5月27日(土)

京都市交響楽団の首席クラリネット奏者、小谷口直子さんと、ピアニスト塩見亮さんによるデュオ・リサイタルを聴く。

普段と違いすべて自由席。
気合いを入れて、開場40分前に一番乗りで到着。
安堵して辺りをぶらついていると、後から来た中学生くらいの女子、およそ10名に先を越される。開場10分前にもかかわらず、既に行列が長く伸びていたので、ホール側の配慮で予定時刻を繰り上げ開場。希望の座席を確保し、事なきを得る。

開演は午後2時。
京都・青山音楽記念館 バロックザール。


▶ プログラム

① ヒンデミット : クラリネットとピアノのためのソナタ
② ブラームス : クラリネットとピアノのためのソナタ第1番 ヘ短調
③ レーガー : クラリネットとピアノのためのソナタ第3番 変ロ長調

クラリネット : 小谷口直子
ピアノ : 塩見亮





チケットは、発売開始から速い段階(1か月くらい)で完売。
お二人は大学の同期。室内楽で度々共演していることもあり、息もぴたりと合い、均整のとれたアンサンブルを聴かせてくれる。

小谷口さんのクラリネットは、京響定期のときと変わらず、丸みを帯びた穏和な性格の響き。
一方、初めて聴く塩見さんは、知的なピアニズムで明晰な響き。ヒンデミットのソナタ第1楽章の指示にある「Mäßig(適度に、節度のある)」といった演奏が、全編を貫く。


堂々たる出だしから陽気な前半部を経過すると、徐々にテンポも曲想も落ち着きを取り戻し、最後はひっそりと閉じられる第1楽章。最後の和音は、何事もなかったように静かに鳴らされ、ゆっくりと減衰する。
第2楽章は前楽章の”動き”をさらに推し進め、幾分かユーモラスにモチーフを交わす。しかし、根底にあるのは泰然とした雰囲気。
作品の概ね半分を占める第3楽章は、「Sehr langsam(非常に遅く)」の指示どおりに展開。クラリネットは息の長いフレーズをアンニュイな空気で満たしつつ、奏でる。ピアノもそれに同調し、厳かに和音を打ちつける。
第4楽章は、前楽章の空気を振り払うように軽快な展開。素朴なクラリネットに、ピアノが乾いた響きで応じる。
ピアノは、この作品においてはあまり重くならないよう、きりりとした音を意識しているようにも感じられた。

2曲目はブラームスのソナタ第1番(op.120-1)。
第1楽章冒頭、蠢く低音から打鍵が力強さを増すなど、ピアノにはブラームスらしい重厚な和音を聴くことができる。クラリネットは性急なモチーフを小気味好いテンポで繰り出す。下降音型の応酬に象徴されるように、厳然とした雰囲気が漂う。
続く緩徐楽章の旋律を、もの寂しげな音色で歌うクラリネット。息の長いフレーズにおいても、ブレスはまったく窮屈にならず安定している。中間部ではピアノの柔らかい響きに、弱音でそっと寄り添う。「un poco adagio」を意識した所為か、甘美というより端正な演奏に感じられた。
第3楽章主部における掛け合いは、身体を左右に揺らしたくなるほど愉快。
第4楽章は全体的に速めのテンポ。クラリネットは、10小節目のleggiero(軽く優美に)と指示されたスタッカートも鮮やかに駆け抜ける。突き抜けるような高音に、跳躍も頻繁にあらわれ、軽快な遣り取りが聞かれる。


休憩を挟み、後半はレーガーのソナタ第3番(op.107)。
次第にテンポを緩やかにして、思索に耽るような語り口が印象的な第1楽章。ピアノの響きも十分に余韻を残しつつ、沈潜する。
第2楽章のScherzoは、それほどユーモアの要素を感じさせず、昼下がりに相応しい穏やかな表情を浮かべ進行する。トリオの出だしでは、ピアノの和音が敬虔な祈りのように響く。
続く第3楽章はAdagioらしく、美しさを湛えた息の長いフレーズが、ピアノの(分散)和音を伴ってあらわれる。クラリネットのはんなりとした音色が真っすぐに伸びる。この主題は、第4楽章の最後に再現され、作品をしっとりと締めくくる。
やや晦渋な音楽をありのまま、丹念に描き出すような演奏だった。

アンコールは、ブラームスの「子守歌」op.49-4。

「クレッシェンドよりディミヌエンド。また音が鳴っているときより音の無い余白部分に心惹かれる」と終演後の挨拶で話されていたように、弱音や減衰する音に対する丁寧な扱いも印象に残る。ドイツもので統一されたプログラムということも相俟って、総じて腰の据わった渋い演奏だった。