ども!
お久しぶりです!
みなさん元気にしてますでしょうか?
ぼくは元気です。
最近は福岡県警に受かったのでニートです
時間を有意義に?使ってます
オカメインコも買いました
ゲームではサーチクランの隊長やっててCyACの大会出てます
BOもちゃんとやっとけばよかったかなーって今更後悔してます
2人から始めて今では8人でワイワイ楽しくガチでやってます
ランクマなんか行ってられっか
時系列バラバラだけども
就職が決まったっつーことで5年付き合ってる彼女の親にも挨拶してきました
これからもよろしくお願いしますっつってね
んでまぁ本題なんですが
しんちゃんのリクエストで長文になるかもしれませんが書いていきたいと思います
一昨日約15年振りに離婚した母ちゃんに会ってきました
就職決まったから時間があるうちにと思って行動に移した感じです
最初は電話してそっから日にち決めて会いに行きました
行きの車の中では色々と昔の思い出が蘇ってました
正直なとこ小さかったからほんと断片的にしか覚えてないけども
で、母さんの家にいったわけですが
成長しすぎておれが誰かわかんなかったみたい
小3で離れ離れになったもんだから
その時までのおれしか知らないわけで
記憶もそこで停まってるわけなんすよね
子どもの成長は早いですからねー
到着したのが昼だったので
ご飯でも食べに行くのかなって思ってたけど
いっぱい手づくりの料理を作ってくれてた
おでんにレンコンの炒めたやつにニラ玉にほんといっぱい
そんな食べれないよーっては言えないよね
お母さんはおれが来てくれて嬉しくてたまんないんだもん
いっぱい食べてねってお皿によそってくれました
で、食べてるとなんか食べたことあるなーってのがあって
聞いたら、おれが小さい時によく食べてたやつ作ったんだって
涙が出そうだったね
でも、母さんがむっちゃ泣いてたからおれは今日は絶対泣かないって心に決めてた
ほんとお腹いっぱいになったけど
デザートも2種類作ってくれてたから食べた
離婚してから仕事するために調理師の資格取ったらしく
どれもほんと美味しかった
久しぶりに人のためにご飯作ったって言ってた
だから量の調節がわかんなかったんだって
余った食べ物は彼女と食べなさいって言われて持って帰ることにしました
で、食べ終わった後に色々喋りました
ほんと顔変わったねー
少林寺で大会優勝したときに新聞載ってたでしょ?その記事取ってあるんだよ
この小さい時にお母さんに書いてくれたてがみ覚えてる?
留守家庭にいってた時にこれ紙粘土でつくってくれたんだよ
小さい時から妹思いだったんだよ
お父さん昔から怒ったらすぐ手が出るもんねー
お母さん最近まで福岡にいたんだよ
1回少林寺の練習してる道場に見に行ったことがあるんだよ
夢叶えられてほんとすごいね
ここには書ききれないくらいいっぱい話しました
他には新しい妹の写真を見せてあげたり
大会で優勝した時の写真を見せてあげたり
彼女がどんな人かってのを教えてあげたりしました
で、母さんの実家にも行く予定だったから
母さんのお兄さんにあたるおっちゃんに連絡してた
そしたらたまたま集金で近くをまわってたらしくて
何分後かに家まで迎えに来てくれました
あの時よりもだいぶ老けててびっくりした
迎えにきてからはすぐおれの手を握って
ごめんねごめんねって泣きながらおれに謝ってた
おれは誰も恨んでませんよって伝えてあげてもずっとごめんねって言ってた
で、実家に行きました
いとこ以外はみんないたけどじいちゃんだけ死んじゃってた
まぁそれのお仏壇参りも兼ねてたんだけどね
家に着くなりばあちゃんも大きくなってーっていいながら泣いてた
毎日おれがいる西の方を向いて拝んでたんだよ
優しい顔になったね
誕生日に2回電話したの覚えてる?
その後お父さんに新しいお母さんがくるからもう関わらないでくれって言われてからそれっきりだったんだよ
じいちゃんもいっつもおれらのこと気にかけてたんだよ
もうおれ涙堪えるの必死だった
ほんと走馬灯のように色々記憶が蘇った
で、またお腹いっぱいだったけどご飯用意してくれてたからいっぱい食べた
その後はまた母さんの家に行って
一緒に買い物したりした
またこうやって一緒に普通のことができるって夢みたいって言われた
遠慮しないでいいって言われたから
好きなものいっぱい買ってもらった
小さい頃からグミが好きだったみたい
すっぱいものも好きだったみたい
いまの好みは昔から変わってなかったんだね
母さんがいる時から食べてたんだーって思った
お土産屋さんとかにも行って彼女さんはどれが好きなの?とか聞いてきて彼女のお土産とかも選んでくれた
ほんといっぱい買ってもらってありがとうっていったら
今まで何もしてあげれなかったからねって言われた
まぁそんなこんなで夜に帰りました
帰りの車の中では1人でくっそ泣いてしまった
再婚してると思ってたから、15年間も1人で生活してたとか思わなかったんだよね
自分が腹痛めて産んだ子どもと離れ離れになって
ずっと会えないとかおれが逆の立場になったら絶対無理
母さんすげーなーって思って泣けてきた
そりゃあ母さんが原因で離婚して子どもを引き取れないのは当然かもしれないけど
やっぱ親だってことには変わりないわけで
今でも色んな人に愛されてるんだなーってしみじみと思った
これからは連絡も取れるし実の親と同じくらい対等に接していこうと思う
仕事も大変だろうけどがんばって欲しい
最後におれが思うことは
離婚は子どもが小さい時には絶対したらだめだと思う
そのためには親もしっかりするべき
1番辛いのは子ども
何もしてない子どもが1番悲しむ
おれも今思えば小学生の頃は軽く精神的に病んでたのかも
高学年になってもよくおねしょしてたし
甘えることも苦手だったし
いっつも学校の先生に怒られてた
だからあの時先生は怒ってたけど心配もしてくれてたんだって思った
まぁいつも見てくれてる人以外もこの記事を読むかもしれないけど
離婚する原因を作らないように親は気を付けて欲しいです
おれも近いうち結婚して子どももできるだろうけど
絶対子どもにおんなじ思いはさせたくない
これだけは言える
ただ子どもは不思議と親を憎むことはほとんどしないんだな
おれは一度も親を恨んだことはありません
しょーもないことで親に反抗したり逆らってるやつは単なる甘え
じゃー1人で生きていけるんかって言いたくなるね
話がちょー脱線しちゃったけど親はやっぱり偉大な存在です
たぶんブログはこれが最後だと思います
今年からは仕事がんばるぞー
親孝行するぞー
さらばー
iPhoneからの投稿
お久しぶりです!
みなさん元気にしてますでしょうか?
ぼくは元気です。
最近は福岡県警に受かったのでニートです
時間を有意義に?使ってます
オカメインコも買いました
ゲームではサーチクランの隊長やっててCyACの大会出てます
BOもちゃんとやっとけばよかったかなーって今更後悔してます
2人から始めて今では8人でワイワイ楽しくガチでやってます
ランクマなんか行ってられっか
時系列バラバラだけども
就職が決まったっつーことで5年付き合ってる彼女の親にも挨拶してきました
これからもよろしくお願いしますっつってね
んでまぁ本題なんですが
しんちゃんのリクエストで長文になるかもしれませんが書いていきたいと思います
一昨日約15年振りに離婚した母ちゃんに会ってきました
就職決まったから時間があるうちにと思って行動に移した感じです
最初は電話してそっから日にち決めて会いに行きました
行きの車の中では色々と昔の思い出が蘇ってました
正直なとこ小さかったからほんと断片的にしか覚えてないけども
で、母さんの家にいったわけですが
成長しすぎておれが誰かわかんなかったみたい
小3で離れ離れになったもんだから
その時までのおれしか知らないわけで
記憶もそこで停まってるわけなんすよね
子どもの成長は早いですからねー
到着したのが昼だったので
ご飯でも食べに行くのかなって思ってたけど
いっぱい手づくりの料理を作ってくれてた
おでんにレンコンの炒めたやつにニラ玉にほんといっぱい
そんな食べれないよーっては言えないよね
お母さんはおれが来てくれて嬉しくてたまんないんだもん
いっぱい食べてねってお皿によそってくれました
で、食べてるとなんか食べたことあるなーってのがあって
聞いたら、おれが小さい時によく食べてたやつ作ったんだって
涙が出そうだったね
でも、母さんがむっちゃ泣いてたからおれは今日は絶対泣かないって心に決めてた
ほんとお腹いっぱいになったけど
デザートも2種類作ってくれてたから食べた
離婚してから仕事するために調理師の資格取ったらしく
どれもほんと美味しかった
久しぶりに人のためにご飯作ったって言ってた
だから量の調節がわかんなかったんだって
余った食べ物は彼女と食べなさいって言われて持って帰ることにしました
で、食べ終わった後に色々喋りました
ほんと顔変わったねー
少林寺で大会優勝したときに新聞載ってたでしょ?その記事取ってあるんだよ
この小さい時にお母さんに書いてくれたてがみ覚えてる?
留守家庭にいってた時にこれ紙粘土でつくってくれたんだよ
小さい時から妹思いだったんだよ
お父さん昔から怒ったらすぐ手が出るもんねー
お母さん最近まで福岡にいたんだよ
1回少林寺の練習してる道場に見に行ったことがあるんだよ
夢叶えられてほんとすごいね
ここには書ききれないくらいいっぱい話しました
他には新しい妹の写真を見せてあげたり
大会で優勝した時の写真を見せてあげたり
彼女がどんな人かってのを教えてあげたりしました
で、母さんの実家にも行く予定だったから
母さんのお兄さんにあたるおっちゃんに連絡してた
そしたらたまたま集金で近くをまわってたらしくて
何分後かに家まで迎えに来てくれました
あの時よりもだいぶ老けててびっくりした
迎えにきてからはすぐおれの手を握って
ごめんねごめんねって泣きながらおれに謝ってた
おれは誰も恨んでませんよって伝えてあげてもずっとごめんねって言ってた
で、実家に行きました
いとこ以外はみんないたけどじいちゃんだけ死んじゃってた
まぁそれのお仏壇参りも兼ねてたんだけどね
家に着くなりばあちゃんも大きくなってーっていいながら泣いてた
毎日おれがいる西の方を向いて拝んでたんだよ
優しい顔になったね
誕生日に2回電話したの覚えてる?
その後お父さんに新しいお母さんがくるからもう関わらないでくれって言われてからそれっきりだったんだよ
じいちゃんもいっつもおれらのこと気にかけてたんだよ
もうおれ涙堪えるの必死だった
ほんと走馬灯のように色々記憶が蘇った
で、またお腹いっぱいだったけどご飯用意してくれてたからいっぱい食べた
その後はまた母さんの家に行って
一緒に買い物したりした
またこうやって一緒に普通のことができるって夢みたいって言われた
遠慮しないでいいって言われたから
好きなものいっぱい買ってもらった
小さい頃からグミが好きだったみたい
すっぱいものも好きだったみたい
いまの好みは昔から変わってなかったんだね
母さんがいる時から食べてたんだーって思った
お土産屋さんとかにも行って彼女さんはどれが好きなの?とか聞いてきて彼女のお土産とかも選んでくれた
ほんといっぱい買ってもらってありがとうっていったら
今まで何もしてあげれなかったからねって言われた
まぁそんなこんなで夜に帰りました
帰りの車の中では1人でくっそ泣いてしまった
再婚してると思ってたから、15年間も1人で生活してたとか思わなかったんだよね
自分が腹痛めて産んだ子どもと離れ離れになって
ずっと会えないとかおれが逆の立場になったら絶対無理
母さんすげーなーって思って泣けてきた
そりゃあ母さんが原因で離婚して子どもを引き取れないのは当然かもしれないけど
やっぱ親だってことには変わりないわけで
今でも色んな人に愛されてるんだなーってしみじみと思った
これからは連絡も取れるし実の親と同じくらい対等に接していこうと思う
仕事も大変だろうけどがんばって欲しい
最後におれが思うことは
離婚は子どもが小さい時には絶対したらだめだと思う
そのためには親もしっかりするべき
1番辛いのは子ども
何もしてない子どもが1番悲しむ
おれも今思えば小学生の頃は軽く精神的に病んでたのかも
高学年になってもよくおねしょしてたし
甘えることも苦手だったし
いっつも学校の先生に怒られてた
だからあの時先生は怒ってたけど心配もしてくれてたんだって思った
まぁいつも見てくれてる人以外もこの記事を読むかもしれないけど
離婚する原因を作らないように親は気を付けて欲しいです
おれも近いうち結婚して子どももできるだろうけど
絶対子どもにおんなじ思いはさせたくない
これだけは言える
ただ子どもは不思議と親を憎むことはほとんどしないんだな
おれは一度も親を恨んだことはありません
しょーもないことで親に反抗したり逆らってるやつは単なる甘え
じゃー1人で生きていけるんかって言いたくなるね
話がちょー脱線しちゃったけど親はやっぱり偉大な存在です
たぶんブログはこれが最後だと思います
今年からは仕事がんばるぞー
親孝行するぞー
さらばー
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