東日本大震災により被害を被った方々には心よりご冥福をお祈り致します。
そうした状況を映し、晴れがましい卒業式を自粛する学校が少なくなかった。
そんな中、ある高校の校長のメッセージがあった。
「何のために大学へ行くのか。
誤解を恐れずに、あえて、抽象的に云おう。
大学 へ行くとは [海を見る自由] [立ち止まる自由] を得るためではないかと思う。
中 学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。
遅刻・欠席は学校という 名の下で管理された。
又それは保護者の下で管理されていた。
大学を出て、就職 したとしても、その構図は変わりない。
無断欠席など、会社で許されるはずがない。
高校時代も、会社に勤めても、時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。」
「大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌きの時なのだ。
悲惨な現 実を前にしても云おう。
波の音は、さざ波のような調べではないかもしれない。
荒れ狂う鉛色の波の音かも知れない。
時に、孤独を直視せよ。海原の前に1人立て。
自分の夢が何であるか、海に向かって問え。
流れに任せて、時間の空費 にうつつを抜かすな。」
「真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。
貧しさを恐れるな。船出の時が来たのだ。
思い出に沈殿するな。未来に向かえ。
忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業を忘れるな。
鎮魂の黒き喪章を胸に、 今は真っ白の帆を上げる時なのだ。
愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。」
こんなにも心が震える素晴らしい教員がまだいたのかと感動した。