「ふぁ…おはよー…」

欠伸をしながら、黒崎さんは食卓の指定席に着きました。

「おはよ、黒崎さん。今コーヒー持ってくるね。」

いつになく元気いっぱいな七海ちゃんが朝ご飯を運びながら挨拶をしました。

「あー…ありがとな…なんか頭いてぇ…。」

髪の毛をわしゃわしゃかきながら、ようやく覚めかけた目を何とか開くのでした。…そして、自分の前に座っている人をまじまじと見るのでした。
「…どちら…さま?」

目の前に座るのは咲也君のはず…しかし目の前にいるのは…

「亀○…和也?」

ぶすっとした表情で不機嫌そうにテーブルに肘をついているのは、某人気アイドルグループの方のような服に身を包み、ご丁寧に髪の毛も、可愛く結んでありました。

「はい、黒崎さん。コーヒー、ブラックで良かったよね?」

「あ、あぁ…ありがと。」

そして何事もなかったかのように朝食が進んでいくのでした。
え??なに、この状態?突っ込んだら負けなのか??もはや混乱状態の黒崎さん。

「あーんしてあげるぅ!」

「…えっ!?」

いつになく、声のトーンが高い七海ちゃん。不機嫌そうなその某人気アイドルグループのような人は表情を変えることなく口を開くのでした。

「おいし?」

小さく頷くのです。
なにが起こってるんだ?黒崎さんは回らない頭を必死に回して聞いたのです。

「あの…そちらどちらさん?」

「え?かめ…」

「違うだろ!咲也だよ、さーくーや!」

「違うのーこの人は亀ちゃんなのー!」

ますます混乱する黒崎さん。その時七海ちゃんの携帯から某人気アイドルグループの新曲が流れ出しました。
七海ちゃんの目は輝き、咲也君(?)の目はよどみました。

「はい、スタート!」

しぶしぶ立ち上がる咲也君(?)そして軽やかに、色っぽく踊り出すのでした。

「きゃー!かっこいい!かっこいい!すごーぃ!」

「君が嫌いな~♪」

もはやプチライブ状態の二人を呆然として見つめる黒崎さん。
そして気がついたのでした。聞いたことなんかなかったはずなのに、なぜかこの曲を歌える自分がいることに。
で、曲が終わると咲也君(?)がため息とともに微笑みました。

「もぅ、着替えていいよな!」

「えっ?あと五回はやってもらうよ~♪」

「…勘弁してくれよぉ。」

泣き出しそうな咲也君の声があたりに響きわたりました。

黒崎さんはちょうど七海ちゃんが「咲也兄さんに似てるから亀ちゃんが好き」から「亀ちゃんが好きだから咲也兄さんも好き」に変化した時期にいなかったため知らなかったのでした。新曲がでるたびに咲也君はきらきらした目で七海ちゃんに「お願い!」と言われて、振りを覚えるまで永遠リピートで亀ちゃんのパートを覚えさせられ、特注で作った衣装を着せられ気がすむまで亀ちゃんでいることを強要されるのでした。
黒崎さんが聞いたはずのないこの曲が歌えたのも、昨日の夜からエンドレスリピートでこの曲を咲也君が見せられていたのが知らないうちに耳に届いていたからなのでした。
そして今もまだ咲也君は元に戻ることを許されず…おどりつづけているとかいないとか。
ご愁傷様ですね。