今日は大切な日。他のものすべてを犠牲にしてもなによりも祝わなくちゃならない日。

七海ちゃんはほとんど寝ていないためにぼーっとする頭を抱えて、静かに布団から抜け出すと小さく二人に「ごめんなさい」と呟いて、なにか大きな箱を手に…アパートから逃げ出しました。

「…ん…。今何時だ?」
しばらくして咲也君が目を覚まし目覚まし代わりにしていた携帯を手に取りました。今日は彼にとっても大切な日。遅刻なんてできません。

「…7時30分、ギリギリだな。おい、黒崎起きろ!」

横でよだれを垂らしながら寝ている黒崎さんを揺すります。

「うー…咲也…それは…女装した…しんや…」

ぱこーん!と横にあった辞書の角で頭を殴ります。

「…あれ?咲也…」
「聞きたくはないけど、なんちゅー夢見てんだよ!?」

そのまま寝ぼけた黒崎さんとともにキッチンへと向かいます。きっと布団にいなかったということは七海ちゃんはもう朝食の準備をしているのだろうと思っていた二人は静まり返ったキッチンに唖然としました。

「えっ??七海は?」

顔を見合わせて首を傾げるのでした。



一方。某暁羅さん宅。

「遅れましたぁ!ごめんなさい。」

「ななおそーい!もうパーティー始めるよ。」

「わわ、ゴメンナサイ。」

和やかなムード。綺麗に飾り付けられた部屋で女の子が10人ほど集まって料理を囲んでいました。どうやら七海ちゃんが持ってきたのはお手製のケーキのようです。みんなが座ったのを確認すると亜水弥さんがコップを持ち上げて、高らかに言い放ちました。

「ではでは…亀梨和也様のお誕生日を祝って!かんぱーい!」

「かんぱーい!」

はい、なにを隠そう今日は亀梨和也様の誕生日。ミーハーな涼風女子は、密かに集まって伝えられない思いを、みんなで分かち合おうということになっていたのでした。
女の子だけの空間、加熱するガールズトーク。珍しく平和な時間が流れていました。

不意にガタガタっとドアが揺れて荒い息づかいの男二人が入ってきます。

「七海!?おまえ飛行機に乗り遅れるだろーが!」

「くそ…GPSハッキングすんの疲れた…」

ハッキングは犯罪です。ちなみに今日はフランスに旅立つ日だったのですがどー考えても間に合わない。無理矢理になぜかフードを頭までかぶっている小柄な女の子を無理矢理抱えて車を走らせます。

「あー誘拐だ!」

「咲也の人でなしー!」
などと騒いでいるのは最早無視です。

「…間に合うかぁ?」

「う…このまま飛ばせばギリギリ…。」

高速道路を下手したら捕まるスピードでかっ飛ばします。後ろに詰め込まれた少女がなぜか終始無言のままなのにも、せっぱ詰まりすぎてなぜか気がつきません。

「着いた!」

「…さすが…咲也。」

裏道の裏道をうまく使って奇跡的なことになんと間に合ってしまったのです。黒崎さんも素直に感動しています。

二人がわたわたと荷物を下ろす中…なぜか少女は降りようとしません。

「どうした?七海、具合悪いのか?」

心配して、近寄る咲也君。そして違和感に気がつくのでした。

「あ…あれ?」

「あ、あの…ごめんなさい。実は私…。」

バサッとフードをおろすとそこにいたのは七海ちゃんじゃなく…

「茉莉ちゃん!!」

涼風の誇るもう一人のブラコン少女茉莉ちゃんだったのでした。→ちなみに茉莉ちゃんは腹黒くないというのは往人さんの名言です。

「は、はい…その、これどーぞ。」

もはや混乱する咲也君に可愛らしい桜柄の便せんが手渡されます。そこにはめちゃくちゃ見覚えのある癖のある字で…。
「ゴメンナサイ。私、やっぱりおじゃまだと思うから身をひきます…二人で楽しんできてくださいドキドキPSお土産楽しみにしてます」

「…なんか激しく誤解されてるのか…」

もはや言葉にならない二人に茉莉ちゃんはことのいきさつを話します。
どうやらフランスに行きたくなかった七海ちゃんとちょっとしたことからお兄ちゃんと喧嘩してしまったために家にいずらくなった茉莉ちゃんは、似たような背格好だったために、服を入れ替えてお互いになりすますことにしたらしいのです。
そしてまんまと引っかかった…と言うわけです。
ため息。

「…仕方がない。行くぞ、黒崎。」

茉莉ちゃんのお兄ちゃんたちに電話した結果茉莉ちゃんにはお迎えがくることになったので、二人は仕方なしに、男二人で異国の地に旅立つことになりました。

「いってらっしゃい。」
ふんわり微笑む茉莉ちゃんの可愛らしさにもはや文句も言えず…二人は今頃飛行機です。

「…またいつか、ね。」
空を見上げて七海ちゃんは呟くのでした。