本がキレイにワックスをかけられた床に散乱していた。ほかのものはすべて段ボールにはいっている。

カーテンが揺れる。
東京では桜が咲いたと言っていた割には春は名のみの少し冷たい風が流れ込む。
ゆったりとした光。

本だけが…あった。
なんとも言い難い気持ちを抱えながら散らかした本人の少女はそれを見つめていた。
難しい物理の本やタイトルが英字で読めないものまである。
しかし、探しているのはそれらではない。

「…あった。」

ガサガサと本を漁る手が止まって、キレイな緑色の冊子が取り出された。ページを開こうとするが…どんなに頑張っても開かない。

「なんで…なんで開かないのさ!」

袖で顔をふく。汗ではなく涙を拭っていた。

「時間…時間!?」

部屋の中を見渡すが、時計はすでにはずされている。乱暴に肩から下げていたバックを逆さまにして携帯電話を取り出す。
「2時…39分…。あと5分が限界…。」

ため息がでる。なんとかしなくてはならない。これは自分にできる…最高の恩返しのはずなのに…涙があふれた。

「ひら…いてよぉ…。」
鼻にかかった甘ったるい声が部屋の中にあふれた。本を握る手に力が入る。
すると後ろから腕が伸びてきた。

「…かしてみ。」

「黒崎さん!?」

いつからいたのか、わからないくらいに本に集中していたらしく息が触れるほどの距離に黒崎さんが立っていた。

「開けれる…の…?」

少しほほえむと首からチェーンをとりだした。七海ちゃんがしているのと同じ。本来なら交換した指輪があるはずだった。
「あ…」

指輪と一緒に小さな鍵がつるされていた。それは本に簡単に差し込まれた。

「開け~ゴマ…なーんちって。」

「なんで!?どうして…黒崎さんが!?」

それは、黒崎さんが持っているはずがないものだった。七海ちゃんが混乱した瞳を向けた。でも黒崎さんは静かに首を振った。

「急いでるんだろ?話は後だな。」

二人は軽く視線を合わせると、うなずきあって走り出した。
黒崎さんが車を持ってきてくれたから多少時間が短縮できた。
助手席で必死になってページをめくる。

「あったか?」

「…ない。どうしよう…。」

運転しているからまさか黒崎さんが本を見るわけにはいかない。手が震えてページがうまくめくれなかった。

「落ち着いて、七海が一番咲也の近くにいたんだ。おまえが一番…咲也の気持ちが分かるはずだ。」

息をのむ。息を大きく吸い込んだら震えが止まった。

「兄さん…咲也の気持ち…兄さんの…。」

不思議なことに一気に頭にイメージが浮かんだ。失敗したらどうしようとか…不思議とそういう迷いはなかった。
7ページ目を破る。
黒崎さんが息をのんだのがわかった。

「…あった!あったよ!」

涙がでそうだったけど…私はこらえて写真を抱きしめた。
それは本ではなく…アルバム。

「届けるぞ…絶対に。飛ばすからつかまれよ。」
答える前から、車は加速した。けっこうなスピードだった。

「…つかまるよ?」

黒崎さんは不適に笑って見せた。

「弁護は得意だからさ…な。」

胸元のバッチが光った。
「職権乱用だぁ~。」

「おまえらのが、大切だから…そん時は喜んで捨ててやるよ。」

加速する。
車も…心も…。
どうか間に合ってください。
小さくなんども繰り返す。

「絶対…間に合う。」

咲也兄さんを救えるチャンスを逃すわけにはいかない。どうか、どうかお願いします。

空港まで…あと少し。