「私・・・誰かに呼ばれているような気がするんです。」

朝食の席で七海ちゃんが小さく首をうなだれながら呟きました。いつものような明るさはなく気持ちやつれた表情からは・・・なにか哀愁に近いような不思議な雰囲気がしました。

「誰かに呼ばれているような気?でもなんにも感じないぞ。」

横に座っていた咲也君がみそ汁を飲みながら、合図ちをうちました。
もしも誰かが七海ちゃんを見ていたり、ましてや「呼ぶ」なんてことをしていたのなら彼が気がつかないわけがありません。

「でも・・・確かに誰かが・・・私のことを・・・よんでいるんです。」
「・・・七海・・・すごく言いにくいんだけど・・・このみそ汁甘いんだけど。」

甘い味噌汁は味の素とダシのつもりで砂糖を入れてしまったらしく、どうやら気にしすぎてしまっている七海ちゃんは唯一の得意の料理にすら集中できていないみたいだったのでした。

「咲也、本当にきがついてないんすか?なにかあるんじゃ・・・って七海・・・これは中粉っすよ。」

ちなみに太陽君が食べていたすいとんだと思われし白い物体は、恐ろしいことにかんだ瞬間に中から大量の「粉」があふれてきたそうです。

「幽霊?幽霊なのかな?やだよー、こわい!・・・もうやだ!」

「ちょ、七海落ち着け!」

「わー、ちょっと七味のふたとれてるっす!大変っすよ!」

とりあえず二人がかりで何とか暴走をくい止めたのですが・・・もはや食卓は大変なことになっていたのでした。

「なな、俺が必ず犯人見つけるから!とりあえず、深呼吸しろ、な?」

「うー、お願いします。」

とりあえず無事な食品たちを飲み込みながら咲也君は頭をフルに回転させていました。
自分が誰かに見られているのだとしたら気がつかないはずがないのだ。それなのに「誰かが七海を呼んでいる」信じがたい事態だった。

「七海、まだ呼ばれているか?」

「・・・うん。」

「・・・わかった。」

自分には聞こえてこないのに、七海ちゃんは聞こえていると断言をする。妄想や幻聴のたぐいだとしたら続きすぎだ。

「わん、わんわん!」

「コロッケ?どうしたんすか?」

となりで番犬として呼ばれたコロッケが急に上を向いてほえだしたのです。

「わ・・・まただ!」

七海ちゃんも同じように上を見ながら頭を押さえています。瞬間的に咲也君は部屋を飛び出しました。

「太陽!七海を頼む!」
「へっ?了解っす!」

そのまま異様に長い廊下を走り抜け、往人さんが使っている部屋にノックもせずに乗り込んだ咲也君は即座に往人さんをかわしてパソコンを強制終了させたのでした。

「な・・・俺のよめがぁ!」

ディスプレイでほほえんでいた彼の嫁は可哀相に無理矢理さよならをさせられてしまいました。

「ゆーきーとー・・・おまえまた・・・犬笛使っただろ?」

「・・・知らない。」

「コロッケと七海だけが反応する・・・あいつらには俺らより高い周波の音も聞こえるから、俺たちが気がつかないのも当たり前なんだよ!」

そうなんです。なぜか七海ちゃんには「犬笛」が聞こえるのでした。
たまにあり得ることらしいので問題にはしていなかったのですが・・・

「・・・ムダに催眠をかけようとするな。」

「ふっ・・失礼な・・・催眠ではなく、暗示だ。」

困ったことに七海ちゃんは非常に暗示や催眠にかかりやすいのです。
そのため、こうして機械的に「なにか」をささやけば、七海ちゃんがその通りになることは予想できました。

「ふ・・・七海が俺をおにいたんと呼ぶ日も・・・」

「ぶっとべ。」

その咲也君の満面の笑顔が往人さんの部屋にあふれた後からしばらく往人さんの姿を見た人は居なかったのでした。

ちなみに七海ちゃんは年がたつにつれ犬笛は聞こえなくなったとか。