咲也君は戸惑っていた。昨日怒りにまかせて太陽君と出て行ってしまった七海ちゃん。確かに自分でもやりすぎというかはぐらかし方を失敗したとは思っていたのだが…彼女はそのまま帰ってくることはなかった。

ちなみに黒崎さんの母は「可愛くない子には興味ありません!」とこれまた怒って出て行ってしまったらしい。
だから…今ここには彼しかいないはずだった。
のだが…

「…っと…これは、夜這いってやつ?」

咲也君は困ったように、自分の腹の上に乗っている少女に聞いた。
もちろんそれは七海ちゃんだ。
ちなみに時刻はもう夕方だ。時差だかなんだかで生活リズムが狂いきっていた。

「…いい加減にしてください!」

普段なら…願ってもないシチュエーションだった。このまま強引にセクハラしていただろう。しかけてきたのは七海ちゃんからなんだから多少のことは許されるはずだ。
でも…そうはいかなかった。

「兄さんは…兄さんたちは…どうしていつも私に隠し事をするの?…私だけのけものにするの?」
涙。
薄茶色の瞳には今にもこぼれ落ちてしまいそうなほどの涙がたまっていた。
さすがに、胸が苦しくなる。もとより黙っていたのは「泣かせたくないから」だったというのに…これでは本末転倒だった。

「な…なみ…。」

涙を拭ってやらないと、とっさに伸ばした手が拒絶される。

「ヒドいよ。ヒドいよ。ヒドいよ!!」

胸をポカポカとたたかれる。そうとう…いじけているな。さすがだてにながく一緒にいたわけじゃない。七海の気持ちはよくわかる。

約束を果たしに帰ってきた男。
夢を叶えに旅立つ自分。見送ることしかできない少女。
この立ち位置は出会ってから今まで変わらなかった。

なんて言ったらいいのかわからなかった。
とりあえず上半身を起こした。すると、七海の体が固まる。

「どーした?」

なにやら顔を赤くしながらぶるぶると震えている。

「なんでこの寒い中、半裸なんですかー!この若年性恍惚男ー!」

もはや後半は意味が分からなかった。この台詞も久しぶりだと咲也君は笑っていた。

「俺が、上着ないで寝てんのは今更だろ?」

まったくです。まったくだけど、一応乙女相手にするんだからちゃんとしてください!っと悲痛な叫びが響いた。
ふむ…相手は永遠の17歳だもんな。
とりあえず近くにあったパーカーを羽織る。そこからの流れで膨れたままの七海ちゃんの頭をなでた。

「大丈夫なんだ…大丈夫だから、もう少しだけ待っててな。」

やはり…あまり良いことではない何かがあったらしい。

「でも…!」

三人でいれる時間はもう残り少ないんだよ!…おそらくそう言いたかったのだろう。でも言葉は、続かなかった。

「大丈夫だよ。信じて…俺嘘ついたことないだろ?」

優しい兄さんの瞳と声にそれ以上のことは、聞けなかった。黒崎さんはどこにいったのか…なにがあったのか…もうすぐ嫌でも知ることになるらしい。

「さて、今は二人でラブラブタイムだよな?」

ギュッと抱きしめる。とりあえず不足した七海成分をとりたいらしい。
黒崎さんいわくの
「咲也は危ない狼さんだから」
その言葉に乗っ取って…
「このぼけなす☆」

七海ちゃんは某アニメキャラに乗っ取って咲也に平手打ちをくらわしたのでした。