お姫様に憧れる。
これは、まだ・・・二人が小さかったときの話であり・・・きっとこのまま誰にも語られずに忘れられるだけの話だった。
「・・・っと!」

小さな男の子が真っ暗な廊下をビクビクしながら歩いている。
幽霊が怖いわけではない。ここは病院であり、自分は部外者なのだ。見つかったりしたら厄介だ。忍び足で、目的地についた彼はゆっくり扉を開けた。

「・・・寝てるよな?」
普段の彼女ならまだ起きていても不思議ではない時間だったが、少年はきちんと計画的に・・・彼女を疲れさせていた。
おかげで珍しくおとなしく眠っている。

「準備、準備。」

なるべく早くすませないといけない。また忍び込んだことがバレたりしたら今度こそ永久追放されてしまいかねない。
それはごめんだ。
持ってきたリュックから様々なものがでてくる。
「これは、こっち。あとはそっちか?」

慌ただしく、あたふたしている。なにしろここでバレるわけにはいかないから・・・「細心の注意」それが必要だった。
しばらくすると少女が緩やかな眠りから目を覚ました。

「・・・?」

不思議そうに周りを見渡す。殺風景だったその部屋に色があふれていた。淡いピンク、鮮やかな緑・・・なによりも汚れのない白。
それは本で見たのと同じ世界だった。

「すごぃ・・・シンデレラのおうちだぁ。」

幼さから、そこが今までの部屋と変わらないことには気がついていなかった。目を丸くしながら、あちこちを見ている。

「・・・目、さめた?」
「咲也お兄ちゃん?すごぃよー、ここきっとお城だよね?」

「ははは・・・そうだね。きっとお城だよ。」

二人で読んだ「シンデレラ」をすごく気に入っていた。「ふりふりのついたドレス」「豪華なお城」「少しの魔法」あまりにも楽しそうだったからそれを見せてあげたいと思った。
そして、少年は自分にできる最高の力をつかった。

「・・・でも、あとちょっとでなくなっちゃうんだね。」

時計はもうすぐ真夜中の12時をさそうとしている。寂しそうな少女の顔に、少年は自分の考えは間違っていたのかと不安になった。
「とけない魔法はない」そして、少年は魔法使いではない。

ポケットからとりだしたのは小さなティアラ。
ぽんっと少女の頭に乗っける。
それは藍音さんが作ってくれたものだった。理由も聞かずに彼女は、笑いながら作ってくれた。

「なーに?」

不思議そうにしている少女にゆっくりと教えた。
「いつか、これを目印に王子様がくるから・・・大切にするんだよ。」

ガラスの靴はさすがに準備できなかったから、それでも・・・よくできていた。
眠さも手伝って少女はその言葉をそのまま受け止めた。

「お兄ちゃん・・・・くるー?」

苦笑い。
兄で魔法使いでまさか王子様まで任されるとは。
「・・・他に、俺より良い人がいなかったらな。」

「・・・・わーかったー。」

そのまま眠りについた小さなお姫様は、その後それをすっかり忘れてしまった。
しかし、これは確かに「二人の始まりの物語」だった。



「・・・おょ?なんだこれ?」

部屋を片づけしていたら、小さなティアラがでてきた。なにかが頭に引っかかる。
とりあえず、つけてみた。

「七海ー、これ・・・。」

思わず言葉に詰まった。それがまだあったことに、青年は驚いていた。

遠い昔のお話。
だけどそれはやはり「目印」になった。

「?なに止まってるんですか?」

不思議そうな七海ちゃんの声に昔の「少年」は微笑んだ。

「約束通り・・・迎えにきましたよ。」

世の中はしょうもない奇跡であふれている。
本当に、たまには神様を信じたくなるさ。
青年は笑ったのだった。
自分が王子になるんだ。