11月20日(日)
マイケル・ティルソン・トーマス(MTT)指揮サンフランシスコ交響楽団の来日公演を聴く。
午後2時開演。会場はフェスティバルホール。
▶ プログラム
① マイケル・ティルソン・トーマス : アグネグラム(1998)
② ショパン : ピアノ協奏曲第2番 へ短調
③ マーラー : 交響曲第1番 ニ長調 「巨人」
ピアノ : ユジャ・ワン
管弦楽 : サンフランシスコ交響楽団
指揮 : マイケル・ティルソン・トーマス(音楽監督)

ティルソン・トーマスの指揮は久しぶりで、2009年7月のPMFオーケストラ大阪公演以来。
そのときも自身の作品(シンフォニック・ブラスのためのストリート・ソング)とマーラーの交響曲(第5番)の組み合わせだった。
前半のオーケストラの配置は標準的。チェロが上手前方に並ぶ。
① マイケル・ティルソン・トーマス : アグネグラム(1998)
アグネス・ラムではないので悪しからず。
ウッドブロック、シロフォン、グロッケンシュピール、鞭、チューブラーベル、小太鼓、シンバル、その他諸々。実に多彩な打楽器が、金管群とともに派手に鳴らされ、騒々しくテーマが展開する。
そこへ弦と木管が主体の、日本人にも親しみやすい民謡調のテーマがもうひとつ。しかし、それは単に親しみやすいだけでなく、シンコペーションを効果的に用いた印象的な旋律。
前者は、ガーシュインの「パリのアメリカ人」を思わせる。
パワフルな金管に色彩豊かな打楽器。比較的編成の大きなオーケストラによる快活な演奏は、アメリカ特有のダイバーシティを内包する。
曲自体に目新しさはないが、壮麗なオーケストラの響きを楽しむことができた。
② ショパン : ピアノ協奏曲第2番 へ短調
コツコツと音を立てスタインウェイに向かって歩く、ソリストのユジャ・ワン。
トレードマークのボディ・コンシャスな出で立ちにピンヒール、そしてダイナミックに上体を前屈させるお辞儀はいずれも健在。
光を受けて虹色に輝くスパンコールの衣装は、遠目からだとほぼ宇宙人。
お目にかかるのは、昨年のロイヤル・コンセルトヘボウ管との共演で、チャイコフスキーのコンチェルト第2番を聴いて以来。
第1楽章冒頭のオーケストラの演奏が感心しない。
緩やかなテンポ設定はまあ良いとして、弦の合奏が揃わず、緊張感を欠いた演奏は、まるで炭酸がすっかり抜けたコーラ。
精度に関してはそのあと持ち直したが、提示部におけるこの生温さは致命的。
ユジャ・ワンは切れ味鋭く粒立ちの良い音を奏でるが平板。限定的なルバートで、テンポの変化にも乏しい。
第2楽章に移っても、淡白な印象は変わらずそのまま。音色そのものは澄んでいて美しいが、”甘美”ではなくどこか醒めている。
主部で、オブリガード風のピアノに寄り添うようにして奏でるファゴットのペーソスが、唯一胸に響く。
力のこもった打鍵でそれまでの空気を一変させた変イ短調の中間部は、シリアスなニュアンスがしっかりと出ていてよかった。
もっとも生き生きとしていたのが第3楽章。手数が多く、連続する華やかなパッセージで軽快に指を踊らせるユジャ・ワン。対するオーケストラも堂々と鳴り、力強かった。
演目を見たときから、このコンビとの相性を危惧していたが、嫌な予感は的中。
ロマン派の音楽とはかけ離れた、スマートで味気ないコンチェルトだった。
ソリスト・アンコールでは、彼女が敬愛するホロヴィッツによる「ビゼーのカルメンの主題による変奏曲」を演奏。鮮やかな技巧と歯切れの良さで圧倒する。
コンチェルトとソロではまるで別人のよう。好き嫌いは別にして、後者のほうがこの人らしい。
③ マーラー : 交響曲第1番 ニ長調 「巨人」
後半に入ると、編成はもとより楽器の配置も一新。チェロが下手側に並ぶヴァイオリン両翼配置に変わる。
コントラバスは1stヴァイオリンの後方、ホルン奏者は木管と打楽器の間で横1列に並ぶ。弦は大所帯。
第1楽章は、最終的に作曲者により削除された標題「春、そして終わることなく」を意識させる、静かだが幸福感に満ちた響き。
終結部手前、シンバルと大太鼓の強打を切っ掛けに各楽器が賑賑しく鳴りはじめるあたりも、春の訪れを合図に花々や虫、そして鳥たちが一斉に動き出す光景を思わせる。
3名のトランペット奏者は、それほど遠くない舞台裏から、溌剌としたファンファーレを鳴らす。やや音響効果が弱い(遠近感に乏しい)気がしないでもない。
鳥の囀りを模した音型を奏でる木管のなかでは、フルートのモチーフが特徴的で、最後の音を長く延ばし、余韻を残していた。
第2楽章は、オスティナートのリズムをはじめ、のしのしと緩やかなテンポで進行していく印象。
要所でホルンの活躍が目立つ。クラリネットなどの木管とともにベルアップで吹かせる場面も時々見受けられた。レントラー風の中間部は、前楽章の穏和な性質を受け継ぐ。自然に続き、人間も踊り出す。
この楽章が終わったところで、譜面台のそばに用意してあったドリンクを手に水分補給をするMTT。
第3楽章冒頭、舞台下手側最前列に構えるコントラバスが弱音器を付け、安定感のある音で心寂しい主題を奏でる。
はっきりとした発音で輪郭の鮮明なオーボエの響きが印象的。
この主部の途中ではリテヌートするなどテンポに変化をつけていた。
第4楽章は、冒頭から弦が力のこもった合奏を展開。それまでの楽章とは一線を画す激しさで、緊迫感を表出。展開部で一度、壮大にクライマックスを迎えたあと、第1楽章の序奏が再現するところで、張り詰めた空気から静謐な音楽へと違和感なくつなげるあたりが素晴らしい。
コーダでは、指示どおりホルン奏者が一斉に起立。打楽器の前に出現した壁に導かれ、晴れがましいフィナーレを迎える。
MTTの指揮は、多少粘り気のあるフレーズの処理も見受けられたが、グロテスクな強弱の変化はなく、全体としては端正にまとめられていた。
若きマーラーの青春や情熱を感じさせる、フレッシュで健康的な音楽だった。
サンフランシスコ響は、編成の大きさゆえ多少大味なところや、ホルンのミスなども数箇所あったが、裏を返せばスケールが大きく、特に金管は海外のオケならではの力強さがある。管楽器に関してはそれぞれがはっきりと主張していた。