6月8日(土)14:00 @ザ・シンフォニーホール。



考えてみれば、今年初めてのシンフォニーホールです。音響は一番好きなホールですが、関心を惹く公演が少ないのが残念です。

今回は急遽、10日前にチケットを手に入れたので、おひとりさまで意気軒昂に参戦。

ダニール・トリフォノフのピアノリサイタルです。

$おもひでぺたぺた♪


ダニール・トリフォノフ
1991年、ロシア生まれ。
ルービンシュタイン国際ピアノコンクール、第14回チャイコフスキー国際ピアノコンクールでそれぞれグランプリと第1位を受賞。
そして、第16回ショパン国際ピアノコンクール第3位の実力派ピアニスト。
2013年2月にはカーネギーホールでのデビューを果たしている。

$おもひでぺたぺた♪



プログラム
① スクリャービン/ピアノソナタ第2番 嬰ト短調「幻想ソナタ」
② リスト/ピアノソナタ ロ短調
③ ショパン/24の前奏曲



若き才能、颯爽と登場。
スタインウェイの前に座るや否やピアノにかぶりつきそうな勢いで演奏を始める。


① スクリャービン/ピアノ・ソナタ第2番 嬰ト短調「幻想ソナタ」

明確な八分休符を挟みながら、ゆったりとしたテンポで始まる。
プログラムノートによると第1楽章のアンダンテは、夜の海辺の静けさや月の光をあらわしているとのこと。
とりあえず解説は膝の上に置いといて、実際の響きを体感してみる。
第1主題の反響する三連符は波紋を、
第2主題のキラキラとした分散和音は、川のほとりでせせらぎに耳を澄ます情景を想起させる。
「水」というニュアンスを伝える確かな表現力。

ピアニッシモで奏でられる高音は月から零れる光のしずくの如し。繊細に響く極上の二音に息をのむ。
深い海の動揺を描いた中間部では、一転して強烈な打鍵。まるで夢から現実へと連れ戻された気分。
そして再び夢の世界へと。実にダイナミックな緩急。

第2楽章のプレストは無秩序な快速調ではなく、
無窮動の中にもしっかりとした構成があり、フレーズごとに強弱をつけ弾き分けているのがはっきりと感じられる演奏。



② リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調

強弱のつけ方が大胆で、フォルテではその衝撃で座席から飛び上がりそうになる。(注:寝ていたわけではない。)
静から動への転換の瞬間では「スーッ」と大きく息を吸い込み渾身の一打。その息づかいが聞こえてくる。

葬送のように重苦しく幕を開け、次の瞬間、ピアノに挑みかかるような激しい打鍵。
グランディオーソでは時おりテンポを落としつつ、壮大かつロマンティックに弾き進めてゆく。
ショパンのような美しい旋律に始まるカンタンド・エスプレシーヴォ(その後のクアジ・アダージョも同様)に差し掛かると一転、
柔らかく繊細で抒情的な響き。その中盤で聴かれる折り目正しいトリルが何とも心地よい。

印象的な旋律(動機)は5つか6つではないだろうか。とにかく数えるほどだが、それが変幻自在に形を変えてあらわれる、このピアノソナタ。
それを卓越した技巧、音響のダイナミズム、そして詩的な歌い回しで描き分ける圧巻のピアニズム。

クールな外見とは異なり情熱的。曲の構造や魅力が伝わってくる素晴らしい演奏でした。



③ ショパン/24の前奏曲

指の運びが確認できないが、代わりに表情の変化はつぶさに見てとれる位置。

繰り出される音色が多彩なら、演奏中の表情も多様。
「天まで届け」と言わんばかりに見上げ、恍惚の表情を浮かべたり、湧きあがる感情を鍵盤にのせるときは悶えるかのよう。

緩やかな曲想においては、標準よりゆったりとしたテンポで演奏されることが多かった。
「第8番嬰へ短調」や「第12番嬰ト短調」などテクニカルな曲も良いが、
「第4番ホ短調」や「第13番嬰ヘ長調」のような緩やかな曲に弾き手のアーティスティックな一面が凝縮されていて魅力を感じる。

記事を書いている今でも、特に「第17番変イ長調」の、絶妙のフレージングによる歌い回しが頭をめぐる。
ピアノの弦を叩く音が聴こえないほど柔らかなタッチで奏でられる調べは優美。思わず目を閉じて音だけに神経を集中させる。

「第15番変ニ長調(雨だれ)」のあとの「第16番変ロ短調」の演奏には圧倒され、
「第20番ハ短調」の鐘のように打ちつけられる和音も印象的だった。


アンコール最後のストラヴィンスキー/火の鳥「魔王カスチェイの凶悪な踊り」は悪魔的な音響と超絶技巧による凄まじい演奏で熱狂。




時間の使い方と言うか間の取り方が絶妙で、
はっきりと置かれる休符においても、緊張の糸でこちらの目を向けさせ、決して間延びを感じさせない。
その技は老練ともいえ、練習では決して身につけることのできない天性のものだろう。そのあたりにセンスの良さを感じる。
ショパンのような美しい旋律をもつ曲においても、その特長が活かされ、まるで行間を巧みに使う詩人のよう。


演奏が終わった後の彼は、カーテンコールの度に、四方それぞれ丁寧にお辞儀をする好青年でした。
今回の公演は空席が目立っていましたが、そのことが惜しくなる充実した演奏でした。

「ラフマニノフやプロコフィエフあたりのロシアもののソナタだとどんな感じだろうか。」
アンコールのストラヴィンスキーに接して、そんなことを空想。
駅までの道のり、梅田スカイビル(空中庭園)を眺めつつ。




ピアニストであると同時に作曲にも取り組んでいるというトリフォノフ。
いずれ、自作自演や管弦楽の演奏が聴ける日も来ることでしょう。才能あふれる芸術家のこれからますますの活躍が楽しみです。


【おまけの雑感】
コンサートやリサイタルの感想をブログに書き始めてからもピアニストで挙げると、
エル=バシャ、マツーエフ、ユジャ・ワン、ヴンダー、そして今回のトリフォノフ、各氏の演奏を聴いてきましたが、
当たり前なのかも知れませんが、どの演奏も(響きや音色も)誰かと同じどころか似てさえもいない。
そんな弾き手の個性や感性をありのまま音で伝えてくれるピアノという楽器に、一層の関心をもたせてくれた、そんなリサイタルでもありました。