----------------------------------------------------------------------------------
今日は観察ブログでも近況報告でもありません。
どうしても何か文字に残したくて、
このことを書いておきたくて、誰かにというより、自分のために書いています。
いつものフザケた内容とは全くことなる私のためのものなので、たまたま見かけちゃったかたはごめんなさいね。
----------------------------------------------------------------------------------
少し前に結婚した。(しれっと。そしてそのことはまた今度)。
そして私は姑に死ぬほど恵まれている。誰よりも。
たぶん世界で一番。
これだけは誇れる。
彼女は60才を越えてもスポーツをし、
明るく、
友達が異常に多く、
うちの息子はにゃこにベタ惚れだけど私たちもよと言ってくれ、
うちの母とも仲良くなりたいとはしゃぎ、
夫に何か言いたいことがあればこれに書いて渡すのよとこっそりメモをくれ、
遊びにいけば多すぎるくらいのケーキを何種類も買ってきてしまうような人だ。
私は彼女が大好きだ。
自慢の姑だ。
勝手に馬が合うと思い込み、
この先も一緒に何処かに行ったり、夫のぐちを言ったり、友達になりたいと思っている。
そんな姑が、昨日、緩和ケアのために入院した。
最初に発見されたガンが、他の臓器に転移した。
最初のガンは治せたけど、転移したガンはもう治せないそうだ。
もう苦しみたくない。
穏やかに最期を送りたい。
そう決めたそうだ。
とんでもないバレンタインプレゼントが解き放たれた。
夫は長男でもないのに、皆が後悔しないようにと必死に家族を取りまとめようと駆けずり回り、
夫の妹は母の選択に怒り狂った。
夫の兄は、何だか既に全てを受け入れているような、悟っているようなそんなかんじだ。
病院に入院したその日、
私は病院が規定する面会人数の制限にあぶれ、
彼女の夫や子どもたちの戻りを待っていた。
そんなとき、面会に行ったはずの義父が突然病室から戻ってきて私に行った。
「妻が呼んでいる。にゃこめると話したいそうだ。」
患者用に用意された、
モーツアルトやシューベルトのCDであふれかえるラックに紛れ込んだ、
クラシックの中でやけに異様な空気を醸し出していた矢沢永吉のCDを、
手にとってしげしげと眺めていたところだった。
矢沢のCDを丁寧に戻し、部屋に向かった。
私を見た彼女は、
病院には似つかわしくないやけに輝く笑顔を見せた。
そして、その場に他の家族もいたが、
新参者の私に手を握ってくれないかと彼女はねだった。
「にゃこめるの手はあったかいね。安心だ。
うん、すごくあったかい。」
彼女は何かを確認したように頷くと、
目に涙を浮かべながら、笑顔で私にこう言った。
「結婚式はね、私のためにやめたりしたらだめだよ。
絶対に120%楽しむんだからね。
戻ってくるまで必ず生きてるから。絶対に待ってるから。」
家族は全員我慢してるのに、
私は独りで馬鹿みたいに泣いた。
そして、
「それだけじゃだめ。写真が出来るのも時間がかかるからそれも見ないといけないし、お兄さんの子供の入学式もあるし、一緒に寝台列車に乗って旅行もしなければいけないんだ」
そんなばかみたいなことを言った。
彼女が気に入っているから体調が良ければ読むと言ってスーツケースから出すように言われた本を、
その場でAmazonで買って見せつけた。
私の感想を聞かなければならないんだと無言の圧をかけた。
生き方や命に関しての本だった。
あらすじを、あんなに真剣に何度も読んだのは初めてだった。
世の中は理不尽だ。
世の中善良であれ、みんな平等だと言うのに、
愛に溢れて善良に強く生きている人のところにだって、
病気はランダムにやってくる。
人は誰しもいつか死ぬ。
だからって今じゃなくたっていいだろう。
私は小学校に上がる前にガンで亡くなった祖父が病院でぽろっと言っていた言葉を思い出した。
「あー、もうちょっと生きてみたかったなぁ」
なんだそれ、じゃぁ生きてくれよ。
そのときそう思ったのを、なぜか今でも覚えている。
そして今回また思った。
いや願った。少しだけ文言を足して。
なんだそれ、じゃぁ生きてくれよ。
奇跡が起きるなら今だろう。
金ならいくらでも出してやる。
普段は神様なんて信仰してやいないのに、
都合よく神に適当なやり方で祈ってみた。
母に出会ってまだ数ヶ月。
私はいったい何に怒っているのだろうか。
理不尽さか、
生きてほしい人がつれていかれることか、
たった数ヶ月知り合っただけで誰よりもくらっている自分の傲慢さにか。
はたまた自分の非力さか。
町に出て大暴れして、
誰彼かまわずなぐってやりたい気分だった。
でも私は今日、関係ない移動の電車の中で独りで泣いた。
周りの人がドン引きしてたけど関係なかった。
「バレンタインに振られでもしたのかな」
そんな冷ややかな声が聞こえてきた。
だったらなんだ。
どうでもいい。
恥ずかしくもなんともない。
どこかの誰かの言葉なんてどうでもよかった。
世の中は勝手に動いている。
私は勝手に電車で泣く。(周りから見たら引くほどやばい。勉強しながら電車で泣いてるやつはさすがにキモい。)
人々は適当なことを言う。
電車は時間通り進む。
2月にしては気持ち悪いくらい暖かく、やたらと天気が良い日曜日だった。
世の中は、日常と変なことが常に混在しながら動いている。
どうか自然の摂理の通りになんてつまらないことは言わず、
変なことが起きてほしい。
それが世の中ってもんだろう。
今すぐ死ぬとも決まったわけでもないくせに、
他人の私は勝手に願った。





























