兄さんが話すフランス語がすごくきれいで、私はずっとフランスに憧れていた。
兄さんの髪や瞳が太陽の光に反射したときにまるで「麦畑」のようにキラキラするのが大好きだった。だから私はなにも疑問に思わずに、フランス語を習った・・・まったく身につかなかったけど。

「新婚旅行に行くとしたらどこに行きたい?」

別になんてことはない会話だった。特に深い意味はない。もしかしたらそれは現実になるかもしれないけどまるで奇跡のようなものだった。

「んー?熱海とか。」

そう答えた私に兄さんはお腹を抱えて笑い出した。

「おまえは、いつの時代を生きてんだよ?せっかくなんだからアメリカとか言わないのか?」

「む・・失礼な。」

私は少しむくれてみた。私は、どこでもかまわなかったのに・・・・兄さんが居てくれるなら別にどこに行ったって楽しくなるから。

「じゃぁ・・・フランス。」

「え?」

「・・・どこでもいいっていったのに。」

私がじとーっと見つめたら兄さんは仕方がないなと軽く頭をかきながら、答えてくれた。

「まぁ・・・いいけど。そういや、おまえフランス好きだよな?」

教科書に載っているフランスの写真を私はいつもうっとりとしながら見つめていた。

この国はなんてきれいなんだろう。

日本が嫌いなわけではなく、私はその国らしさが好きらしく、ただひたすらに美しいお城や町並みに心が引かれていた。

「確かにフランスはキレイな国だよ・・・でもな、どこにでも言えることだけどただキレイな国なんてものはない。」

兄さんはそういうと、立ち上がってなにやら本を持ってきた。スペルの並びからフランス語で書かれた何かの本であることには気がつけた。しかし、私にはそれを読むだけの知識はなかった。

「ガイドブックには・・・キレイなことしか書かれていない。」

少しめくられた本の中には、写真がおさめられていた。なにやら人がバスに押し込まれていく様子だった。

「・・・わかるか?」

「・・・わからない。」
兄さんがなにを言いたいのかすら・・・私にはわからなかった。写真をよくよく見たら連れて行かれている人々の服には星のマークがついていた。私はやっとそれを理解することができた。

これはユダヤ人たちがつれていかれているのだ。
でも・・・なぜ?
私はフランスがあの恐ろしいナチスの手にかかっていたことなんて知らなかった。

「・・・ヴェルディヴのことを聞いたことはあるか?」

私は首を振った。世界史を学んだが、自分があまり熱心じゃなかったせいか・・・私にはあまり歴史の知識はなかった。
それらはただの言い訳にすぎないが・・・ヴェルディヴと言う単語すら聞き覚えがなかった。

「・・・おいで。」

兄さんが、私に手招きをする。
それはずっと変わることがなかった膝の上においでという私たちの合図だった。こう言うときには・・・兄さんは大切な話をしようとしているのだ。
私は逆らわずに兄さんのそばへと足を運んだ。

「・・・少しだけ、フランスで起こってしまった悲劇について話してやるから。」

私は兄さんの話を聞くのが大好きだった。だからなんの疑問も持たずに・・・話をせがんだ。
それは・・・私が知らない、いや・・・下手したなら日本人たちは知らないような話しだった。