今月の京響定期演奏会は、
終戦記念日を控えた8月11日に、ドヴォルザークのスターバト・マーテルを演目として行なわれました。
スターバト・マーテルは「悲しみの聖母」を意味します。
磔刑となったイエス・キリストの死を嘆き悲しむ、聖母マリアの心情を描いた詩です。
作曲者のドヴォルザークは、
相次ぐ子どもの死に見舞われた自身の悲痛な想いを、この詩に重ね合わせ、旋律と歌唱を付けました。
作品は全10曲で構成されます。

・ドヴォルザーク/スターバト・マーテル
独唱:
石橋栄実(ソプラノ)
清水華澄(メゾソプラノ)
高橋淳(テノール、大槻孝志が声帯疲労のため変更)
久保和範(バスバリトン)
合唱:京響コーラス(約100名)
合唱指揮:小玉晃
指揮:広上淳一(常任指揮者)
ここにきて、ようやく常任指揮者、広上氏の登場です。
プレトークでは、合唱指揮の小玉氏とともに登壇して、今回の演目の紹介をされました。
聴きどころは、やはり全10曲中7曲に顔を出す合唱。
特にア・カペラの(管弦楽の演奏がない)合唱パートは念入りに練習したので、注目してほしいとのことでした。
以前の井上道義指揮によるブルックナー第8交響曲の演奏時と同様に、舞台上には録音マイクが点在していました。
オーケストラは通常配置。
合唱団は最後方、独唱者は指揮者のすぐそば左右に着席。
左斜め後方にオルガン。対する右斜め後方にティンパニが配置されています。
前半部は標準的、後半部はやや速めのテンポでしたが、時間にして約80~85分の熱演。
第1曲の管弦楽による序奏は、悲しみと同じくらいの割合で配合された美しさが胸を打つ。
広上氏は、各楽器に対し明確な指示を与え、ホール天井のさらに上空へ音を届けるべく大きな身振りで躍動。
以下は、各独唱者についての全体的な印象です。
直前に独唱者の交代があったテノールは、
やや直線的な声調だったものの声量は申し分なく、力強い歌唱で見事に代役を務めあげる。
バスバリトンは、ほぼ全曲を沈痛な雰囲気が覆うこの作品においては、
低音部の管弦楽と音域が重なり、合奏を伴うとその違いを鮮明にすることが難しいと感じました。
しかしながら第4曲の独唱はスマートな好演でした。
高音パートは声量も伴い、伸びやかな歌唱を聴かせたソプラノ。
棘のない柔らかな声質に清らかな透明感が少し加われば、なお良かったと思います。
第8曲での二重唱は、テノールとのバランス・相性もよく、もっとも印象に残りました。
メゾソプラノは今回、独唱者の中でもっとも素晴らしかったです。
声量と力強さは抜群。高い歌唱力と存在感は、第2曲の四重唱においても際立っていました。
第9曲の独唱パートは、乱高下する音程に多用されるビブラートと、非常に難度の高い歌唱だと思われますが、驚きの安定感でした。
合唱については、第1曲冒頭の「Stabat Mater …」の箇所だけ、全体の声量が不足しているように感じられましたが、
その後は各声部のバランスもよく、強弱のつけ方は繊細。息も合っていました。
総勢約100名による大合唱はホールが揺れんばかりの迫力。
念入りに練習を重ねた第7曲と第10曲のア・カペラパートも、その努力が結実し、神々しさをも感じさせるハーモニーを披露。
今回は特に男声合唱が強く印象に残りました。
管弦楽については、歌唱が中心的役割を担う作品において、通常の定期演奏会ほど特徴的ではなかったですが、
いつものように透明感のあるヴァイオリンは曲想に相応しく、第8曲の木管楽器を中心とした軽妙なリズムの掛け合いも印象的。
チェロやコンバスが刻む低音のリズムは的確。
金管楽器はしっかりと抑揚をつけつつ控え目な響きで、全体として均整のとれた演奏でした。
第4曲のオルガンと女声合唱のみで
「聖なる母よ、お願いします。十字架に釘付けにされたときの傷を、私の心にも深く刻みつけてください」
と歌われるパートは、この一節だけでも教会で聴いてみたいと思わせるほど神聖。
ラストの「アーメン」の輝かしい大合唱の後、祈るように曲が閉じられた瞬間は、
聴く側の人間であるにもかかわらず、達成感の中で大きく息を吐いてしまいました。
終演後は、先程まで演奏されていた奏者の方々が私服姿でロビーにあらわれ、
飲み物を片手に和気藹々とした雰囲気の中、レセプション(交流会)が催されました。
少し遠目ですが、4人の独唱者が今回の感想を述べられているときの写真です。
ビールを片手に京響について熱心にお話しされる広上氏。
今年1月から8月までの定期演奏会のチケットは完売が続いており、そのことに対する謝意を述べられていました。
また、(何月か忘れましたが)来年のNHKFMで京響特集が予定されていることを嬉しそうに告知されていました。
レセプションの最後に、京響コーラスの方々と記念撮影をするマエストロ。
その光景を横から何食わぬ顔をして、ちゃっかり写真に収める。
井上道義氏の提唱により結成された京響コーラスは、
プロ集団ではなく、他の仕事に就かれている一般の方々で構成されており、
毎週月曜日を中心に集まり、午後6時30分から9時までの間、練習を重ねておられるそうです。
今年は年末の第九演奏会で再会します。
ドヴォルザークのスターバト・マーテルは、今回初めて生演奏を聴きました。
それ以前に、定期演奏会の演目でなければ、作品自体を知るのがもっと先になっていたことでしょう。
こうして演奏機会が少ない作品に接することができるのが、定期演奏会の醍醐味だと改めて思いました。


