というタイトルですが…、

別にどなたかの展覧会の感想ではありません。

ロシアの音楽家、モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)作曲の「展覧会の絵」〈Pictures at an Exhibition〉のことです。

そうクラシックです。

あまりにも有名な「プロムナード」で幕を開けるこの作品は、元はピアノの独奏(原典版)によるものでしたが、
「管弦楽の魔術師」の異名をとるフランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875-1937)の、色彩豊かな管弦楽編曲版(ラヴェル版)で日の目を見ることとなり、今もその形で耳にすることが多いです。


親交のあった建築家ヴィクトル・ハルトマンの急死により、大きなショックを受けたムソルグスキーが、
彼の遺作展で設計図やスケッチなどの絵を鑑賞し、
そこから受けたインスピレーションをもとにして作曲したのが、この「展覧会の絵」です。

しかし謎も多く、
曲の題名となっている「絵」が遺作展のカタログに掲載されていなかったり、原画が不明なものもあり、すべてがこの遺作展から着想を得たものかは、はっきりしていません。

ただ、そのミステリアスな部分も、この作品を魅力的なものにしている要因のひとつだと思います。

作品中、曲調や調性を変えて頻繁に出てくるのが、上にも書いた「プロムナード」で、
これは遺作展を鑑賞するムソルグスキー自身が会場を歩く姿を表現しています。

では、
ラヴェル版を聴きながら、
原画やモチーフと推測される絵を観ていきましょう。
(絵は存在しないものや特定されていないものもあるので参考程度に)

動画は、キリル・カラビッツ指揮デンマーク国立交響楽団の演奏です。





・プロムナード(トランペットの独奏から始まる、堂々として)

1.こびと(グノム)
グノムとは、地底の宝を守る神。
奇怪なこびとがたどたどしい足どりで、地を這うように蠢く姿を描いています。
曲調は緩急めまぐるしく、不気味な雰囲気を帯びています。

$おもひでぺたぺた♪

・プロムナード(ホルンと木管楽器による)

2.古城
たゆたうシチリアーナのリズムにのって、寂寥感漂う旋律が延々と続くこの曲は、古城の前で歌う吟遊詩人を描いています。

$おもひでぺたぺた♪

・プロムナード(トランペットとトロンボーンによる)

3.テュイルリー
終始軽やかで、少し騒々しくもあるこの曲は、テュイルリー公園で遊び疲れた子どもの口げんかを描写していると言われています。

$おもひでぺたぺた♪

4.ビドロ(牛)
ビドロとはポーランド語で「牛の集団」の他に、「虐げられた人々」という意味があり、ムソルグスキーは後者を意図して作曲したと思われますが、
ラヴェル版は、その元となったリムスキー=コルサコフが解釈した前者「荷物を運ぶ牛の集団」を描き、
その牛の荷車が遠くからやってきて目の前を通り過ぎてゆく様子を表現しています。

帝政ロシアの圧政に苦しむポーランドの人々を表現している原典版の方が、内に秘められた怒りや悲痛な叫びといった色合いを強く感じます。
しかし重々しく陰鬱な曲調は共通しています。

$おもひでぺたぺた♪

・プロムナード(木管楽器と弦楽による、優しくも悲しげ)

5.殻をつけたひなどりの踊り
コミカルな曲調で、ひなどりの鳴き声と踊りが軽やかに表現されています。


$おもひでぺたぺた♪

6.サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
裕福で傲慢な男であるゴールデンベルクを重厚な低音で、一方、貧しく卑屈な男、シュムイレを甲高い高音で描き分け、この2人のユダヤ人が会話する様を表現しています。
最後は、ゴールデンベルクの威圧感にシュムイレが圧倒されて曲が終わりますが、実はこの2人が同一人物であるという見解もあります。

また、曲の終結部における一音が原典版とラヴェル版(R=コルサコフ版)では明らかに異なり、原典版のピアノの方が少し暴力的に聞こえます。
(ラヴェル版→ドレドシー、原典版→ドレシシー)

$おもひでぺたぺた♪

・プロムナード(ラヴェル版ではカット、冒頭と同じく堂々と)

7.リモージュの市場
前後の曲調とのコントラストが明確ですね。
リモージュはフランス中部に位置する町。
題名に相当する原画はなく、町の市場に集まった、賑やかで騒がしい女性たちのおしゃべり(男性にとっては喧嘩にも聞こえる丁丁発止)を表現していると言われています。

8.カタコンブ
昆布ではなくてローマ時代の墓という意味です。
旋律というよりは音の塊で、薄暗い中、不気味な和音が連続します。

$おもひでぺたぺた♪

・死せる言葉による死者への語りかけ(プロムナードの変奏、いたわるように穏やかに)

9.鶏の足のうえに建つ小屋‐バーバ・ヤーガ‐

原画はロシア様式の置時計のデザイン。
しかし曲は、その置時計ではなく、バーバ・ヤーガというロシアの伝説に登場する妖婆(魔女)を表現しています。
たたきつけるようなリズムの切迫した冒頭から、終始おどろおどろしく展開されます。
動き始めた不気味な妖婆が、何かに呼応するように忙しなく駆け巡る様が目に浮かびます。

$おもひでぺたぺた♪

10.キエフの大門
キエフに建造されることとなった大門の設計図に、着想を得て作られた終曲は、そびえ立つ大門を見上げるような壮大さをたたえ始まり、上昇下降する対旋律の効果もあり大きく盛り上がります。途中しっとりとしたコラールを挟みながら、ラヴェル版のクライマックでは鐘の音をイメージした打楽器が鳴り響くなどして、輝かしいフィナーレを迎えます。

$おもひでぺたぺた♪


以下は、リヒテルによる原典版、ピアノ演奏。











ピアノの原典版は、このリヒテルの演奏、
そして管弦楽のラヴェル版はエリアフ・インバル指揮フランス国立管弦楽団の演奏を聴いています。

双方を鑑賞してみると、
原典版はいい意味で洗練されていない荒々しさをもった作品で、モノクロームな印象であるのに対し、ラヴェル版は鮮やかに色づけされ、上品でエスプリに富んだ作品という印象を与えます。