暑い日が続きますね。
そんな8月最終日曜日は大きなカキ氷で涼を
取りつつまったり@追分だんご本舗 新宿本店
期間限定「和栗」をいただきました。
この後、ご朱印ランしたのですが、
その話は最後に少しだけ.....
それではタイトルにある「追憶の地を訪ねて」
に沿って話を進めます。
その地とは⁉️
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あさま山荘@長野県北佐久郡軽井沢町
そうです、誰もが一度は映像を目にし、事件名を耳にしたことがある1972年2月に発生した昭和の大事件、あさま山荘事件。
連合赤軍が人質を取って立てこもり、機動隊との壮絶な銃撃戦〜鉄球攻撃→突入→鎮圧まで、日本国中が固唾を飲んで経過を追った事件で、最高TV視聴率は90%を記録したのだとか。
その現場に行ってきました!
(7月12日の話です)
↓↓↓↓あさま山荘
まるで難攻不落の要塞のようです。
(事件当時の写真をお借りしました)
当時の私は幼稚園児で、リアルな記憶はありませんが、1960年代から活発化した学生運動、過激派組織による暴動、高度成長、東西冷戦、イデオロギー闘争等、当時の入り組んだ社会情勢も踏まえた事件の詳細は約10年程前に下記文献のお世話になりました。↓↓↓
別荘地が点在するかなり入り組んだ山道の
途中、九十九折の激坂を息を弾ませ進んだ先に、
その建物はありました‼️
NOW↓↓↓↓
当時の面影を少しだけ残しながら
木立の中に....忘れ去られたように....
あの頃とは真逆の静寂の中で、その建物は48年の歳月を淡々と刻んでいたのです。
あの有名な機動隊による鉄球攻撃が敢行されたのはどの辺りだろうかと思いつつ建物を観察。
そして、この急峻な山道(当時は雪道)までクレーン車を持ち込んだ警察側の執念、現場に立てこもった当事者が見たであろう風景の一端も現場に行ってみて初めて感じました。
事態打開のために打ち込まれる鉄球
それにしても凄まじい光景です↓↓↓
そんなことを思いながら入口付近に目を凝らすと、外国文字のプレートがありました。
現在の所有者は中国系🇨🇳企業なのだとか。














