父がおととしガンになるより1年半ほど前から同じく肺がんを患っていました。
父の方が進行が早いガンだったので、先にどんどん病状が悪化していく父を見てとても辛かっただろうと思います。
それでも病室に足を運んでくれたり、もちろんお葬式にも参列してくれました。
今年に入ってから急激に病状が悪くなったようで、ここ1ヶ月はずっと病院にいました。
今回の入院で初めてお見舞いに行った時に
「お父さんの分までがんばらなきゃだめだよ」
って言ったのがちゃんと会話した最後でした。
それから次に行った時にはもう話すことができなくなっていました。
今まで父と叔父が似ているなんて思ったことがなかったのですが、ベッドに寝ている叔父は父とそっくりで、お父さんにまた会えた気がしてなんだか心があたたかくなりました。
叔父の娘であるいとこのまりちゃんは介護士であり、看護助手でもあります。
だから普通の人ができないような看病を沢山してくれました。
毎晩毎晩手足のマッサージをしてくれたり、頭を洗ってくれたり。
一旦自宅療養になった時、点滴を代えたりしなければならなかったらしいのですが、ちょっと天然な叔母よりもまりちゃんの方が叔父は安心だったみたいです。
仕事だからできる。とは言ってもあれだけのことを毎日叔父にしてあげられる心の優しさ、強さを持っているまりちゃんを心から尊敬し、感謝の念でいっぱいです。
叔父は優しい娘と、おちゃめな叔母がいて本当に幸せだったんだな。って思います。
日曜日、仕事が終わってから危篤の知らせを受けて自転車でマッハで泣きながら40分かけて病院までかっとばしていきました。
うちの家族と、叔母とまりちゃん、叔母の義姉が揃っていました。
父の時は危篤って言われてから亡くなるまで丸1日あったので、これからどれだけ見守ることになるのかな。と思っていましたが、真ん中の弟の家族が揃ったところで、眠るみたいに息をひきとりました。
皆が揃うまで待っててくれたんだね。
ほっとして安心したんだね。
ってみんなで言いました。
父や叔父の母である93歳のおばあちゃんの悲しみや、叔母やまりちゃんの今までの看病のこと、お兄さんと弟を亡すことになる真ん中の叔父さんのこと。
小さい頃叔父のうちに遊びに行ったこと、お父さんが死んだ時のこと。
人が今まさに死ぬという現実。
色んな思いがあふれてきて涙がとめどなくでてきました。
もう泣いて泣いておかしくなってたのかもしれません。
亡くなった後は看護師さんがお支度をしてくれます。
点滴を外して、目を閉じさせて、両手を組ませてくれます。
病室に入って白い布を取った瞬間、、、
今まで入れ歯をしていなかったので閉じていた口に無理に入れ歯を入れたことで前歯だけ出ていてもうなんでしょう、急におそ松君のイヤミみたいな、こう言っちゃなんだけど井上ひさしさんみたいなwww
もう大爆笑ですよ。。。
私、姉、叔母さんの3人だけ。
で、おばあちゃんにこっぴどく怒られるっていう笑
父の時も、お支度してもらったら急に歌舞伎役者みたいに男前になっちゃって爆笑しておばあちゃんに怒られた私達。
なんでしょうね。緊張と緩和ですかね。
笑っちゃいけない場面って逆にだめですね。
でも後で叔母さんが
「みっちゃん(叔父)が最後に笑わせてくれたんだね」
って。
私達もそう思います。
悲しんでるだけじゃだめだよーって。
ありがとねーって
そう言ってくれている気がしてほっこりしました。
長いこと、病気の進行の心配や痛みに耐えて、がんばった叔父さん。
最期まで投げ出すことなくよくがんばりました。
今はほっとしていることでしょう。
同じだけ看病で体や心を沢山使ってきた叔母さん、まりちゃんもよくがんばりました。よく休んでください。
私達家族も今悲しみの中にホッとした気持ちも大きいです。
お父さん、叔父さんという大切な二人を見送りました。
大きな仕事がひと段落した気持ちがします。
二人の残してくれた目に見えるもの。見えないもの。
全部大切にこれからの生きる糧としていきます!
お父さん、叔父さん。本当にありがとう!
天国でゆっくりゆっくり楽しんでください。
私達もこの世で思いっきり楽しむからそこから見ていてね☆
