それはまだ、七海ちゃんが中学生で大人びてはいたけど咲也君が高校生で、さらに言えばまだ暁羅さんが団長さんの時でした。

「お昼ごはーん、お昼ごはーん、おいしく食べてね♪お昼ごはーん♪」

その頃はまだみんながほぼ同じ場所に住み着いていて、互いにできることをすると言う約束が機能していた時でした。
毎朝七海ちゃんは調子の外れた自作の歌を歌いながら、みんなのためにお弁当を作っていました。他にできることもなかったから、自分は給食があるから問題はないし、みんなも最初はためらっていたけどいつの間にかそれは日常になっていたのでした。

「ななたん・・・おはよ。」

ぎゅっと後ろから抱きしめられてもさすがに騒がなくなりました。

「もー、兄さん早く顔洗ってください。」

咲也君がぼけているのは一日のうちでもこの間だけ、ある意味貴重なんですが・・・もはやなんとも思わない。
慣れとは恐ろしいものだ。咲也君がズルズルとシャワーを浴びに行っている間に朝ご飯を並べます。朝は戦争なのです。
ちょっとでもおいしく食べてほしくて七海ちゃんのお弁当は日に日に進化していきました。

しばらくするとさっきまでのグダグダがなかったかのような咲也君や制服をきちんときた信也君、時間がないと騒ぎながら三つ編みにしている亜水弥ちゃん・・・次々とご飯を食べてお弁当にお礼をいって出て行くのでした。

「兄さん、今日のは会心のできだよ!」

最後まで戸締まりのために残っていた咲也君に七海ちゃんは満足そうに言いました。

「それは昼が楽しみだな。」

わざわざ隣の県の高校から通ってくれている咲也君は、やっぱり大人のでした。



その日の夜。

「七海~今日のお弁当すごかったよ!びっくりしちゃった!」

「七海ちゃん、みんなびっくりしてて私鼻が高かったんだよ、だよ。」

「とても・・・可愛かったです。」

女の子組は楽しそうにお昼の様子を伝えてくれました。
頑張ってよかった。ちょうどはやり始めたキャラ弁とやらにチャレンジしたのです。まだ簡単な猫さんくらいしかできませんでしたが、こんなに喜んでもらえたら幸せです。

しかし、男性陣の表情は若干苦しそうでした。

「なな・・・ごめんなさいっす。」

ふいに太陽君が、涙をためながら頭を下げました。焦って首を傾げる七海ちゃんを前にして・・・
「可愛すぎて、食えなかったっす・・・これは永久保存しとくっす。」

太陽君は申し訳なさそうにお弁当を抱きしめていました。腐るから、捨てないと・・・なんて言ったら太陽君は首を激しく横に振りました。

「・・・うまかった。次は・・・うさぎ。」

まだクールだった信也君は、特に困ることなく食べれたみたいです。

「練習しとくね。」

うさぎさんを作らなきゃいけなくなりましたが、信也君は喜んでいたみたいです。

「なー、七海~明日からもうちょっと増やしてくれん?」

まだ逃亡していなかった黒崎さんは、言いにくそうに七海ちゃんに新しいでっかいお弁当箱を渡しました。

「いいですが・・・足りなかったですか?」

一応男の子には量をかなり多くしてはいました。黒崎さんは恥ずかしそうに頬をかきました。

「その・・・友達に自慢してたらなくなるんだよ。本当は食わせたくないけど、自慢もしたくて・・・。」

人が良い黒崎さんらしい言葉に七海ちゃんはうなずきました。
おいしいと言ってもらえるのは素直に嬉しかったのです。

さらには好奇の目で見られたと暁羅さんが泣いていたり、わざわざ材料を持ってきてくれた春樹さん・・・人それぞれでした。

「なな、ありがとな。」
洗い物をしていたあたりで咲也君がひょこっとやってきました。お弁当はしっかりと食べられていました。

「大変じゃないか?人数多いから・・・朝眠くないか?」

ちょっと張り切りすぎた七海ちゃんのことをよくわかっていました。それでも七海ちゃんは楽しかったんです。

「兄さんたちが笑うのが嬉しいからいいんです。」

にこっとした咲也君。

「・・・良い嫁になれるな。」

「へっ!?」

思わずコップが床へと落下します。嫁?嫁って!?お決まりの血が!?とかはやれるはずもなく、とにかく七海ちゃんは止まっていました。

「明日も・・・頼むな。」

本当は・・・本当はね。兄さんだけは特別仕様だったんだよ。周りの人たちが、ひいちゃうくらい愛情を込めた。きっと恥ずかしかったんだろうに・・・と言うか私なら食べれない。それでも喜んでくれる咲也君はすごいなって、七海ちゃんは思いました。