてますよ!」

「本当だ・・・まずい。いかなくてはならないみたいだな・・・実に名残惜しい。」

先生はプリントの束を、手にとると、先輩にまたくるようにと念を押してからでていった。
・・・ちなみに、私はスルーされている。

先輩が促すので、私たちも大学をあとにした。

「・・・なかなかな教授だな。」

「・・・これだけ、私が犠牲になったんですから・・・なにかわかったんですよね。」

正直、さっきの会話が事件の真相に迫っているとは考えられなかった。

「勿論、わかったぜ。」

「はいはい、また現場に・・・って、えぇ!?」

先輩がにやりと笑った。

「星が真実を見ていた・・・ってな。」


拝啓、ガリレオ様・・・どうやら私には天文学も刑事としての能力も不足していたみたいです。私にはやっぱり地球が回っているとは・・・思えません。