9月2日(土)

9月最初の土曜日、京都市交響楽団の定期演奏会に出掛ける。

今回の客演指揮者は、ジョン・アクセルロッド。
ここ数年京響定期には、2シーズンに1度の間隔で登場している。

午後2時30分開演@京都コンサートホール。


▶ プログラム

① 武満徹 : 死と再生~「黒い雨」より
② R.シュトラウス : 交響詩「死と変容」
③ ベルリオーズ : 幻想交響曲

管弦楽 : 京都市交響楽団(コンサートマスター : 泉原隆志)
指揮 : ジョン・アクセルロッド




オーケストラは、ヴィオラが上手前方に並ぶ標準的な配置。
2台のハープは2ndヴァイオリンの後方あたりに置かれる。チェロには客演首席としてN響の藤森亮一氏を迎える。


① 武満徹 : 死と再生~「黒い雨」より

弦楽合奏のための作品。映画音楽なので同作曲家の他の作品に比べ、幾らか馴染みやすい。曲調はバーバーの「弦楽のためのアダージョ」を思わせる。

弦の細かい刻みがクレッシェンドで迫り、深刻で暗澹とした気分にさせる。
旋律らしいフレーズは途中チェロによって奏されるが、それも束の間。当分の間、断片的な音の掛け合いが続く。
終盤、もの悲しいヴィオラの音型とヴァイオリンの旋律が対話を重ね、消え入るような終焉で祈りを捧げる。しかし、一体何処に再生があるのかというくらい、悲痛で重苦しい音楽だった。
調和のとれたアンサンブルは、京響弦楽セクションの面目躍如。


② R.シュトラウス : 交響詩「死と変容」

微弱の鼓動を模したティンパニ。前曲とはまた違った重苦しさが覆う。
そんな中、回想の扉がハープによって開かれる。木管、特にフルートとオーボエが中心となり、そこへヴァイオリン・ソロも加わり、”子どものころの夢”が幻想的な音楽であらわれる。

それを打ち破るティンパニの強烈な一撃。病魔との生死をかけた闘いが始まる。
低音部がじりじりと詰め寄り、それはやがてオーケストラのtuttiへと発展。一丸となって切れ味鋭く鳴り響く。
オーボエは明瞭な発音により、くっきりとした輪郭のモチーフを奏で、取り分け印象的。
「死を予感させるリズム」はトロンボーンによって繰り返され、しっかりと脳裏に刻まれる。

「芸術家の理想」のテーマで音楽は最高潮に達し、少し置いて闘いのテーマが最強奏で襲いかかる。もはや打ち勝つ力のない主人公。一気に減衰する音で、生と死のコントラストが鮮明に描きだされる。
このあたりのアクセルロッドの手腕は見事。
タムタムの音は風前の灯となり、主人公の死が告げられる。

しかし前曲とは違い、ここには”変容”という名の救いがある。
安らかに天に召されるようすが清らかな弦楽合奏を中心に描かれ、聴き手の心を緩和して終わる。



③ ベルリオーズ : 幻想交響曲

冒頭から弦楽合奏が丹念な情景描写を展開。そこにフルートとクラリネットが浮遊感のある音色で加わり夢心地にさせる。
その演奏は、立派に幻想交響曲のプロローグの役割を果たしていた。
第1楽章の198小節あたりで「タタタタタタタタ」とクレッシェンド(上昇)とディミヌエンド(下降)を繰り返す弦は、一糸乱れぬ合奏。まるで得体の知れない何かが近づいては離れていくようで不気味。
だた、終盤の追い込みからも、狂気や混沌といったニュアンスを感じることはなかった。

第2楽章は舞踏の音楽。
トランペット首席奏者のハラルド・ナエスが手にしていたのはコルネットか。いずれにしてもその音色と旋律は弦に遮られ、ほとんど聴き取れなかった。
一方で弦は滑らかな響きでその麗しさが際立つ。最後のクラリネットは足並みを揃え、ゆっくりとイデー・フィクスを奏でる。
アクセルロッドが空に向かって花を撒くようなジェスチャーをして、ふわっとこの楽章が閉じられる。

第3楽章のバンダのオーボエは、舞台裏ではなく3階席下手側からの演奏。前半の「死と変容」で素晴らしい演奏を聴かせた奏者だったが、ここでは音がやや大きく、技術的には申し分ないものの、遠近感という点では決して効果的ではなかった。
雷鳴は4人の打楽器奏者の好連携により、まさに遠くでごろごろと鳴っているよう。
この楽章はフルート首席の演奏が素晴らしかった。透明感のある軽やかな音色は、広大な平野に吹く爽やかな風のようだった。
そこには、ベートーヴェンの田園交響曲にインスパイアされたというのも納得の、長閑な田園風景が広がっていた。

ここまでは不満がないわけでもなかったが、ここからが凄かった。

第4楽章「断頭台への行進」の演奏は力感みなぎる。
トランペット、トロンボーンをはじめ金管群が「待ってました」とばかりに咆哮。4本のファゴットは数的優位を存分に生かし、鮮明にそしてリズミカルにモチーフを吹き鳴らす。
行列は沸き返り、断頭台へと進む主人公を囃し立てる。最後のギロチンから生首が転げ落ちる描写も見事だった。反復あり。

金管が前楽章の勢いを保持したまま、最終楽章のサバトの幕が開く。打楽器奏者は忙しなくマレットを持ち替える。
イデー・フィクスを奏でるクラリネットは好演。ユーモアたっぷりのフレージングは、「うらめしや」と幽霊が出てきそうで、そこにはもう麗しき面影はない。
鐘(カリヨン)は下手側の舞台袖から大きく鳴り響き、しばらくの間舞台で主役を担う。片やトロンボーンとテューバは、物々しく”怒りの日”を炸裂させる。コル・レーニョによる奇怪な響きを経て、魔女たちの饗宴は騒がしさと盛り上がりを増し、そのままフィナーレへと雪崩れ込む。

楽団員とも打ち解けたようすのアクセルロッドは、今回も安定の素晴らしさ。
「幻想交響曲」は秀演。京響の各セクションからしなやかな響きを引き出し、色彩感豊かな演奏に仕上げる見事な手綱さばき。
見通しのよさに思い切りのよさも加わり、メリハリのきいた音楽を聞かせてくれた。
次回の客演にも期待が高まる、そんな内容だった。