ここのところ、帰るのが毎日遅くなってしまう。仕事が遅いといってしまえばそうなんだろうけれど、0時を回っている。だからブログなどを書く時間はない、そう思って放置しているわけではなく、気にはしているのだが書く余裕がなかったのだが、なんとかこんな時間ではあるが、久し振りに書く気になった。
日本の文化を世界に紹介することとして、日本の伝統文化や工芸品を世界に輸出し、日本の良い物を正しく伝えて行きたいという仕事が、自分の本業としてやって行きたいことであるが、現代の日本の文化の一つとして世界に知られているもののひとつに、サブカルチャーの世界がある。アニメというのも、これも日本文化と言えるのだろうか。。。日本のサブカルチャーと言われるものが、世界で知られているのは何故なんだろうとか思う。
きっと、みんなアニメが好きなんだろうな。単純に。実は僕もその内の一人である。
僕はアニメが好きといっても、正直言って全然詳しくない。特に、ここ最近のアニメは皆目わからないのだけれど、その中でたまたま目についたもので、惹かれるアニメは結構ある。どんなアニメが好きかといえば
・ガンダム
・宮崎駿さんのアニメ
・鳥山明さんのアニメ
・なんとなく、神秘系(妖怪モノとか)
この神秘系という妖怪モノというか、このあたりは実は、宮崎駿さんや鳥山明さんのアニメにも通じているような気がする。現代の常識では考えられない、生命の存在というか、まさしく妖怪やら神様やら、そんなのが結構好きだったりする。特に、「千と千尋の神隠し」は何度も何度も見た、それでも飽きない。なんて言うか面白い、この世ではないどこかに、きっとこんな魔女がいるんじゃないかとか、こんな妖怪に似ている人が確かにいるなとか、空想のはずなのに、リアリティを感じる。どこかで見てきたんじゃないかと思うぐらい。それ以外のアニメで言えば、
・傷物語
・ぬらりひょんの孫
・モノノ怪
だったかな、こういうなんとなく怪異やら妖怪が出るアニメって、おぞましいけれど好きだったりする。ただ、ホラーは嫌い。ホラー映画などみる気も起きない。ちなみにアニメではないのだが、最近になって、柳田国男さんが書いた、「遠野物語」を読みたいなと思ってる。神かくし、怪異、幽霊、そんな内容の物語だが、実はその内容はそのちの人々の体験を元に書かれているという。なんかこうまで書くと、僕がまるで妖怪や幽霊好きのように見られるかもしれないが、実際にそういうものを見るのは無理。怖い。
最近、その気に入ったアニメの中でよくみたのが「ぬらりひょんの孫」というアニメで、少年ジャンプで連載されていたのだが、僕はジャンプを読まないので原作はわからないのだが、テレビでやっていたアニメを見てはまってしまった。文字通り、ぬらりひょんの孫が主人公で、人間と妖怪のクォーターという存在で、人間の心も分かる妖怪、それでいて魑魅魍魎の総大将という存在で、どちらかと言うとおどろおどろしいアニメでは全く無くて、話の流れ的には「ドラゴンボール」に近い。次から次へと強い敵が現れて、それにともなって主人公も強くなるという、日本のアニメのパターンそのもの。そういう、主人公が成長していくアニメというのも、日本人は好きだよなぁと思う。
で、その主人公の部下で、特攻隊長の妖怪「青田坊」というキャラクターがいるのだが、この妖怪はどういう妖怪か、というと、調べるとどうも、このアニメだけに描かれた妖怪で、モデルになる妖怪がいるかもしれないが、わからない。で、その青田坊は、怪力の持ち主であり、武闘派であり、とにかく強い。青田坊は、元々その名前の通り、仏僧なのだが、1,000人もの武士を殺し続けた結果、自分が鬼のようになってしまったという。そんなある時、ある聖人にあい、こんなことを言われる。
「お前はあまりに多くの人を殺しすぎた、だからそんな姿に変わってしまっている。もうこれらは反省し、二度と人を殺めてはならない。そうすれば、元の人の姿に戻れる。」(原作読んでないので、大体こんな内容ということで)
そう言われて心を入れ替え、孤児たちの面倒を見ながら、とても親しまれて、仲良く楽しく暮らしていた、もう少しで人間の姿に戻れる、そんな頃だった。ある時、いつものように子供たちのために働きに出かけた時、帰ってくると盗賊たちがその屋敷を焼き、子供たちを襲っているではないか、それにブチ切れた青田坊は、その盗賊たちを皆殺しにしてしまう。。。
青田坊は泣きながら、聖人に向かって言う。
「本当にすまない、けれど仕方がなかった、子供たちを守るしかなかったんだ・・・もう少しで人間に戻れたのに。。。」
聖人は無言だった。青田坊は鬼神となり、恐ろしい姿となってしまった。そんな話である。以前まではこの青田坊のことをこんなふうに思っていた。
「弱いやつだな・・・我慢していれば人間に戻れたのに、盗賊を殺したってなんの意味もないじゃないか。。。」
と、この青田坊の行動を蔑んでいた。ところが最近、青田坊の気持ちがよく分かる。なんというか、現実では、自分の弱さに直面している。今だったら、こんな時、子供たちを襲っている盗賊に切れられずにはいられない、そんな青田坊と同じ事をしてしまうだろうな、自分が鬼神になってしまったとしても。そんな風に思う。そう、自分も弱いんだなと、、、最近思う。こうありたい、こうしていたいという、自分の理想通りに自分の心を律することができないでいる。自分をコントロールすることの難しさを味わっている。子供たちが襲われるのを我慢して、盗賊を見過ごしていさえすれば、人間に戻れたのに、、、そんなふうにやっぱり思えない。。。どうすべきなんだろうね。。。
なんて、そんなことをアニメをみながら考えるのが好きだったりする。こういう人の心理のリアルな描写部分が、また日本のアニメの特徴かなぁとか思う。こんなふうなアニメを作れるのも日本ならではないか。宮崎駿さんのアニメにしても、世界で評価を受けているが、「風の谷のナウシカ」の原作を一度読んだことがある。分厚い本で7巻もある。映画の部分はその内のほんの一部。奥が深い、本当に。そういう内容だった。その中で印象にある言葉の一つが、
「全は個にして個は全なり」
この意味はと言えば、全は多くの数の個の集まりであり、また、個の一つ一つが全をつくり上げるのだから、それぞれの個が尊い存在であるのだ。個人というのは孤独ではないのだ。これが本当の個人主義である、という考え方なのだが(確か)、こんなこと漫画に書くの、多分日本人だけだと思う。そんなところから、日本人の感性の素晴らしさを、アニメを通じて世界の人に伝えているのかなぁと思ったりする。
そういえば今、こんな催しものが行われていて、行きたい!暇があれば。。。
特別展
「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」
期 間:
平成24年7月14日(土)
~9月17日(月・祝)
紹介webサイト
http://www.city.setouchi.lg.jp/~osa-token/
日本の伝統工芸と、現代の日本のサブカルチャーを合わせるという発想、誰もが同じ事を考えるものだなと思った。こういう事やってみたいなぁとか、妄想している。。。
日本の文化を世界に紹介することとして、日本の伝統文化や工芸品を世界に輸出し、日本の良い物を正しく伝えて行きたいという仕事が、自分の本業としてやって行きたいことであるが、現代の日本の文化の一つとして世界に知られているもののひとつに、サブカルチャーの世界がある。アニメというのも、これも日本文化と言えるのだろうか。。。日本のサブカルチャーと言われるものが、世界で知られているのは何故なんだろうとか思う。
きっと、みんなアニメが好きなんだろうな。単純に。実は僕もその内の一人である。
僕はアニメが好きといっても、正直言って全然詳しくない。特に、ここ最近のアニメは皆目わからないのだけれど、その中でたまたま目についたもので、惹かれるアニメは結構ある。どんなアニメが好きかといえば
・ガンダム
・宮崎駿さんのアニメ
・鳥山明さんのアニメ
・なんとなく、神秘系(妖怪モノとか)
この神秘系という妖怪モノというか、このあたりは実は、宮崎駿さんや鳥山明さんのアニメにも通じているような気がする。現代の常識では考えられない、生命の存在というか、まさしく妖怪やら神様やら、そんなのが結構好きだったりする。特に、「千と千尋の神隠し」は何度も何度も見た、それでも飽きない。なんて言うか面白い、この世ではないどこかに、きっとこんな魔女がいるんじゃないかとか、こんな妖怪に似ている人が確かにいるなとか、空想のはずなのに、リアリティを感じる。どこかで見てきたんじゃないかと思うぐらい。それ以外のアニメで言えば、
・傷物語
・ぬらりひょんの孫
・モノノ怪
だったかな、こういうなんとなく怪異やら妖怪が出るアニメって、おぞましいけれど好きだったりする。ただ、ホラーは嫌い。ホラー映画などみる気も起きない。ちなみにアニメではないのだが、最近になって、柳田国男さんが書いた、「遠野物語」を読みたいなと思ってる。神かくし、怪異、幽霊、そんな内容の物語だが、実はその内容はそのちの人々の体験を元に書かれているという。なんかこうまで書くと、僕がまるで妖怪や幽霊好きのように見られるかもしれないが、実際にそういうものを見るのは無理。怖い。
最近、その気に入ったアニメの中でよくみたのが「ぬらりひょんの孫」というアニメで、少年ジャンプで連載されていたのだが、僕はジャンプを読まないので原作はわからないのだが、テレビでやっていたアニメを見てはまってしまった。文字通り、ぬらりひょんの孫が主人公で、人間と妖怪のクォーターという存在で、人間の心も分かる妖怪、それでいて魑魅魍魎の総大将という存在で、どちらかと言うとおどろおどろしいアニメでは全く無くて、話の流れ的には「ドラゴンボール」に近い。次から次へと強い敵が現れて、それにともなって主人公も強くなるという、日本のアニメのパターンそのもの。そういう、主人公が成長していくアニメというのも、日本人は好きだよなぁと思う。
で、その主人公の部下で、特攻隊長の妖怪「青田坊」というキャラクターがいるのだが、この妖怪はどういう妖怪か、というと、調べるとどうも、このアニメだけに描かれた妖怪で、モデルになる妖怪がいるかもしれないが、わからない。で、その青田坊は、怪力の持ち主であり、武闘派であり、とにかく強い。青田坊は、元々その名前の通り、仏僧なのだが、1,000人もの武士を殺し続けた結果、自分が鬼のようになってしまったという。そんなある時、ある聖人にあい、こんなことを言われる。
「お前はあまりに多くの人を殺しすぎた、だからそんな姿に変わってしまっている。もうこれらは反省し、二度と人を殺めてはならない。そうすれば、元の人の姿に戻れる。」(原作読んでないので、大体こんな内容ということで)
そう言われて心を入れ替え、孤児たちの面倒を見ながら、とても親しまれて、仲良く楽しく暮らしていた、もう少しで人間の姿に戻れる、そんな頃だった。ある時、いつものように子供たちのために働きに出かけた時、帰ってくると盗賊たちがその屋敷を焼き、子供たちを襲っているではないか、それにブチ切れた青田坊は、その盗賊たちを皆殺しにしてしまう。。。
青田坊は泣きながら、聖人に向かって言う。
「本当にすまない、けれど仕方がなかった、子供たちを守るしかなかったんだ・・・もう少しで人間に戻れたのに。。。」
聖人は無言だった。青田坊は鬼神となり、恐ろしい姿となってしまった。そんな話である。以前まではこの青田坊のことをこんなふうに思っていた。
「弱いやつだな・・・我慢していれば人間に戻れたのに、盗賊を殺したってなんの意味もないじゃないか。。。」
と、この青田坊の行動を蔑んでいた。ところが最近、青田坊の気持ちがよく分かる。なんというか、現実では、自分の弱さに直面している。今だったら、こんな時、子供たちを襲っている盗賊に切れられずにはいられない、そんな青田坊と同じ事をしてしまうだろうな、自分が鬼神になってしまったとしても。そんな風に思う。そう、自分も弱いんだなと、、、最近思う。こうありたい、こうしていたいという、自分の理想通りに自分の心を律することができないでいる。自分をコントロールすることの難しさを味わっている。子供たちが襲われるのを我慢して、盗賊を見過ごしていさえすれば、人間に戻れたのに、、、そんなふうにやっぱり思えない。。。どうすべきなんだろうね。。。
なんて、そんなことをアニメをみながら考えるのが好きだったりする。こういう人の心理のリアルな描写部分が、また日本のアニメの特徴かなぁとか思う。こんなふうなアニメを作れるのも日本ならではないか。宮崎駿さんのアニメにしても、世界で評価を受けているが、「風の谷のナウシカ」の原作を一度読んだことがある。分厚い本で7巻もある。映画の部分はその内のほんの一部。奥が深い、本当に。そういう内容だった。その中で印象にある言葉の一つが、
「全は個にして個は全なり」
この意味はと言えば、全は多くの数の個の集まりであり、また、個の一つ一つが全をつくり上げるのだから、それぞれの個が尊い存在であるのだ。個人というのは孤独ではないのだ。これが本当の個人主義である、という考え方なのだが(確か)、こんなこと漫画に書くの、多分日本人だけだと思う。そんなところから、日本人の感性の素晴らしさを、アニメを通じて世界の人に伝えているのかなぁと思ったりする。
そういえば今、こんな催しものが行われていて、行きたい!暇があれば。。。
特別展
「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」
期 間:
平成24年7月14日(土)
~9月17日(月・祝)
紹介webサイト
http://www.city.setouchi.lg.jp/~osa-token/
日本の伝統工芸と、現代の日本のサブカルチャーを合わせるという発想、誰もが同じ事を考えるものだなと思った。こういう事やってみたいなぁとか、妄想している。。。