「咲也兄さん、ご卒業おめでとうございます。」
今日は咲也君の中学校の卒業式だった。心なしか他の団員のみんなも珍しいことに少し緊張しているみたいだった。
背が高い咲也君に世話を焼いてあげたい七海ちゃんだったけど、届かないから諦めるしかなかった。

「ありがとな、っとそろそろ行かないとだな。」
咲也君は生徒会長だったからいろいろとやることがあるらしく、いつもより早い電車に乗らなくてはならないのだった。
だから、七海ちゃんはまさか彼を遅刻させることはできるはずもなく言いたいことがあったのに飲み込んでしまった。

「・・・いってらっしゃい。」

小さく手を振る。
違和感を感じたが、咲也君も今日ばかりは立ち止まることができなかった。

「ちょ、七海なにしてんの?」

「・・・うぅ、亜水弥姉さん。」

玄関で座り込んでいたら危なく亜水弥さんにひかれそうになった。彼女も遅刻ぎりぎりらしかったのに、どうしても七海ちゃんをスルーすることすらできなかった。

「・・・はぁ?第二ボタン?」

ついつい大きくなってしまった声に、七海ちゃんは焦ったようにしーっと小指をたてた。
簡単なことだった。
恋に恋するお年頃な七海ちゃんはやっぱりありがちな話だけど咲也君の第二ボタンが欲しかったらしいのだ。
なのに言えなかった。

「んー・・・確かに残っているとは思いにくいか・・・。」

ある意味ではそこらへんのアイドル並みの甘いルックスに高い身長。頭も良いし、営業スマイルも完璧だから言うことはない。今時珍しい学ランだから、みんなが欲しがることは予想できる。

「メールしたら?」

どんな状況であったとしても「七海が欲しいと言っていた」と言えば、咲也君が第二ボタンを死守することは目に見えていた。
でも七海ちゃんは首を振る。

「それじゃ・・・意味ないんです。」

彼女なりのプライドが邪魔をしているらしく、それをよしとはしなかった。なんだかんだで意地っ張りだからしかたがないかと亜水弥さんは苦笑いをした。

「じゃあ、信じてなよ。」

ほとんど女の感だったけど、なんとなく咲也は「意地っ張りな妹」の心を知っている気がしたから・・・信じてなって言うのが一番だと思った。

「・・・信じる?」

「あいつはー・・・わかってるよ。」

ウィンクをして亜水弥さんも学校へと向かった。取り残された七海ちゃんはなんとなく、「信じる」と呟いてみた。


その日の夜。
「ただいまー。」

「あ、おかえりなさ・・・。」

あまりの光景に七海ちゃんは息をのんだ。もはや彼が着ていた制服は、ボタンをすべてなくしさらには「とれるもの」はすべてとられていた。
呆れてしまった。
苦笑いをしながら彼は事情をはなした。
もはや彼のものを巡ってジャンケン大会がおこったらしい。そして彼なりの優しさによりほぼすべてのものが人の手に渡ったそうだ。
七海ちゃんはお花を花瓶に入れながら、兄さんは断れないもんな・・・・って改めて考えた。

「・・・七海、具合悪いのか?」

後ろから抱きしめられた。危ない・・・なんだか泣きそうだったから、声がでなくて首だけ振った。
ワガママは言わないって決めたんだから・・・。だって今更言ったって困らせるだけだし。

「あー、七海?良かったらこれもらってくれないか?」

花を生けていた手になにかを握らせられた。戸惑いながらゆっくりと手を開くと・・・

「こ、これ・・・?」

「・・・一応・・・第二ボタン・・・ってやつ。」

そこには、欲しくてたまらなかったものがあって・・・思わず、止めていたはずの涙が流れた。

「うわ!な、なぜにそんなにいらなかったか?」
咲也君は時々鈍感だからちょっと悔しくなっちゃう。
でもね、でもね・・・。
「ありがと・・・兄さん。」

やっと笑えた。
やっと笑えたんだよ。

「ったく、あんましびびらせんなよ。」

頭をなでる手はいつも優しくて、抱きしめてくれる腕は本当に力強くて・・・だからたまには素直になるよ。

「兄さん・・・」

「ん?なんだよ。」

「・・・大好きです。」


そんな二人の影で一人の青年が犠牲になっていた。

「君、ちょっといいかな?」

声をかけてきたのは警察官。
声をかけられたのは全裸に近い信也君。

「・・・よくない。」

「うん、でも君を放置はできないからきてね。」
なぜか、咲也君にもらえなかったと嘆く女の子たちが信也君の制服などを奪ったらしく、無口な彼はそれを止めることができなかったのだ。

「・・・第二ボタン・・・嫌いだ。」

彼のつぶやきは・・・誰にも届かなかったのだった。