そんなこんなで前記事にかいたけど離婚後初職場で2度ほど倒れ、何度もいろんなところの検査をして、辿り着いた精神科。
私はそんな弱くない!と思いながらいやいや辿り着いたんだけど、その時はパニック障害と言われました。
実際1人で外食できなかった。
1人ご飯大好きだったんだけど、入って注文して待ってる間にそわそわそわそわしちゃって、震えが止まらなくなって座ってられなくて飛び出して帰っちゃった事もありました。
電車に乗って病院へ行かなきゃいけなくて、でも電車に乗ると怖くて堪らなくて8駅くらい歩いて帰って保育園のお迎えギリギリな時もありました。
その時もらってた薬が結構強いものだったって後から気づいて、薬の依存が怖くて勝手に薬やめて後遺症?離脱症状?が本当に死ぬほど辛かったことがいまだに怖い記憶で鮮明に覚えてる。
やめた後は死にたくてたまらなくて、
でも息子は置いていけない、
そもそも子供がいてしかも私しかいないのに死にたいなんて考える私って最低
母親の資格ない
頭ん中マイナスのエンドレンスで本当にいつ死んでもおかしくないくらい病んでたって奴だったみたいです。昔の日記を読むとそう思います。
その後もどんどん悪化したので、違う病院へ行ったり色々してるうちに鬱病と診断されました。
でも私は絶対違うから、と思ってて安定剤以外飲まなかったりしててまた悪化して病院行っての繰り返しで。
その時の記憶があんまりないのは病気のせいなのかな。
どーやって息子と接していたのかよく覚えていないけど、母がいうに別に特別なことはなかったよ?と言ってたから安心してください←
何回ももう死のうと思ったけど、横でスヤスヤ寝てる息子を1人にできないなって、父親いないのに母親もいなくなったらこの子どーすんだろっておもって、だから耐えた。
病院をコロコロ変えて、自分に合う病院をやっと見つけて、最終的に躁鬱病と診断されました。
躁鬱について沢山沢山調べた結果、正に私まんまで、嫌な病気のくせに嬉しかったw
あーやっと病名わかったやーって。
だって鬱とか境界線なんちゃら~とか何個も病名言われたけど、全部そんなに当てはまってなかったから、初めてしっくりきたのが躁鬱だったから嬉しかった。んだと思う。
でも診断されてから薬飲んでたのは半年。
薬を飲みたくないっていう私の意見を先生がすごく聞いてくれて、頓服薬だけにだんだん切り替えてくれて診断されてから約2年経ちますが、今現在何も飲んでません。
ただやっぱりたまに普通の人に比べると異常に落ち込んだり消えたいとかなる事もあるみたいだけど、でも薬を飲まなくても生きていられるようになった事が嬉しいかな、と。とりあえずね。
どうしても薬を長く飲みたくない理由は、また子供を産みたかったから。
あの感動をもう一度感じたいってのもあるし、今度こそ幸せな家庭を築きたいってのもあるし、弟が欲しい弟が欲しいって息子が1年くらい呪文のように唱えてくるので、いつか、いつかね、出来たらいいなって。
全然予定ないですけど
まぁそんな感じで自分語り長くなったけどまぁそんな感じです笑
このブログを始めた理由が、自分の気持ちを整理するためでもあるので、なんかまとまりない文章だけど自分がわかればとりあえず良しとしよう。
明日からまた息子との日々のストレスを吐き出します!