「咲也兄さん・・・私、許せないんです。・・・負けたくないの。」

いつになく強い口調で七海ちゃんが咲也君を壁へと追い込んでいきます。なぜか咲也君も対応することができなくて、そのまま後ろの壁まで・・・逃げ場がなくなりました。

「あいつにだけは、負けられない・・・負けたくないの・・・だから一緒にお風呂に入りましょう。」

「はぁ?」

「お風呂です!おーふーろ!」

ことの始まりは咲也君に懐いている幸広という男の子が七海ちゃんに対して「俺なんて咲也さんと風呂に入ったんだぜー!」なんて自慢してきたことが気にくわなかったために七海ちゃんが「私だって入ってるけど?」と言い返して喧嘩になったんだそうです。
ちなみにこの時七海ちゃんと幸広君は高校生、咲也君は大学生でした。

「とにかく・・・ダメだろ?」

幸広よくやった!などと内心では喜んでいたのは内緒です。不謹慎な自分に苦笑いをしながら咲也君はもう一度考えました。・・・だいたい、はじめに二人でお風呂をイヤがったのは七海ちゃんのほうだったし・・・ここしばらくは二人でお風呂なんて、迂闊に言ったら撲殺されてます。
口約束の兄弟とは言っても倫理的にも問題ありです。

「大丈夫です。」

「な、なにを根拠に・・・?」

男は狼なんだぞ。むしろ俺にはあまり理性がないんだから・・・とりあえず心を改めてくれと咲也君は願っていました。

「・・・ゲームならよくある展開です。」

きらきら笑顔。
往人を殴ろうと思いました。あいつのせいでうちの可愛い妹がおかしな方向へと進んでしまったんだから・・・きっとそれくらいは許される。
これはゲームじゃないなんて・・・言うこともできません。




ー10分後ー
「ははは・・・なんで結果的に流されてんだ、俺は?」

湯船に顔くらいまで浸かって咲也君は苦笑いをしていました。アパートのお風呂なんてそんなに大きいわけがない。ただでさえ自分の体が大きいのに・・・まさかここに七海ちゃんがきたら・・・。

「・・・邪念を捨てよう。」

これは単なるスキンシップなんだ。スキンシップ、スキンシップ兄弟のスキンシップなんだ。言い聞かせるように、何度も何度も考えました。

「兄さーん、はいっていい?」

「あ、あぁ・・・。」

チクショー。結局煩悩には逆らえないのか??相手がどんなに幼児体型でぺったんこでも、やっぱり可愛い妹だから・・・ダメだ。平常心!
へいじょー・・・・・・
「?ありゃ、兄さん?」
タオルなし。もはや、予想していたような恥じらいはなにもなし。

「おーぃ?兄さーん?」
呼びかけられても、意識がなかなかそちらへ向かない。と言うよりも、信じたくなかったのかもしれません。

「ナニソレ?」

あぁ、と気がついたかのように一回転。さらにはない胸を張って言い切るのでした。

「スクール水着も知らないの?」

・・・だいたい最近の高校生は恥じらいもせずにスクール水着を着るのだろうか?それからスクール水着だと言い切られれば切られるほど・・・小学生に見えるという七海ちゃんマジック。

「なぜ白?」

普通は黒とか紺だよな?
「往人さんのだから。」
なぜ、往人が所持しているのかは聞いてはいけないのだろうから・・・次は関東平野と呼ばれたあたりに目を向ける。

「なぜ名前(平仮名)つき?」

「・・・往人さんのだから?」

なぜ往人が「ななみちゃん」とかかれたスクール水着を持っているんだ・・・もはや血管が切れていた。

「?に、兄さん!」

不意に立ち上がったために、目をつぶる七海ちゃん。しかしその必要はない。
なぜなら、ジーパンのまま風呂に入っていたから。

「・・・ちょっと・・・狩ってくる。世界の平和のために。」

ドアを開けた瞬間にそやつはいた。
ビデオカメラを片手に匍匐前進で、おそらくこいつが元凶だ。

「・・・咲也・・・ゆっくり・・・」

「七海、ちょーっと目をつぶっててな。」

頷いたのを確認した上で往人に最大級の微笑みを投げかけた。
ぐしゃ・・・ぐりぐりぐりぐり・・・

「あわわ?なんの音?」
「気にすんなー。もうちょい待っててな。」

「・・・えぐ・・・れ・・・」

ぐりぐりぐりぐり・・・ぐしゃぐしゃ。

「目ぇ、開けて良いよ。」

にこやかな咲也君の声。

「??あれ、往人さんどーしたの?」

「男にだって・・・泣きたいときもあるんだよ。」

七海ちゃんはきっと忘れないと思った。・・・なぜか床にたまった水が心持ち赤かったあの瞬間のことを。
そして、目から涙と一緒にシャンプーの液?を流していた往人さんのことを。
きっと・・・忘れない。