空港に着いたら、黒崎さんが車を止めている間に私が走ることになっていた。まだぎりぎり間に合うはずだった。
走った。周りの人にぶつかりそうになったけど、必死に頭を下げながら走りつづけた。

長身の綺麗な女の人の姿が目に飛び込んできた。荷物を抱えてエスカレーターに向かっている。
これじゃ…本当にドラマだよ。私は苦笑いをしながら、なるべく大きな声を張り上げた。

「成瀬さん!!」

周囲の人たちが驚いて振り返った。だけど…そんなの今更関係ない。私はもう一度叫んだ。

「成瀬さん!!」

エスカレーターに足をかけていた女性が振り返ってきょろきょろしていた。私は大きく手を振った。女性が立ち止まったのを確認して走り寄った。

「えっと…確か七海ちゃんだったかしら?」

微笑んだ顔がやっぱり咲也兄さんに似ていた。私は息があがっていたから、頷くことしかできなかった。

「どうしたの?こんなところに…?」

不思議そうに首を傾げた。私はやっと落ち着いて空気を吸い込めた。そして、笑顔を返した。

「渡したいものが…」
「七海!?」

声がかぶった。ちょっとタイミングが早かったけど…問題はない。咲也兄さんが血相を変えて走ってくる。どうやら気がついていないみたいだ。

「…おまえ…ゆうか…」
そこで咲也兄さんの言葉は止まった。
かわりに…

「たく…と?」

小さくお母さんが咲也兄さんを呼んだ。不器用で意地っ張りな咲也兄さんをお母さんと会わせるにはこうするしかなかったんだ。びっくりして咲也兄さんは動けなくなっていた。私は、ゆっくりとカバンから写真をとりだし、兄さんに渡した。

「どうして…これが?」
まだ、家族が幸せだった頃の写真。おそらく咲也兄さんもあけられなかったんだと思う。私は首を振った。今は説明している場合じゃなかったから。

「拓人…元気にしてた?ちゃんと生活できてる?迷惑かけてない?」

「…ぅるせぇ…今更母親のふりすんな!」

私は、止めようか悩んだ。もしかしたらやはり兄さんは呼ばないのが正解だったのかもしれないと不安になった。それでもお母さんは、距離を縮めようと頑張っていた。

「…ごめんなさい…許されないのくらいはわかっているわ…でも」

いくらお母さんの背が高くても、咲也兄さんの方が大きい。だけど、引き寄せて抱きしめたお母さんはまるで小さな子供を抱いているみたいだった。

「寂しかったわよね…ごめんなさい…ずっと…後悔していたの…」

言葉がでなかった。咲也兄さんは目を見開いたまま止まっていた。

「頑張ってるって…聞いたの…嬉しかった…大学院にいくのね…お母さん応援してるから。」

周りの人たちが不思議そうに通り過ぎていった。それでもお母さんは空港にアナウンスが流れるまで、兄さんを抱きしめていた。

「…行かないとみたい…」

咲也兄さんはなにも言わなかった。お母さんが荷物を持ち上げて

「幸せになるのよ…七海ちゃん、この子のこと…お願いね。」

私が頷くとお母さんは歩き出した。私は兄さんを思いっきり押した。
やっと、兄さんは分かったらしく、写真を握りしめた。

「母さん!」

透き通るような声。ゆっくり振り返ったお母さんに写真が投げつけられた。

「…また来いよ!次はゆっくり話そうぜ!」

お母さんはうれしそうに笑って少しだけ涙を拭いてまた歩き出した。

「…七海…」

兄さんは振り返らなかったから、表情がわからなかった。

「ありがとな。」

嬉しかった。兄さんの役に少しでもたてたことが、兄さんが少しでも過去から解放されたことが…。

「次はちゃんと紹介するから。」

「…うん。」

兄さんが笑えば、みんなが幸せになるんだよ。だから、兄さんは笑顔でいてね。私は兄さんが振り向くまで大きな背中を見つめていた。