6月26日(日)

久しぶりに傘の要らない、すっきりとしたお天気。

フェスティバルホールで、バーミンガム市交響楽団(CBSO)の来日公演を聴く。
第54回大阪国際フェスティバルの公演のひとつ。

CBSOについては、2013年秋、当時の音楽監督アンドリス・ネルソンス指揮で聴いて以来。
そのネルソンスが退任、今秋には若手女性指揮者ミルガ・グラツィニーテ・ティラと新たな一歩を踏み出すことになる。
今回の来日はその交代の狭間にあたり、指揮は両者のどちらでもなく、山田和樹が客演でタクトを振る。

その山田和樹も今秋、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任することが決まっている。(そのモンテカルロ・フィルは先月、西本智実の指揮でフェスティバルホールで来日公演を行なった。)


▶ プログラム

① ウェーバー : 歌劇「オベロン」序曲
② ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第3番 ニ短調
③ ベートーヴェン : 交響曲第7番 イ長調

ピアノ : 河村尚子
管弦楽 : バーミンガム市交響楽団(CBSO)
指揮 : 山田和樹




オーケストラは、ヴァイオリンが舞台下手側、チェロが上手側前方に構える標準的な配置。


① ウェーバー : 歌劇「オベロン」序曲

序奏部、冒頭のホルンに続いて聞こえるヴァイオリンの合奏が明らかに不揃い。
EU離脱問題が、イギリス有数の大都市を本拠地とするオーケストラにも影響を与えているのかと勘繰るほどに。
そうした傾向は、チェロの低音が安定をもたらす16小節目あたりまで続く。

強烈なtuttiを経て主部に入ると、ヴァイオリンの精度が改善。
特にコーダ直前の16分音符の早急なパッセージは、迫力があって素晴らしかった。
木管は”古色蒼然”とは対極にある、洗練された明るい音色。
ここでは、フルートとクラリネットが印象的。
ヒュオンのアリアのモチーフを奏でるクラリネット・ソロも、明快な音をゆっくりと響かせる。

指揮はppからfffまで、振幅の大きい強弱に心を砕き、再現部のレツィアのアリアのモチーフではリズムを強調、コーダ直前でリテヌートするなど特徴的な表現も聞かれた。
途中、見事に軌道を修正。
オペラの序曲に相応しい心躍る音楽を溌剌と展開し、好演という結果につなげる。


② ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

赤いドレスに身を包み、ソリスト河村尚子が登場。ピアノはスタインウェイを使用。

冒頭の第1主題、ピアノがシンプルな旋律をリリカルに奏でる。
オーケストラと張り合ってガンガン弾く感じでもなく、あくまで自然体。
そのしなやかな打鍵は、重厚なオーケストラに対し少々優しすぎて、特に第1楽章では音がオーケストラのtuttiに埋没してしまう箇所があった。
ピアノは、カデンツァではないにせよ独奏風のフレーズが多く、そこではショパンのノクターンのように詩情豊かに旋律を歌わせる。
それがカデンツァでは一変、ダイナミックかつ激しく和音を叩きつけ、鬼気迫るパフォーマンス。セクションごとに音色を変化させ、叙情性と技巧がバランスよく両立した演奏を展開。

第2楽章では、中間部後半のワルツ風のフレーズが素晴らしく、軽やかなピアノの装飾音と木管、リズミカルな低弦が一体となった、舞踏的要素を強く感じさせる演奏。
その哀愁の帯び方は、同作曲家の「交響的舞曲(シンフォニック・ダンス)」を思わせる。
アタッカで第3楽章へうつると、前半はクリスタルな高音主体で軽快に、中盤はフルートの清澄な音色に寄り添いながらリリシズムを漂わせ、そして後半は決然とピアニスティックな和音を響かせる。
短いカデンツァの直前には、ティンパニのトレモロを合図に少しテンポを落とし、オーケストラとともに軍楽調のリズムを際立たせていた。雄大なトランペットの吹奏のあとコーダに入るとテンポアップし、そのまま一気呵成にフィナーレへとなだれ込む。

オーケストラではヴィオラ以下、中低音域の弦が重厚で、取り分け第2楽章の導入部の合奏が素晴らしかった。木管は、第1、第2楽章のオーボエ、第3楽章のフルートと、前曲同様に朗々と鳴っていた。

演奏が終わるや否や、指揮者とソリストが互いに歩み寄り、抱擁を交わしていた。
演奏中に時おり鼻を擤む仕草が見受けられるなど、河村尚子は体調が万全ではなかったのかも知れない。しかし、第3楽章でピアノにエールを送るように、渾身の力でオーケストラを大きく鳴らした山田和樹のサポートにも支えられ、多少のミスタッチもそれを補って余りある、胸が熱くなる演奏だった。



③ ベートーヴェン : 交響曲第7番 イ長調

ティンパニを舞台後方から上手側に移動させた他は、配置に変更なし。
1stヴァイオリンは7プルト。指揮は暗譜で行なう。
はっきりとした間は第2楽章が終わったあとのみで、その他は間髪を容れずに次楽章へ進む。
全体としては、一般的なベト7のイメージに符合するオーソドックスな演奏。
際立つリズムと強弱にユニークな表現を交えた、豪胆な指揮。

序奏では、16分音符のパッセージで「ダダダダダダダダ」と、低弦と高弦が力強く噛みあい、
主部では、ティンパニが硬質なマレットでアクセントを施し、安定感抜群の木管セクションが、ぴたりと息の合った軽妙なアンサンブルを聞かせる。
終結部付近では、金管も歯切れのよい音で加わり、小躍りしたくなるような躍動を随所に散りばめる。テンポをほぼ一定に保ち、堅実に音楽を構築している印象。

第2楽章は指定どおりAllegrettoのテンポで、どちらかと言えばきびきびと展開。
冒頭はヴァイオリンを除く弦の合奏で静かにはじまり、そこでのヴィオラとチェロの中低音が滑らかで美しかった。
「タンタタタータ」のリズムを奏でる楽器は次第に数を増やし、ffではじまるtuttiが”長大なクレッシェンド”の頂点を形成する。
楽章が終わりに近づき、音楽がピッツィカートで鎮まろうとするその手前で速度を緩め、オーケストラをひと際壮大に鳴らしていた。

第3楽章はトリオに少し特徴がある。
ティンパニとトランペットが加わる後半でテンポを落とし、飽和状態までボルテージを上げる。
ここだけは、軽快なスケルツォとは趣きを異にする豪快な音楽。

最終楽章は快速なテンポで飛ばすことなく、悠然と構える。第1主題では、緩急によってリズムにニュアンスを出すという面白い表現も聞かれる。
後半にうつると、金管の斉奏が整然と鳴り響き、ヴィオラ奏者も椅子から腰を浮かして演奏するなど、オーケストラ全体が徐々に熱気を帯びはじめる。
エネルギッシュかつスリリングに展開し、最後の熱狂的なフィナーレへと導く。

今年3回目となるベト7だが、今回がもっとも個人的な好みに合致した演奏だった。




山田和樹は、演奏終了後も鳴り続ける拍手喝采を一旦制止。ティンパニ奏者が明日誕生日を迎えることを客席に伝え、楽団員を含め会場を盛り上げていた。
またアンコールには、バーミンガム市響がシーズンを通して取り組んでいるという、没後400年を迎えるシェイクスピアにちなんでウォルトンの作品を採りあげていた。

共演回数の少ない(もしくは初共演の)オーケストラと良い演奏を作りあげるには、細やかな気遣いやコミュニケーション能力が求められるのだと思った。
両者の良好な関係は、波長の合った演奏からも感じ取ることができた。