それは確かに悲しい事態だった。でも悲劇って言葉はちょっと…違う気がする。
しょせん、七海たちが関わった時点でそれは喜劇と化すんだから。

ことの始まりは…いや、ことは随分昔から始まっていたのだ。七海ちゃんと咲也君が気がつかなかっただけで。

「黒崎さん、ど、どーしたの?」

いつでもニコニコ。空気を読まずにシリアスな場面でもニコニコ…そんな黒崎さんが今日は朝からまったく笑ってなかった。
なんて言うか…いやな意味でデジャブーを感じる。

「…ドナドナドーナ…ドーナ…♪」

暗い!?なんだか今の黒崎さんが歌うとしめじが生えてきそうな歌です。歌が進むにつれて、瞳も閉じていきます。

「あわわわ…黒崎さん!しっかりして下さい!」
怖い!地味に怖い!
泣きそうになりながら、七海ちゃんが黒崎さんの肩をつかんで揺さぶります。

「あは…あははははははは…」

「ぎゃーー!?」

壊れたように笑う黒崎さんを前に七海ちゃんの精神も壊れました。

「…ったく、おーいお前ら引っ越しのじゅ…」

ダンボールを抱えながらドアを開けた咲也君が目にしたものは、体育座りをして壁に向かって「ドナドナドーナ…ドーナ…」と繰り返している気味の悪い二人組。さすがに言葉を失います。

「暗い!暗すぎる!お前らなにしてんだよ!」

とりあえず、七海ちゃんの体を揺さぶります。
ハッとしたように、咲也君を見つめると目に涙を浮かべながらあぅあぅ…と叫んでいます。

「どうしたんだよ?落ち着いて、深呼吸、はい!」

「あぅ…ひっひっふー…?」

「なぜにそのチョイス!?なにを産むんだよ!」

いつになくツッコミが厳しい咲也君。

「なんで…そんなこと…私と…兄さんの子だよ…。」

うるうる…。

「!?…分かった。全力で産め!俺が幸せにするから。」

「ありがとう…私と太陽兄さんの子どものために…そこまでしてくれるなんて。」

「あぁ…なんて衝撃の告白…そんな妹に育てた気はない!」

「…私…寂しくって…」
「そうか…ごめんな。大丈夫だ。俺は七海の子なら愛せる。」

「兄さん!」

「七海!」

…ツッコミ役がいない。もはや止めるタイミングを完璧に見失っていました。
どーすんのこの状態!?だらだらと冷や汗が流れてくる。二人としては黒崎さんが止めに入る予定だったのだ。

「…あはははははは!?」

「ぎゃー!?」
「うわ!?」

また黒崎さんが高らかに、笑い出した。ヒヤリとする。言い知れぬ恐怖が襲いかかる。

「…二人は…仲良しでいいよな…三人の新婚生活?…違うだろ…もはや…俺なんて…俺なんて…あはははは!」

「クロサキー!」

咲也君が慌てて、黒崎さんをこれでもかと言うくらいに振り回す。うつろな目をした黒崎さんは笑い続けている。シュールな光景だった。

「そうだよな…はじめから…俺なんて存在忘れられてたのに…なにを期待してんだよ…KYだよな…。」

「しっかりしろ!確かにおまえはKYだけど、それは今にはじまったことじゃない!」

「兄さん!フォローになってない!」

そして自分がとどめを刺したことには七海ちゃんも気がついていない。

「くふぁぁぁぁぁぁ…滅びろー!」

「わぁ!メテオが呼べちゃいそー。」

呼ばないでください。

「あはははは…俺と七海…二人で一つに…あはははは…咲也…さよならだ!」

青くなってる咲也君の横でハッと気がついたように七海ちゃんが手を打つ。

「ヤンデレ…モード?」
つまり年末の咲也君の心が今の黒崎さんってわけでした。

「ヤンデレは七海でじゅーぶんだ!?目を覚ませ!黒崎いち…ぐふぁ!」
「わぁ…きれーな巴投げ。」

「フルネームで呼ぶな!…って俺なにして??」
黒崎さんがヤンデレになったら名前を呼べばいいことが判明した記念すべき瞬間だった。

「良かった~…って兄さん!?兄さーん!?」

…ただし平和のかわりに払った犠牲は大きなものだった。